ミサイル着弾でも帰国しない、サムライ榊原氏が率いる新ファンドは「イスラエルと日本の架け橋になる」

創業間もないスタートアップを育成投資するインキュベーター。日本での草分け的存在として知られるサムライインキュベートが1月12日、5号ファンドを設立すると発表した。これまで国内約80社に投資してきた同社だが、新ファンドでは、シリコンバレーに次ぐ「スタートアップの聖地」と言われるイスラエルの企業に積極的に投資していく。

「聖地」から世界を狙うスタートアップを支援

TechCrunchでも報じたが、サムライインキュベート創業者の榊原健太郎氏は5月にイスラエルに移住し、7月に同国最大の商業都市であるテルアビブに支社を設立。起業家の卵が寝食を共にする住居兼シェアオフィスの「Samurai House in Israel」を構え、イスラエルから世界を狙うスタートアップを支援している。

イスラエルがどれくらい「スタートアップの聖地」なのかは、データが物語っている。人口わずか776万人のイスラエルにおけるベンチャーキャピタル(VC)の年間投資額は2000億円と、日本の約2倍。人口1あたりの投資金額では世界1位だ。SequoiaCapitalやKPCB、IntelCapitalといった世界の大手VCが現地のスタートアップに投資し、これらの企業をIT企業の巨人が買収するエコシステムができているようだ。

例えばFacebookは2012年6月、iPhoneで撮影した友達にその場でタグ付けできるアプリを手がけるFace.comを買収。このほかにも、Microsoftは検索技術のVideoSurfを、AppleはXboxのKinectに採用された3Dセンサー技術のPrimeSenseを、Googleは地図アプリのWazeを買収。日本でも、楽天がモバイルメッセージアプリ「Viber」を9億ドル(約900億円)で買収して話題になった。

ちなみに、TechCrunch編集者のMike Butcherは「テルアビブで石を投げればハイテク分野の起業家に当たる」と、スタートアップシーンの盛り上がりを表現している。実際のところを榊原氏に聞くと、「道端でも飲食店やクラブでも起業家だらけ」とのことで、本当らしい。

テルアビブの市役所には、TechCrunch編集者のコメントが掲げられている。左から2番目が榊原氏

ファンド規模は10倍に、要因は日本企業が注ぐ熱視線

新ファンドでは、イスラエルと日本のスタートアップ110社以上に投資する。イスラエルについてはファイナンスやセキュリティ、ヘルスケア、ロボティクス、ウェアラブル分野のスタートアップ40社が対象。この中には、ベネッセ出身の寺田彼日氏らが現地で創業した「Aniwo(エイニオ)」も含まれる。

日本人とイスラエル人の混合チームで構成されるエイニオが手がけるのは、起業数が年間3000社と言われるイスラエルのスタートアップの事業スライドを収集・公開するサービス「Million Times」。起業家や投資家、一般ユーザーが交流できるプラットフォームを作ろうとしている。榊原氏は「事業スライド版のGoogleを狙える」と評価していて、1000万円の投資が決まっている。

イスラエル企業の投資先としては、自分の足を動画撮影することで足の形をモデリングする、靴の通販サイトで使えそうな画像解析技術であったり、自分の周囲数十センチの空気だけを浄化するウェアラブル空気清浄機を手がけるスタートアップなどに投資する予定だという。

新ファンドの規模は約20億円になる見込み。サムライインキュベートの過去のファンドを見ると、1号が5150万円、2号が6200万円、3号が2億1000万円、4号が2億4000万円。創業間もないスタートアップを対象にしていることもあり規模が小さかったが、5号ファンドでは10倍となる。

ファンド規模拡大の要因の1つは、日本企業がイスラエルに注ぐ熱視線だ。前述の通り、イスラエルからはイケてるスタートアップが数多く輩出されていて、イノベーションを迫られる日本の大企業にとって、魅力に映ることだろう。かといって、イスラエルの現状はわからない。そんな大企業が、新ファンドへの出資を希望するケースが増えているのだという。

大企業マネーの背景には「過去のファンド実績がある」と榊原氏はアピールする。1号ファンドでは、スマートフォン向けの広告配信サービスのノボットが、創業2年目にKDDI子会社のmedibaに15億円で売却。3号、4号ファンドの実績は明かしていないが、1号ファンドは7倍、2号ファンドは10倍以上のリターンが確定しているという。

ノボット以外の投資先としては、個人が独自の旅行を企画して仲間を集うトリッピース、、個人がコンテンツを販売できるオンラインサロンプラットフォームを手がけるモバキッズ、スライド動画作成アプリ「SLIDE MOVIES」や日記アプリ「Livre」など他ジャンルのアプリを手がけるNagisaなどがある。

イスラエルの技術と日本企業の架け橋に

日本進出を狙うイスラエルのスタートアップにとっても、「渡りに船」の存在のようだ。日本の四国ほどの面積に人口がわずか776万人のイスラエルは国内市場がないに等しく、敵対するアラブ諸国からなる周辺国の市場も見込めない。だからこそ、「最初から欧米やアジアを視野に入れるスタートアップが多い」と榊原氏は話す。

「イスラエルの起業家は0から1を生み出すのが得意。イグジットの意識も高くて、『このプロダクトはキヤノンに使ってもらえる』とか『ドコモにピッタリ』とか言ってくる。新ファンドは、イスラエルの技術を日本企業と連携させる架け橋になれる。」

5号ファンドでは、イスラエルに登記するスタートアップについては、一律で1億円の評価をして、1000万円を上限に投資する。国内のスタートアップは引き続き、B2BおよびC2C分野に注目し、一律で3000万円の評価をして、450万円を上限に投資する。現時点でイスラエル企業15社、日本企業5社への投資が確定しているという。

ミサイルが飛んできても帰国しない「ラストサムライ」

3月の取材時に、「日本の住居を完全に引き払って、背水の陣でイスラエルに挑戦する」と語った榊原氏。移住後は支社設立のために、ヘブライ語を話す日本人に協力してもらって銀行口座を作ることや、イスラエル人の保証人探しに奔走することに始まり、現地でのプレゼンスを高めるために人と会いまくる日々だったと振り返る。

7月8日には、イスラエル軍がガザ地区への軍事作戦を開始。それ以降、パレスチナのイスラム原理主義組織ハマスとの争いで、イスラエルには1000発以上のミサイルが着弾している(ほとんどはミサイル防衛システム「アイアンドーム」が迎撃している)。7月末に実施したイスラエル支社のオープニングパーティーでは「ミサイルが飛んできても日本には帰らない」と宣言。現地では「榊原こそラストサムライ」と喝采を浴びた。

住居兼シェアオフィスのSamurai House in Israelでは、現地の起業家や投資家にアピールするために、毎週のようにイベントを開催。寿司を作ったり剣道を教えるなど、日本をテーマにしたミートアップを60回以上やってきた。「最初はどこにも投資できないんじゃないかと不安もよぎった」という榊原氏だが、今では「イスラエルは日本人にとってブルーオーシャンな市場。リターンを得るのは難しくない」と自信をのぞかせている。

Samurai House in Israelでは毎週ミートアップを開催している


投稿者:

TechCrunch Japan

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