バーチャルSNS「cluster」キーパーソンと建築家小堀哲夫氏に聞く「バーチャルはリアルを変えるのか」

コロナ禍による三密回避の影響もあり、バーチャル空間でのコミュニケーションやイベント開催に注目が集まっている。クラスターは、スマホ、PC、VR機器からバーチャル空間にアクセスし、ユーザー同士で集まったり遊んだりするバーチャルSNS「cluster」を提供する企業だ。同社はデザイン戦略を明確化するため、5月にデザインエバンジェリストとして有馬トモユキ氏を迎えた。そこで、学校や研究所、旅館など、大規模建築物を設計しながら「人間がもっともクリエイティブになれる空間」を追求する建築家小堀哲夫氏と有馬氏、同社クラスタープラットフォーム事業部クリエイターコミュニティチーム所属DevRelディレクター福田晃司氏に「バーチャル空間」という新しい空間の可能性について聞いてみた。

バーチャル空間はどんな世界?

clusterはユーザーが交流したり、ゲームをしたり、企業がイベントを開催するバーチャル空間だ。バーチャル空間といえばゲーム空間とほぼ同義だった時期もあるが、近年では個人も企業も多様な用途を見出し、活用しようとしている。

クラスターデザインエバンジェリスト有馬トモユキ氏

クラスターでデザインや体験設計を行う有馬氏は「最近ではバーチャル空間の中で『生活』している人もいます」と話す。

わかりやすい例が「VR睡眠」だ。バーチャル空間の中でユーザーが集まり、ヘッドマウントディスプレイをつけたまま、同じバーチャル空間の中で寝る。その他にも、例えばclusterの中にバー空間を作り、そこでバーテンダーとして他のユーザーと交流するクリエイターもいる。

VR睡眠(画像クレジット:与八尋、ワールド制作:のほほ)

他のユーザーと睡眠するにしても、バーで雑談するにしても、ユーザーが特定の行動をバーチャル空間で行うには、そのための空間が必要だ。clusterではこの「空間」を「ワールド」と呼ぶ。

cluster内のワールド「BAR GEKKO/バー月光」(ワールド制作:高千穂マサキ)

福田氏は「ワールドが多ければ多いほど、ユーザーの体験の幅が広がります。clusterでは、ユーザーが自力でワールドを構築できるので、多種多様なワールドが日々生まれています。逆にいえば、clusterの豊かさはワールドを作るクリエイターはもちろん、イベントを開催する方やそこに遊びに来る方、生活している方などあらゆるクリエイターに支えられています。そのため、クリエイターのサポートが重要です」と話す。

クラスタープラットフォーム事業部クリエイターコミュニティチーム所属DevRelディレクター福田晃司氏(アバター)

一方、小堀氏は「私は建築家なので、設計するときに物理的な制限を受けます。敷地面積はどうなのか、その土地と条件ではどれくらいの高さの建物が許容されるのか、などを考慮して建物を計画しなければいけません。なので、クリエイターが距離やサイズに囚われることなく、制約を受けずに自由にワールドを作れるという環境が魅力的に思えます」と語る。

建築家の小堀哲夫氏

ペルソナの使い分け

コロナ禍になってから、clusterのようなバーチャル空間の活用とまでいかなくとも、学校教育のオンライン化やテレワークの拡大など、より広義な「リアル(物理空間)」と「バーチャル(オンライン空間)」の間を行ったり来たりする人が増えた。

小堀氏は「私は仕事柄、学校や企業に関連する施設を設計するのですが、オンラインの方が効率よく学べる学生や、オンラインの方が生産的に働ける会社員が増えてきています」という。

「もちろん、教室で先生や他の学生とコミュニケーションを取りながら学ぶ方が得意な学生はいます。しかし、それが苦手な学生はオンラインで他の参加者と距離を保ちながら学んだ方が効率が良い場合もあります。これは『どちらの方が本当の自分に近いのか』という問題です。コミュニケーションする自分が本当の姿に近いなら、リアルな教室の方が勉強に集中できるでしょうし、そうでないなら、人との関わりが少ないオンラインの方が勉強に集中できる。会社員でも、上司から物理的に離れていたほうが仕事の効率が上がる人がいるでしょう。コロナ禍で人々が離れ離れになっていることが問題視されていますが、本当に必要なのは『リアルな場所』と『バーチャルなオンライン』を柔軟に使い分けることでしょうね」と小堀氏はいう。

有馬氏は小堀氏の指摘を聞き「ペルソナの使い分け」という観点に言及する。

「例えば、Facebookは『モノペルソナ』を前提にしています。つまり、『ネット上のペルソナ=リアル空間のペルソナ』というのが前提です。基本的に本名での運用を推奨しているのもそれが理由ですね。しかし、最近では『ペルソナの使い分け』も一般化しています。代表例がTwitterの複数アカウントの使い分けです」と有馬氏。

つまり、リアルな教室での学生は『教室でのペルソナ=リアル空間のペルソナ』のモノペルソナに近い状態にあり、オンラインの学生は、『オンラインのペルソナ』を選択する『ペルソナを使い分けている状態』に近い。

バーチャル空間でユーザーが自身のペルソナをどう扱うのか。これは今後注目すべきバーチャル空間の側面かもしれない。

アバターとペルソナの組み合わせ

では、ペルソナとそれを収める器の組み合わせはどう考えるべきか?この器はリアル空間では「肉体」であり、バーチャル空間では「アバター」となる。

有馬氏は「本当にリアリティのあるアバターを作るにはどうしたら良いのか?例えば身長170cmの男性がいたら、同じ身長のアバターを作ればいい。ですが、実際のバーチャル空間では、こうした男性が身長158cmのアバターを使うこともできます。そうすると、バーチャル空間の中の多くのものがリアル空間のものよりも大きく感じられます。見える世界が変わり、新しい価値観にも出会えるかもしれません」とアバターとペルソナの組み合わせの重要性を指摘する。

cluster内のワールド「BAR GEKKO/バー月光」に立つ有馬氏のアバター(ワールド制作:高千穂マサキ)

さらに、バーチャル空間におけるアバターとペルソナの組み合わせには、もう1つ別の側面がある。アイデンティフィケーションだ。つまり、バーチャル空間では、特定のデザインのアバターにユーザーのペルソナが備わることで「このアバターはAさん」と認識される。言い換えれば、まったく同じデザインのアバターが2体あったとしても、その中のペルソナは別々なので、どちらがAさんなのかはコミュニケーションを通して判別できる。この理屈はリアル空間でも通じる。双子のように見た目がまったく同じ人が2人いても、ペルソナが異なればコミュニケーションをとることで判別できる。

しかし有馬氏は、バーチャル空間のアイデンティフィケーションはさらに進化する可能性があるという。

有馬氏は「私の知人のVRクリエイターはあるとき、アバターの影をプログラムしました。ですがこの影、アバターの動きに100%忠実に作られていませんでした。このクリエイターは自分の好きなエフェクトを影につけたんです。つまり、このクリエイターのアバターの影は他のアバターの影と同じにはなりません。これは、影がアバターの個性になりえることを示しています。バーチャル空間のアイデンティフィケーションは、アバターでもペルソナでもない、あらゆるもので可能なのです」と語る。

小堀氏は「人間は鏡で自分の姿を見ると、『これは自分の分身だ』と認識しますが、動物はそれができません。人間は鏡に映る自分やアバターに自分を投影し、外から『自分』を認識することができます。しかし、自分を投影するアバターには匂いも温度もありません。本来、人間は自分や他人の匂いや温度から、誰が敵で誰が味方なのかを見極めます。ですが、アバターではそれができません。アバターは人間の代理の身体なのに、身体性から逸脱しているのです。今後バーチャル空間を活用するなら、その逸脱の意味を考える必要がありますね」と話す。

バーチャル空間はリアル空間を超えるのか?

ここ数年、VRヘッドセットを使ったコンテンツが進化し、バーチャル空間を使ったコミュニケーション、イベント、さらには商業活動が活発化し、バーチャル空間に対する期待が高まっている。これはバーチャル空間に関わる企業にもユーザーにもうれしいことではあるが、有馬氏と福田氏は危機感も覚えている。

「先ほど、バーチャル空間で生活する人も出てきていると話しました。ですが、それがすぐに当たり前になったり、SF映画のようにバーチャル空間がリアルな空間以上に重要になるか、というと今すぐそうなるわけではありません。そんな日も来るかもしれませんが、現時点でのバーチャル空間の開発環境は、3Dゲームの開発環境とほぼ同じで、バーチャル空間の進化に求められている要件と必ず一致するとも限らない。なので、そういう未来的なバーチャル空間を今期待すると、方向を見誤ることになるでしょう」と有馬氏。

では、バーチャル空間の利用が一般化するまでには、どんなフェーズが必要なのだろうか。

有馬氏は「バーチャル空間の進化はリニアには進みません。階段のように、ある場所でドンと進み、また次のどこかの段階でドンと進みます」と話す。

福田氏は「さまざまな試行錯誤が必要です。将来的にはリアルとバーチャルを分ける意味がなくなり、3次元データ(空間)が共通のメディアになると思います。そのため、そこから先に進化するには、リアルの建築設計のようなバーチャル空間の開発技術やゲーム技術とは異なる知見も必要になります。多様なワールドを作るには、多様な知識と世界観が必要だからです」という。

小堀氏は「例えば、リアルな空間の建築で絶対に使えない素材のものがあるとして、それを使ってバーチャル空間で建物を建てたらどんな可能性があるのでしょうか?」と質問した。

有馬氏は「継ぎ目のない和紙で1つのワールドを作ってみたとしましょう。もしかしたら、それを建築家の方が見て、『普通の設計だと和紙で建物は建てられないけれど、この方法ならできるかもしれない』とインスパイアされ、従来の建築とは異なる形で和紙の建物ができるかもしれません。そういうバーチャル空間とリアル空間の相互作用が、リアルとバーチャルを同時に進化させるのではないでしょうか」と語った。

リアルとバーチャルの同時進化、いつ目にすることができるのか楽しみだ。

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カテゴリー:VR / AR / MR
タグ:clusterVR日本インタビュー

画像クレジット:cluster

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