パーソナライズされた栄養改善アドバイスを提供するZoe、ビッグデータと機械学習で食品に対する身体の反応を予測

パーソナライズドニュートリション(パーソナライズされた栄養改善アドバイス)のスタートアップ企業Zoe(ゾーイ)がシリーズBラウンドで2000万ドル(約22億円)を調達し、累計調達額が5300万ドル(約58億円)に達した。ちなみに、社名の由来は人名ではなく「生命」を意味するギリシャ語の言葉だ。

今回クローズしたシリーズBラウンドをリードしたのは、2人のノーベル賞受賞者をサイエンスパートナーに擁するとZoeが述べているAhren Innovation Capital(アーレン・イノベーション・キャピタル)だ。加えて、元アメリカンフットボールプレイヤーのEli Manning (イーライ・マニング)氏とOsitadimma “Osi” Umenyiora(オシタディマ(オシ)・ウメニーラ)氏の2人の他、米国ボストンを拠点とするシードファンドのAccomplice(アコンプリス)、ヘルスケアに特化したベンチャーキャピタル企業のTHVC、アーリーステージのスタートアップを支援する欧州系VCのDaphni(ダフニ)が参加した。

Zoeは英国と米国を拠点として2017年に創業したスタートアップなのだが、最初の3年間は自社のサービスや製品について外部に公表せずに活動し、その間、マサチューセッツ総合病院、スタンフォード大学医学部、ハーバード大学 T.H.チャン公衆衛生大学院、ロンドン大学キングス・カレッジの科学者と協力してマイクロバイオームの研究を進めてきた。

創業者の1人は、食をテーマにしたサイエンス系の人気書籍を多数執筆しているキングス・カレッジのTim Spector(ティム・スペクター)教授だ。人間の健康における遺伝子(自然要因)と栄養(環境・生活要因)の役割の対比など、数十年にわたる双子研究を続けた末、健康全般における(一般的な)食の役割、(特に)マイクロバイオームの役割に興味を抱いたという。

Zoeは、2つの大規模なマイクロバイオーム研究のデータを使って同社の最初のアルゴリズムを開発し、2020年9月にそれを商品化した。同社の商品化第一号として米国市場に投入されたこの製品は家庭用検査キットだ。Zoeの栄養分析プログラムに登録するとこの検査キットが届き、ユーザーは、各種食品に対して自分の身体がどのように反応するのかを理解し、自分だけの栄養改善アドバイスをもらうことができる。

プログラムにかかる費用はおよそ360ドル(約4万円)で、6回の分割払いも可能だ。さまざまな検査を(自分で)行うことが必要だが、このプログラムにより、血中脂質や血糖値、腸内細菌の種類の変化など、代謝や腸内環境に関する情報を収集し、生物学的に分析することができる。

Zoeでは、ビッグデータと機械学習を活用して各種食品に対する身体の反応を予測し、何をどう食べれば腸内環境を改善し、食事による炎症反応を抑えることができるか、個人に合わせたアドバイスを行っている。

さまざまな生物学的反応を組み合わせて分析する手法により、血糖値などの単独の数値に焦点を当てた商品を展開する他のパーソナライズドニュートリションのスタートアップ企業とは一線を画している、とZoeは主張する。

しかし、誤解のないように言っておくと、Zoeの商品化第一号であるこの製品は医薬品として認定されたものではない。同社のFAQにも、特定の疾患に対する医学的診断や治療を行うものではないと明言されている。あくまで「一般的な健康増進のみを目的としたツール」だという。つまり、今のところは、Zoeのアドバイスが実際に役立つことをそのまま信用するしかない。

1つ確実なことは、Zoeの共同創業者がTechCrunchのインタビューで明言しているように、マイクロバイオームの科学研究がまだ始まったばかりということだ。そのため、データとAIの活用により個人に合わせた有用な予測をはじき出そうとするスタートアップによく見られるように、Zoeでも初期の顧客のデータが研究の推進に役立てられていることに留意すべきである。食事が健康に与える影響について未知の部分が多い現状を鑑みれば、個人の期待に応えるよりも、まずはデータ収集が優先されることは仕方のないことかもしれない。

それでも、果敢に(お金を払って)プログラムを試してみるユーザーは、特定の食品に対する自分の身体の生物学的反応を数千人と比較した詳細な個人レポートを手に入れることができる。レポートにはさらに、自分に合う健康的な献立作りに役立てることができるよう、特定の食品に関する個人データを点数化した「Zoe」スコアも表示される。

Zoeのウェブサイトには「1人ひとりの身体の状態と生活スタイルに合わせた4週間プランで食事による炎症反応の抑制と腸内環境の改善を実現」「フードスコアに基づいた毎週の食事改善ノウハウをアプリで学べる」などの宣伝文句が並ぶ。

マーケティング資料にも「食べてはいけない食品」は一切なしと書かれており、前述のZoeスコアが、特定の食品群を禁止することもある(減量重視の)ダイエットとは異なることを示唆している。

「必要な情報とツールを提供することで、自分の健康にとって最善の決断ができるようにすることが目標」だとZoeは胸を張る。

その根底には、同じ食品でも身体が示す反応は人によって異なるという前提がある。食事内容(または食事量)に関わらず、痩身で(一見)健康な人を誰でも少なくとも1人は知っているだろう。その人と同じ食生活を送っても、期待通りの結果は得られないことが多い、ということだ。

共同創業者のGeorge Hadjigeorgiou(ヨルゴス・ハッジゲオルギオ)氏は次のように説明する。「Zoeは、昔から言われてきたことに初めて科学的な裏づけを与えている。(マイクロバイオームの科学研究は)始まったばかりだが、Zoeは、双子でさえ腸内マイクロバイオームが異なること、食事やライフスタイル、生活様式によって腸内マイクロバイオームが変化すること、特定の(腸内)細菌と食品の間につながりがあることを説明し、自社の製品を用いた実際的な改善方法を全世界に発信している」。

Zoeのこの製品を利用するには、各種食品に対する身体の反応を分析して自分だけの栄養アドバイスを得るため、検便や血液検査、血糖値モニタリングなど、身体に関するさまざまなデータを収集するための検査を自力で行う意思(と能力)が必要となる。

食事が身体に与える生物学的な影響を調べるためにZoeがこのプログラムで採用しているもう1つの方法は、一定のレシピで作られた「検査用の特製マフィン」だ。このマフィンを数千人に食べてもらい、カロリー、炭水化物、脂質、タンパク質の特定の組み合わせに対する栄養反応を比較し、ベンチマーク解析を行っている。

特製マフィンを食べるだけならまったく問題はなさそうだが、実は、Zoeの家庭用検査キットを利用するのにかかる労力は、栄養改善に何となく興味があるだけの消費者には面倒に感じられる可能性が高い。

ハッジゲオルギオ氏も、今のところは食事や栄養に関する特定の問題(肥満、高コレステロール血症、2型糖尿病など)を抱え、解決を希望している人に焦点を当てているとあっさり認めている。ただし、データや見識を引き続き収集しつつも、Zoeの目標はあくまでパーソナライズされた栄養アドバイスを入手する機会を広げることだという。

ハッジゲオルギオ氏はTechCrunchの取材に対し「これまで同様、解決すべき問題を抱えている人たち、人生を変えるような経験を提供できそうな人たちから始めようという発想」だと答え「現時点では広く一般を対象とした商品にしようとは思っていない。初めは小規模にやるしかないことは分かっている。ただし、現在の限定的なターゲットグループでもかなりの人数になるはずだ」と述べた。

「もちろん、全体のコンセプトとしては、初期(のユーザー)の検査を終えた後、収集したデータや経験を踏まえてプログラムを簡素化し、対象者を拡大したいと考えている。内容面でも価格面でも利用しやすいようにシンプルにしていきたい。もっと多くの人に使ってもらえるように。最終的には、誰もが自分で最適化、理解、管理できるようになるべきだし、そうすることがZoeの目標でもある」と同氏は語る。

「生まれ育った環境も社会経済的地位も関係ない。それに実際、こうした手段や能力は、健康などの大きな問題を抱える人たちの方が限られている場合が多いかもしれない」。

Zoeは今のところ初期登録者の数を発表していないが、ハッジゲオルギオ氏によれば需要は高いようだ(現在、新規登録は順番待ちの状態だ)。

さらに同氏は、初期グループの中間トライアルの速報結果は期待を持たせるものだと胸を張る。AIを活用してカスタマイズした栄養改善プランを3カ月間試した結果、活力が増し(90%)、空腹だと感じることが減って(80%)、体重が平均約5kg減少したという。とはいえ、トライアルの参加人数が公表されていないため、これらの指標を定量化することはできない。

シリーズBで調達した追加資金は、年内に予定されている英国でのローンチを控え、プログラムの展開を加速させるために使用される予定だ。2022年にはさらに地域を拡大する。また、工学技術・科学分野の人材確保を継続するための資金にも充てられる。

Zoeは2020年、欧米で新型コロナウイルス感染症が拡大する中、症状自己申告アプリをローンチして注目を集めた。収集したデータは、新型コロナウイルスが人にどう影響するかを科学者や政策立案者が把握する一助として利用されている。

2020年1年間でZoeの新型コロナウイルス感染症アプリは約500万ユーザーを獲得したという。こうした(非営利の)取り組みは、Zoeが栄養改善サービスの分野で推進していきたい斬新な社会参加活動の一例だとハッジゲオルギオ氏は説明する。

同氏は「新型コロナウイルス感染症に関する新たな科学的知見を得るため、何百万、何千万もの人々が突如、協力してくれるようになった」と述べ、アプリ利用者から入手したデータが数多くの研究論文に利用されていると強調する。「一例を挙げれば、嗅覚障害や味覚障害といった症状を初めて科学的に(根拠を)示すことができた。その後、英国政府の公式症例リストに掲載されたのも、そのおかげだ」と同氏はいう。

「販売開始当初には思いもしなかったスピードで人々が参加したことで、大きな影響を生むことができたすばらしい例である」とハッジゲオルギオ氏は述べた。

ここで食生活のことに話を戻そう。食生活については、野菜を食べるとか、加工食品を控えるとか、糖分を減らす(またはゼロにする)といった、誰もが簡単に実践できるシンプルな「経験則」がすでに存在しているのではないだろうか。いまさらオーダーメイドの栄養改善プランにお金を払う必要はあるのだろうか。

「経験則は確かにある」とハッジゲオルギオ氏は同意する。「そんなものがないというのはおかしなことだ。経験則はあるし、時間が経過するにつれて、例えばZoeの研究などを通して洗練されていくだろうが、問題は、ほとんどの人が徐々に不健康になっているという実情に集約されると思う。実際、生活は乱れがちだし、経験則に基づく食事の法則さえ無視されている。そのため、乱れた生活やライフスタイルを改善するにはどうすれば良いかを自分で判断し、無理なく楽しく実践して健康になれるように人々を教育し、そうした能力を高めていくことも重要だと考えている」。

「それこそが、私たちが顧客とともに目指していることだ。そうした判断ができるように能力を高める後押しをしている。個人でカロリー計算をする必要はないし、糖質制限(食事制限)などの我慢をする必要もない。私たちは基本的に、食品が身体に及ぼす影響を把握できるように個人をサポートしているにすぎない。自分の血糖値や体内細菌、血中脂質がどう変化しているかをリアルタイムに理解できるよう、能力を育成して理解を深めた上で、『こんなコースはどう?ゲーム感覚で簡単にできるよ?』と呼びかける。そしてさまざまな食品をカスタマイズして組み合わせるためのツールをすべて提供する。食べてはいけないものもない。Zoeのアプリが示すフードスコアが75点になるような食事を日常的に心がけるだけでよい」。

「このように能力向上を図るアプローチはやる気を引き出すらしい。ユーザーはゲーム感覚で楽しみながら腸を整えて代謝を向上することができ、いつの間にか驚きの効果を実感し始める。活力に満ち、空腹感が減って体重が減少し、時間の経過とともに見違えるほどの健康を手に入れることができる。『人生を変える』と言われる所以だ」。

「人生を左右する目標にゲーム感覚で取り組める」なんて、確かに平均的な消費者にとっては「野菜を食べろ」と言われるよりよほど心惹かれる提案だろう。

ただし、ハッジゲオルギオ氏が認めたように、Zoeが商業的・研究的に独自の強みを持つマイクロバイオームは研究分野としてはまだ歴史が浅い。そのため、研究を進めるためにより多くのデータを収集することが当面の事業課題となっている。食事や運動などの生活要因と健康の関係は複雑で分からないことも多いため、色々とやるべきことが残っていると言える。

しかしハッジゲオルギオ氏は思いつくアイデアに1つずつ取り組んでいくつもりのようだ。

「砂糖はだめでケールは良いという単純な話ではない。魔法そのものはその間に発生するからだ」とハッジゲオルギオ氏は続ける。オートミールはヘルシーなのか。コメや全粒粉パスタはどうか。全粒粉パスタとバターはどう組み合わせれば良いのか。どれくらいの量を食べるべきか。どれも基本的にほとんどの人が日常的に直面する疑問だ」。

「アイスクリームを食べない日もあれば、ケールを食べない日もあるが、その間に色々な食品を摂取しているからこそ、魔法が生まれる。食品の摂取量やより良い組み合わせ、食事と運動の最適なバランス、食後3時間経っても血糖値を下げず、空腹だと感じない食べ方を知る必要がある。Zoeなら、これらをすべて予測し、分かりやすく説得力のある方法で点数化できる。そして食事成分の代謝反応を(本人が理解できるように)示すことができる」とハッジゲオルギオ氏は説明する。

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カテゴリー:ヘルステック
タグ:Zoe資金調達ビッグデータ機械学習

画像クレジット:Getty Images

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(文:Natasha Lomas、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

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