会社がなくても問題……ない?激化するスタートアップ企業への投資とVCのアイデア

これまで好調だった伝統的なベンチャー業界は転換期を迎えているのではないか、と思える理由はいくつもある。最も明白な兆候は、ここ数年、上場前に投資したVCが得た利益が非常に大きい一方で、公募された株式ではそれほど上手くいっていないということにある。2月1日に発表されたWSJのデータによると、過去13カ月間に上場したベンチャー企業の最有力候補たちの株価は初日の終値を下回り、DoorDash(ドアダッシュ、-40%)、Oscar(オスカー、-81%)、UiPath(ユーアイパス、-47%)、Compass(コンパス、-56%)、Robinhood(ロビンフッド、-59%)、Coupang(クーパン、-28%)となっている。

上場前の投資の方も、状況はそれほど健全ではない。1月27日の記事でTechCrunchが指摘したように、シード、シリーズA、シリーズBの各ステージにある企業の収益は、この数四半期は過去数年に比べてはるかに少ない。おそらく、スタートアップ企業の資金調達のペースが格段に速くなっていることが原因だろう(数カ月ではたいして進展することはできない)。一方で、投資家の姿勢も今まで以上に緩く、進展がなくてもそれほど問題ではない、と考えているように見える。「創業者に賭ける」ことが重要なのだ。

VCにリセットが必要かもしれないことを示す最も強力な指標は、まだ起業していない人に投資しようとするVCの熱意である。General Catalyst(ジェネラルカタリスト)のマネージングディレクター、Niko Bonatsos(ニコ・ボナツォス)氏は、これは新しいトレンドではない、としながら次のように続ける。「プレシードやシードが急増したことで、(トレンドは)より顕著になっています」「膨大な数のジェネラルパートナー、ファンドの大型化、ディールの増加、そして私たちは資本を投資することで報酬を得るのですから」。

Upfront Ventures(アップフロント・ベンチャーズ)のMark Suster(マーク・サスター)氏は、それを実行している。2021年秋、同氏は次のように発言している。「例えば、Riot Games(ライアットゲームズ)、Snapchat(スナップチャット)、Facebook(フェイスブック)、Stripe(ストライプ)やPayPal(ペイパル)で仕事をするあなたを知っていたとしたら、私たちは起業時、つまり設計時からあなたを支援します」。

Foundation Capital(ファウンデーションキャピタル)のマネージングディレクター、Ashu Garg(アシュ・ガーグ)氏も、1月20日(日本版は1月25日)のTechCrunchの記事で同じような戦略を話している。「誰かがまだ会社を立ち上げる準備をしているときに、その人とコンタクトをとるというのが私たちの目標で、それが私たちのビジネスのやり方です。まだ会社が創業されてなくても、これこそが私たちのビジネスモデルなのです」。

他の多くのVCも同じ意見のはずだ。

2013年に「SignalFire(シグナルファイヤ)」というVCを設立したChris Farmer(クリス・ファーマー)氏は「定量的」なベンチャー投資を最も早くから提唱し、広く知らしめた人物の1人だ。同氏はSignalFireのプラットフォームであるBeaconを利用し、特許、学術論文、オープンソースへの貢献、財務申告など、200万ものデータソースから得られた5兆以上のデータポイントを追跡し、エンジニアリングの人材の動向を把握しようとしていた。

その当時、このデータをマーケティングツールとして利用していたのはファーマー氏だけだったが、その後、多くの企業が(Beaconほど強力ではないとはいえ)同様のシステムを採用し、公的、私的なデータを使って、仕事を続けている個人、仕事を辞めたものの計画を発表していない個人、あるいは最初のステップとして会社の登記だけを行った個人を追跡している。

中には非常に簡単なデータ収集方法もあり、ボナツォス氏はそれについて次のように話す。「データの中には、何年も追跡できるものもあります」「誰かがTwitterやLinkedInで経歴を変更したら、それは人材を探している人たちに『私は何か新しいことをしています』というシグナルを送っていることになります」。

大手のVCでアナリスト数人といくつかの基本的なスクリプトがあれば、カリフォルニア州などで興味を持ちそうな企業にフラグを立てることが比較的容易になっている。「主要な同業者のうち、少なくとも6社は同じことをしています」「創業者にメールを送ると、時々『おかしいな、今日は何社もメールもくれたよ』と言われます」とボナツォス氏。

実際、今はVCが才能ある個人をストーキングする方法が数多くある。資金を調達し、会社を創業し、それを売却したことでVCの目に留まる人もいる(創業者や初期の従業員はすぐに別の会社を立ち上げようとするだろう、というのがVCの考え方だ)。

エンタープライズ製品の開発経験者は特に狙われやすい。GitHubのようなコード共有プラットフォームを見れば、開発者コミュニティでどのようなプロジェクトが人気かを、投資活動に先駆けて知ることができるからだ。

スカウトプログラムの増加もこの傾向に関連している。VCはディールフローを改善するために、事業会社の幹部やスタートアップの創業者との関係を構築するが、これには、スカウトの対象者が自身のスタートアップを立ち上げた際、最初に連絡して欲しいという期待も存在する。

もちろん、このような方法に意味があるかどうかには疑問が残るし、イノベーションや特定の洞察力(あるいは腹いせ)といった有機的な方法でビジネスを立ち上げた人よりも、VCに起業をすすめられた個人が優れているかどうかは、まだ十分なデータがない。

それでも資本力が大きいVCはこの戦略を続けている。

ボナツォス氏は、人材を探す際「会社を売却するなどして財を成した人が、まだハングリー精神を持っているかどうか」を考え、その人材の考え方が「本当に斬新なのか、それとも焼き直しなのか。過去にやったことをもう一度やろうとしているのか」を見極めようとしている。さらに同氏は「再チャレンジする人材は見つけやすいが、その分立ち上がるまでのコストが余計にかかる」と指摘する。

一方ファーマー氏は、できるだけ早い段階で創業希望者にアプローチすることも続けていて「資金調達市場が活発化している現在は、これまで以上にその必要性が高まっている」と指摘する。

ファーマー氏の説明によると、創業間もないスタートアップへの「参入コスト」は、この2年間で200%高くなっているという。「つまり、オーナーシップを得るためには、より高い評価額でより大きな小切手を切る必要がありますが、逆張りをするなら、超初期段階のリスクを取る方が理にかなっています。なぜなら投資家のリスクは時期が早ければ早いほど少なく、投資はプレミアム付きで戻ってくるからです」。

これは単純な計算だ、とファーマー氏は続ける。「同じ資産に3年前の3倍の価格を支払っているなら、リターンは3倍低くなる可能性があります。もし、ほとんど実績のないスタートアップアクセラレーターの卒業生に2000万ドル(約23億円)を払うのであれば、(創業者の)アイデアがまとまっていなくても、もっと早い段階の創業者を探した方が割に合います」。

多少おかしな話に聞こえるかもしれないが「本当におかしい」のは「投入されるお金の量」だとファーマー氏は観ている。同氏は、いずれにしても、SignalFireはこの方法で資金を投入して企業を存続することができる、と示唆し「いったん成功のシグナルが出てしまえば、(VC同士の)激しい競争に晒されることになる」と話す。

「競争はまさしく血みどろの戦いです」。

画像クレジット:Liyao Xie / Getty Images

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(文:Connie Loizos、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

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