元マッキンゼーの医師起業家が“次世代クリニック”で医療現場の変革へ、Linc’wellが3.5億円を調達

Linc’well(リンクウェル)のメンバー。中央が代表取締役の金子和真氏

多くの課題を抱える“レガシーな業界”は、スタートアップにとって大きなビジネスチャンスだ。

金融、人材、不動産、建設、法務などあげればキリがないけれど、従来はアナログの要素が多かった大きな市場が近年テクノロジーの台頭によってどんどんアップデートされ始めている。

今回取り上げる「医療」もまさに大きな可能性を秘めた領域。遠隔医療や電子カルテを始め様々なプレイヤーが業界の課題解決に取り組むが、未だに紙の診察券やカルテ、電話での予約などが主流で、テクノロジーの活用が十分には進んでいない。

そんな業界の現状に対して「非効率な医療現場をテクノロジーで効率化し、患者さんの利便性や医療の質自体の向上を目指したい」と自ら会社を興した“医師起業家”がいる。

2018年創業の医療スタートアップLinc’well(リンクウェル)の代表取締役、金子和真氏だ。

金子氏は臨床医として東京大学医学部附属病院を中心に医療現場で8年間働いた後、マッキンゼーに7年間勤めていたという経歴の持ち主。医療現場の課題解決に向けて、マッキンゼー時代にヘルスケア領域で共に働いていた山本遼佑氏とリンクウェルを立ち上げた。

現在はITをフル活用した“次世代クリニック”ブランドの「クリニックフォア」を展開。昨年10月に自社プロデュースの第一号店舗として田町にオープンしたクリニックには、半年間で2万人を超える患者が受診に訪れたという。

そのリンクウェルは5月27日、さらなる事業拡大に向けて第三者割当増資により総額約3.5億円の資金調達を実施したことを明らかにした。

今回同社に出資したのはDCM Ventures、Sony Innovation Fund、インキュベイトファンドの3社。昨年4月にもシードラウンドでインキュベイトファンドとヤフー常務執行役員の小澤隆生氏から約7000万円を調達済みで、累計の調達額は約4.2億円となる。

リンクウェルでは調達した資金を活用してクリニックの複数店舗展開を進めるほか、クリニック内で活用するシステムの開発や、今後予定しているオンラインヘルスサポート事業への投資を強化していく計画だ。

スマホ1台で十分な次世代クリニックを社会インフラへ

「オンラインで予約ができず、実際に病院に行けば長時間待たされることも珍しくない。そもそも普段忙しいビジネスパーソンは平日の日中に行くことすら難しい。特に若い世代、働いている世代が診察を気軽に受けられない現状に大きな課題を感じていた」

金子氏がこの状況を改善するべく着手したのが、ITを徹底活用したクリニックの展開だ。

リンクウェルがプロデュースするクリニックフォアでは、オンライン予約システムやAIを取り入れた問診システムの活用、院内のオペレーションを効率化する電子カルテの導入などを通じて、患者の体験向上とクリニックの経営効率化にコミットする。

同社ではパートナーとなる医師に対して、上述したようなオペレーションシステムとともに、経営やマーケティング、スタッフの採用・教育などクリニックの運営に必要なサポートを提供。こうして立ち上がったクリニックを複数店舗展開し、社会インフラとして根付かせることが目標だ。

では実際にクリニックフォアで診断を受けるユーザーはどのようなフローをたどるのだろうか。

まず診断日程の予約は公式サイトからスマホやPCを通じてオンラインで行う。希望する診断内容を選択した後、カレンダーから空いている時間帯をチェックして希望の日時を選べば良い。

画面を見てもらうとわかるが新幹線などの予約画面にも近い感覚だ。予約時に簡単なオンライン問診も実施することで、当日の診察をよりスムーズにする。

クリニックに訪れた際は、受付で来院の声かけをした後、細かい問診票を記入する。この工程については現在自社でシステムを開発していて、今後オンライン化が進んでいくそうだ。

診察時間は15分単位で事前にスケジューリングしているため、具合の悪い人がいる場合などに多少のズレはあったとしても、長時間待たされることはほとんどない。

診察後の会計はキャッシュレス対応。クレジットカードや交通系ICカードのほか、QRコード決済サービスも使える。薬についても「全てではないものの出来るだけ院内で渡せるようにしていて、なるべく薬局に行く手間がかからないような設計をしている」(金子氏)という。

オフラインの診察券も用意しているが、受付時にスマホから予約IDを確認して伝えればいいそうなので“スマホ1台あれば”予約から当日の会計までスムーズに済ませられるのが特徴だ。

海外に目を向けると、米国ではOne Medical GroupがITを活用したクリニックチェーンを展開していたり、中国では平安好医生が医療におけるオンラインとオフラインの融合を進めている。一方で日本の場合はクリニックの95%以上が個人経営であることなども影響してか、テクノロジーがそこまで浸透していない状況だ。

クリニックフォアでは様々なITツールが絡んでくるが、リンクウェルがその全てを自社で開発しているわけではなく、他社ツールを組み合わせているのもポイント。予約システムや問診システムは自社で作りつつ、すでに複数社が取り組んでいる電子カルテなどは他社のプロダクトを活用している。

「自分たちがやっているのは検査やカルテ、処方など膨大なパッケージを用意して現場で使いやすいように最適化すること。(電子カルテシステムを)箱だけ提供しても、誰もがすぐに使えるわけではない。ExcelやWordの作業を便利にするテンプレートのように、電子カルテを使いやすくする大量のテンプレートを組み込んで提供している」(金子氏)

現場のニーズや実態に基づいてプロダクト開発ができるのは同社の強みだ。金子氏が医師として現場経験が豊富なことに加え、10月にオープンしたクリニックフォア田町はオフィスのすぐ下にあるため、すぐに現場を確認できる。

時には糖尿病の専門医である金子氏が直接現場で患者や医師とコミュニケーションを取ることもあるそうで、そこから得られたフィードバックをクリニックの運営やシステム開発に活かせるという。

週7日開院、働く世代を中心に患者の約85%が50歳以下

そのクリニックフォア田町では忙しいビジネスパーソンでも利用しやすいように、平日は9時30分から21時まで、土日祝日も9時から18時まで診療を行う。

そういった“使い勝手の良さ”が受け、設立後から半年で延べ2万人の患者が来院。そのうち8割がオンライン予約を活用する。直近ではゴールデンウィークの最終日に1日で200人以上が訪れるなど、金子氏も「(既存のクリニックではカバーできない)明確なニーズがあることが証明されてきている」と話す。

クリニックフォアの特徴は「患者の年齢層」にも現れている。平均的なクリニックでは年配の患者が大半を占め、実に75%が50歳以上なのだそう。一方クリニックフォア田町の場合、約85%が50歳以下の患者だ。

特に10代〜30代の患者が60%以上を占める(平均のクリニックは22%ほど)ことからも、来院する層に大きな違いがあることがわかるだろう。

「テクノロジーの導入については規制の問題もあるが、(高齢の患者が多いようなクリニックでは)現場に変えるメリットがないことが大きい。特に若い世代のペインを解消するには、システムを提供するのみではなく、現場一体となって変えていくしかないと思った。実際に口コミやアンケートを見ても、オンライン予約や待ち時間の少なさ、夜や土日の対応などに価値を感じてもらえている」(金子氏)

医師にとっても新しい選択肢に

クリニックフォアの仕組みは患者にだけでなく、医師にとっても新しい選択肢を提供する。

これまで医師の職業については人命に関わるという特性上、残業時間が多くなりがちで、かつそこに対する規制が一般的な労働者に比べて進んでこなかった。近年は「医師の働き方改革に関する検討会」を中心に残業時間の上限規制を始めとした議論がされているが、クリニックや病院の仕組み自体をアップデートすることも重要だ。

クリニックフォアの場合は週7日、平日に関しては朝から夜まで開院しているため、最初から複数の医師によるワークシェアを前提としている。結果的に通常の病院で働くよりも個々の状況に応じて、柔軟な働き方ができるという。

田町のクリニックにも、家庭の事情で時短勤務を選択したい医師や週3日だけ現場で働きたいという医師、大学院で研究をしながら土日や夜だけ現場に出たいという医師などがいるそうだ。

また医師のキャリアパスにおいて「開業医」という選択肢のハードルを下げる効果もある。

「今まで患者さんを診断することしか経験していない人がほとんど。経営や組織づくり、採用などのプロではなく、そこで苦戦する人は多い」と金子氏も話すように、自分でクリニックを立ち上げるには膨大なイニシャルコストのほか、診断以外の経営業務にも対応しなければならない。

クリニックフォアはシステムの提供だけでなく、経営のナレッジ共有やスタッフの採用・育成サポートを通じて「医師が患者さんを診ることに集中できる環境を整える」(金子氏)ことで、開業の後押しをするとともに、その後の経営の支援もする。

田町の店舗でも細かい月商などは非公開だが「支援の結果、半年にして平均的なクリニックの2〜3倍程度の収益を達成している」そうだ。

オンラインとオフラインの融合による次世代ヘルスケア基盤構築へ

リンクウェルは今後もクリニックフォアブランドのクリニックを各地に広げていく計画。すでに都内数カ所で新店舗を予定しているほか、将来的には都市部を中心に数百規模のクリニックのプロデュースしていく構想だという。

このオフラインの取り組みと並行して、今後はオンラインヘルスサポート事業の開発にも取り組む。軸となるのは「メディカルサプリのEC」と「オンライン診断」だ。

ECに関してはサプリやヘアケア、スキンケアといった商品をサブスクリプションモデルで提供する予定で、キーワードは「パーソナライズ」と「エビデンス」。ユーザーのデータと専門医のエビデンスに基づきパーソナライズされた商品を届けるECを目指していて、長期的にはD2Cのように製造工程から関わる可能性もある。

またクリニックでのオンライン診療や法人向けのオンライン健康診断なども準備するそう。オンラインとオフラインを融合しながら、患者のニーズや状態に合わせて「バーティカルに、エンド to エンドで最適なサポートを提供したい」という。

「最終的に目指すのは『1つの社会インフラ』。自分自身も医者をやっていて、医療は社会に不可欠なインフラだと思っているし、医者もそのために必死で働いている。ただこれから先、高齢化が進み患者さんの数が増えてくる中で、テクノロジーの活用を進めていかない限り持続的なインフラを作るのは難しい。日本の医療が破綻する前に、少しでも医療の現場を効率化しながら、質の高い医療を提供できるための仕組みを作って業界に貢献していきたい」(金子氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。