中南米に芽生えるスーパーアプリの熱い戦い、WeChatやAlipayの中国式モデルとは異なる進化

WeChat(ウィチャット)とAlipay(アリペイ)は、中国のモバイルエコシステムには欠かせないスーパーアプリだ。ウィーチャットの月間アクティブユーザー数(MAU)は10億人を超え、アリペイの年間アクティブユーザー数(AAU)も10億人に達している。どちらも食事のデリバリーや自転車のシェアリングから、支払い、保険、投資といった完全な金融サービスまでも提供している。

現在、この中国式モデルの成功例にあやかり、自分たちの地域で同様のモデルを展開しようと世界中の企業が動いている。なかでも、中南米は新興スーパーアプリの激戦地だ。なぜなら、6億5000万人近くの膨大な人口を抱えながらも、言語、文化、宗教がほぼ似通った国々で構成されているからだ。さらに、移動体通信事業者や関連企業からなる業界団体であるGSMAのデータによれば、モバイルを主要デバイスとする人たちが多く、スマートフォンの普及率は62%にのぼっているという。

スーパーアプリモデルの拡大

WeChatとAlipayの驚異的な成功の後、世界中の企業が別の地域で中国式モデルを模倣する決定を下した。中国と地理的に近く、その影響力や経済的なつながりが強い東南アジアは早々にスーパーアプリが登場した地域のひとつだ。シンガポールの配車サービスGrab(グラブ)と、インドネシアのGo-Jek(ゴジェック)は、どちらも数十億ドルの資金調達を行い、地元でのUber(ウーバー)の勢力拡大を阻止しただけでなく、提供サービスのポートフォリオを配車サービスから食事のデリバリーや支払いなどの他のサービスに拡大した。

インドでは、Paytm(ペイティーエム)が中核サービスからの拡大を図り、とくにTapzo(タプゾ)がAmazon(アマゾン)に買収されサービスを停止した後、インドの主力プレイヤーの地位を狙っている。

面白いには、すべてのスーパーアプリがみな同じでないことだ。Alipayは、電子商取引を行う企業Alibaba(アリババ)から派生し、金融サービスに力を入れている。一方WeChatは、メッセージアプリとしてスタートし、金融サービスのほか、電子商取引、ゲーム、旅行などなど、サービスを拡張してきた。東南アジアのGrabとGo-Jekは配車サービスからスタートしてデリバリーを開始したあと、金融サービスに進出した。Paytmは、プリペイドのモバイルリチャージプラットフォームとしてスタートし、その後、金融サービスや日常生活のための各種サービスに進出している。

中南米で期待されるものは?

中南米のスーパーアプリは、地域的な環境が中国とは大きく異なるため、地元の人たちによって、独特な方法で開発されるべきだ。

中南米でのインターネットのエコシステムは、通信、音楽、検索など数々の分野を支配している欧州と米国の技術系企業の影響を大きく受けている。その市場で地元のスタートアップが張り合うのは大変に難しい。しかし、中には海外企業が簡単には支配できない戦場もいくつかある。配車サービス、食事のデリバリー、金融サービスだ。これらは地域に密着した産業であり、厳しい規制のもとに置かれているため、規模の拡大が非常に難しい。とくに、国境を超えたサービス展開となればなおさらだ。まさにこうした産業に、その地域では前例のない規模のベンチャー投資に後押しされて、スーパーアプリの候補者が現れてきているのだ。

中南米で最も目覚ましいスーパーアプリ候補は、コロンビアのオンデマンドデリバリーサービスのRappi(ラッピ)だ。中南米で最も高額な投資を受けたスタートアップのひとつで、Sequoia(セコイア)、Andreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)、ソフトバンクといった巨大投資企業から、これまでに140億ドル(約1兆5000万円)の資金が投入されている。最初は食事のデリバリーのみを行っていたが、現在は電動スクーター、支払い、個人間の送金、映画のチケット、デビットカードなどのサービスも行っている。さらに、中南米で最も関係の深い、ブラジル、メキシコ、コロンビア、アルゼンチン、チリ、ウルグアイ、ペルーといった国々でも事業を展開している。

もうひとつ有力な候補に、電子商取引の巨人Mercado Libre(メルカドリブレ、MELI)の金融サービスMercado Pago(メルカドパゴ)がある。当初は、マーケットプレイスでのユーザー同士の送金を可能にするサービスとしてスタートしたが、今ではオンラインおよびオフラインの支払い、請求書の支払い、そして最近では投資(Mercado Fondoを通じて)といった金融サービスのさまざまなポートフォリオを提供するようになった。親会社のおかげで中南米全域に展開しており、年間の取り引はおよそ4億件にのぼる。

ブラジルのMovile(モビール)も、強力な競合相手の位置にいる。同社はすでに、食事からチケットのデリバリー、宅配、子ども向けNetflixに至るまで、多様なサービスのポートフォリオを揃え、ブラジル、メキシコ、コロンビア、アルゼンチンで事業を展開している。総額3億9500万ドル(約426億円)の資金を調達したばかりか、その傘下の企業iFood(アイフード)も総額で5億9200万ドル(約639億円)を調達している。

スペインのCabify(キャビファイ)もまた、スーパーアプリの地位を狙う企業だ。傘下のフィンテック企業Lana(ラナ)を通じて金融サービスを行っていたが、最近になって電動スクーターと自転車のシェアリングサービスを開始した。4億7700万ドル(約507億円)の投資を受けたものの、配車サービスの競争が激化しているスペインでキャビファイがスーパーアプリになるのは難しい。UberやDidi(ディディ)といった競合相手もさまざまなサービスを追加し、地位を固めようとしているからだ。

競合相手として興味深い可能性を持つのは、ブラジルのデカコーン(時価総額が100億ドル以上の未上場スタートアップ)であるNubank(ヌーバンク)だ。すでにブラジルでは800万人のユーザーを有し、メキシコ、アルゼンチン、コロンビアへの進出を開始している。現在はまだ、従来型の金融サービスのみを提供しているが、大口の投資企業であるTencent(テンセント)から現在までに11億ドル(約1190億円)を調達している。そのため、NubankがWeChatと同じような道筋をたどったとしても、驚きではない。

さらに、ブラジルのBanco Inter(バンコ・インター、BIDI11)は、最近になって金融サービス以外に、電子商取引や旅行などの顧客向けサービスを展開するためのマーケットプレイスを立ち上げた。同社は、評価額およそ70億ドル(約7550億円)の公開企業だが、最後の増資を行った後、現在はソフトバンクの支援を受けている。

以上が、中南米でスーパーアプリにもっとも近い候補者たちだ。とはいえ、ブラジルの小売りと電子商取引の大手Magazine Luiza(マガジン・ルイザ)が私たちを驚かせてくれる可能性もある。同社のCEOは、実店舗による小売り業者から技術系企業へと会社を改革した人物だが、すでに同社のアプリMagaLu(マーガルー)をスーパーアプリに作り変え、より多くのサービスを提供したいという意欲を示している。これはブラジルの市場で競争することになるだろうが、ブラジル国内での運用に限定された単なる一地方プレイヤーで終わるとは思えない。

中南米のスーパーアプリは中国のものとは違う

中南米ではスーパーアプリが芽生え始めているものの、市場がまったく異なる中国のスーパーアプリの道筋をたどることはない。むしろ、市場の類似性が高い東南アジアのプレイヤーを参考にすべきだ。とは言え、中南米のスーパーアプリは、その地域に適した独自の環境に落ち着くことだろう。

中国のスーパーアプリの成功物語に注目する企業は多いが、さらに多くの企業が中南米のスーパーアプリを目指して競争することになるだろう。すでにベンチャー投資家たちは、誰が中南米での主導権を握るかで賭を始めている。ひとつ確実に言えるのは、中南米に市場が大きく広がっていく様を見るのは爽快だろうということだ。この戦いの本当の勝者は顧客になる。

【編集部注】Thiago Paiva(ティアゴ・ペイバ)はフィンテック系起業家、作家、投資家。ブロックチェーン技術を応用した国際的な投資のためのプラットフォームLiquia Digital Assetsの共同創設者。

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(翻訳:金井哲夫)

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TechCrunch Japan

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