元DeNA創業メンバーの渡辺氏が創業した「Quipper」をリクルートが約48億円で買収、現状と今後の狙いを聞いた

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たぶんスタートアップ界隈でも気付いていた人はほとんどいなかったと思うけど、2010年創業のEdTechスタートアップの「Quipper」がリクルートに買収されていた。TechCrunch Japanの関係者らへの取材で分かったのは、4月1日にQuipperは全株式を47.7億円でリクルートに譲渡し、リクルート傘下でオンラインラーニングプラットフォームを始動させていたことだ。QuipperはこれまでにAtomicoグロービス・キャピタル・パートナーズなどから総額約1000万ドル(約12億円)の資金を調達していた。

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創業者である渡辺雅之氏は、そのままQuipperに代表としてとどまり、新体制でグローバルな学習コンテンツプラットホームを狙いに行く。創業4年半でQuipperは世界5都市にオフィスを持ち、社員数100人規模のスタートアップにまで成長している。とはいえ、ヒト、カネ、ブランドなどリクルートが持つリソースとは比較にならない。新しい座組でグローバルに戦っていけることについて、Quipperの渡辺氏は「どんどん人も送り込んでもらっていて、モビルスーツに乗っている感じ。こんな強力な企業を敵に回さず、味方にできて、というか一緒になれて本当に良かったと思います」と話す。

フィリピン、インドネシア、メキシコなどで大きな手応えを感じているというQuipperの現状と今後の狙いについて、TechCrunch Japanでは渡辺氏に話を聞いた。

教師向け宿題管理ツールにピボットして150万ユーザーにスケール

渡辺氏は2010年にロンドンでQuipperを創業している。京都大学卒業後に入ったマッキンゼー時代の同僚、南場智子氏、川田尚吾氏らと1999年のDeNA創業に参加し、12年間の在籍のちにDeNAを卒業して渡英。現在QuipperのCTOを務める中野正智氏とロンドンで出会ったことで起業を決めた。ロンドンはEU域内の人ならビザなしで採用できるし、オックスフォードやピアソンといった教育系出版社の大手もあり、EdTechスタートアップを始めるには良い立地だと思ったという。

創業後最初の3年ほどはゲーミフィケーションを取り入れた4択式のモバイルのクイズなど、大人も含めたeラーニングのプラットホームとして事業を展開していった。OEMによるソリューション提供で黒字化した月もあったが、「でも、これじゃないなと思った。マーケット(創出)は悲願だった」と渡辺氏は振り返る。小さく黒字化したところで、受託ビジネスではスケールしない。

転換点となったのは2014年頭に「Quipper School」とリブランディングして、「K12」(小中高校)向けにフォーカスしたプロダクトを出したこと。

Quipper Schoolは、教師向けに「宿題」や授業中の「課題」といった教材コンテンツを提供するプラットホームで、先生が手作業でやってきた問題のプリントアウトや回収、丸付け、進捗管理といった業務をオンライン化して手助けするものになっている。MOOCsなどオンライン学習サービスでは継続率や終了率がなかなか上がらないという問題が長らく指摘されているが、Quipper Schoolは、すでに先生たちが日々やっている業務の効率を改善するツールとして打ち出したことで、「9カ国で15万人の教師に受け入れられていて、生徒も入れると150万人が利用している」のだという。無料で仕事が効率化することから、教師たちには受け入れるべき分かりやすい理由があるのだ。

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意外なのは、途上国における教育現場へのICT導入の熱意だ。

「インドネシアやメキシコにはICTルームというのがあって、タブレットやPCがあります。教師の人材不足の中で、ネットを使って子どもたちに最高の教材を使わせたい、という危機感が強いのだと思います。Quipper SchoolはスマホもタブレットもPCも対応していますが、授業中はPCやタブレットを使う生徒が多く、放課後は中学生、高校生は圧倒的にスマホです。その辺は実は日本より進んでいるかもしれません」

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教材コンテンツを提供し、いずれはプラットフォーム化

Quipper Schoolでは実は教材コンテンツも作って提供している。現在、各国の学習指導要領に沿って現地の先生たちを集めて独自に制作した問題やレッスンを5教科分、総計40〜50万問程度そろえている。このため、例えばフィリピンでは、日本の都道府県に相当する20の地方自治体の教育委員会レベルで、学区全体で使うこととする指示が出ていたりするのだとか。

先生ひとり一人が教材プリントを自分で用意せずに済むわけだが、もちろん自分のオリジナル教材を制作して活用してもいいし、ほかの先生が作ったものを使うこともできる。これまでは各国の学習インフラになるのを優先するためにコンテンツは無料としてきたが、ここがコンテンツ・プラットホームとなれば、それが教育出版の大きなマーケットとなるのは想像に難くない。「ベースはしっかり作れた。ユーザーベース拡大はめどが付きました。今後はリクルートの強いセールス力でマネタイズも進めます。もともとリクルートとは事業提携の話をしていて、コンテンツ作りもうまいので一緒にやればブーストするとは思っていました。これまでもスタートアップとしては最適なことをやってきたと思いますが、リクルートと一緒にやり始めるとドライブ感が全然違います」。営業計画を立てて面でキッチリと抑えていくという馬力のある営業力が、リクルートのDNAに刻まれてるのではないか、と渡辺氏は笑う。「こんな強力な企業と戦わなくて本当に良かったと思います」。

グローバル展開は面の取り合い、スピード勝負?

すでにインドネシアでもフィリピンでも学習プラットホームとしてトップシェアを取ったというQuipperだが、いまは東南アジアでのさらなる展開に加えて、メキシコでの成長の手応えを感じて南米大陸を徐々に南下していこうと計画しているそう。ヨーロッパについてはロシアから展開を進めていく。タイ、ベトナム、トルコ、ロシアなどが次の展開ターゲットという。

途上国を中心に大きな手応えを感じていて、リクルートと組んだことで階段を10段ぐらい一気に登った感じというQuipperだが、渡辺氏は「アメリカには行けるかどうかは分かりません。中国も分からないですね」と話す。

グローバルなEdTech市場は、実は最終戦争に突入しようとしているのかもしれない。

Lynda.comが350億円ほど資金調達して2015年4月にLinkedInに1840億円(15億ドル)で買収されたり、Udemyが5回におよぶ調達ラウンドで合計1億1300万ドル(139億円)もの資金を集めたり、もう資金調達合戦の様相を呈している。

Lyndaは大人向けの動画ナレッジ習得コンテンツとして事業をスタートしているが「学習コンテンツのデリバリープラットホーム」と見れば、Quipperも同じだ。入り口は違っていても、どこも最終的には似てくる。そういう見方をすると、現在パワーゲームをやってるサービス含めて、EdTech系スタートアップで最終的に残れるところはいくつもない、というのが渡辺氏の見立てだ。東南アジアや中南米で手応えをつかんだいま、一気に面を取るためのブーストをリクルートと一緒にやる。それがQuipper買収の背景だという。

Quipperに似たプラットホームとしては、Amazonが買収したTenMarksや、Edmodoなどがある。教育系NPOのカーンアカデミーは宿題系のサービスもやっている。ただ、まだ北米のEdTechスタートアップは「アメリカに集中している段階」(渡辺氏)だ。メッセンジャーのLINEやWhatsApp、WeChatのように大きな地域ごとの群雄割拠となるのか、それともYouTubeのように支配的なプラットフォーマーが登場するのか分からないが、走りだすタイミングとしては今しかないのだろう。

「個人的な意見ですが、いいところまで来たベンチャーが、一気にビジョンを実現するためにリクルートのような大手と一緒にやるという選択肢はもっとあっていいと思います。スタートアップ企業として本当に単体として突き抜ければ別ですが、IPOとか、そういうゴールじゃなくて。リクルートとは、学習プラットフォームを作って世界中に教育をデリバーしたいというビジョンのレベルで完全に一致していて、非常に楽しみですし、使命感を感じています。」

オンライン教育のカギは人間関係と出口への結び付き

「いまはもともと自分がやりたかった理想型に近づいています。やりたかったことは、知恵のマーケットプレイスを作ることです。勉強したいものとか、すべきものが1箇所にあって、国境や貧富の差を超えてアクセスできるものです。テクノロジーやソーシャルを活用した効率的なプラットフォームを作っていきたいんです」

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Quipper創業者でCEOの渡辺雅之氏

「最近カーンアカデミーも学校に入っていっていますが、結局、学習には伴走者が必要なんです。同じ目標を持った仲間や見守ってくれる人が必要ということが分かってきています。一人で砂漠で孤独に学習というのは絶対できません。人間関係のプレッシャーで学習を進めるのは1つの回答と思っています。学校では先生が強制力をもっていますし、友だちに負けたくないというのもあります」

Quipperではゲーム的にグループバトルをやったり、クラスでランキングを出す、誰が何%の正解かといったものも、すでに取り入れているそうだ。問題に答えていくと壁紙が変えられるゲーミフィケーションのようなものもある。

「数学と物理の壁が必要なのかとか、社会科の内容は本当に暗記すべきなのかとか考えると、今後は学習の概念も崩れていくと思うんです。コンテンツは学年やジャンルの壁を越えて行くでしょう」

学習の継続が難しいという課題については、人間関係のほかにも「出口」を結びつけるのが有効ではないかと渡辺氏はいう。

「一部の国でコーディング教育が始まっていますが、今後教育は職業教育とも密接に結び付いて行くでしょう。Quipper上での日々の学習が単純な点数アップや学力じゃない結果につながるようになる。就職につながる。大学奨学金につながるとか。どこよりも面白くて素晴らしい教育コンテンツとサービスを作るのは大前提ですが、人間やっぱり怠惰なので、学習の面白さや必然性を高めるために人間関係を活用したり、明確な出口への結び付きがカギと思っています」

ところで4年半に及ぶスタートアップの立ち上げでの苦労について聞くと、渡辺氏は「そもそも英語が大変でした」と苦笑い。「開発もマーケも世界中でやっているので労務面でも苦労しました。アジアの人とヨーロッパの人で共通するものと、国ごとに違っていいことを決めるとか。でもまあ、苦労といえば、最初の3年間なかなかサービスが立ち上がらなかったことですよね。今思い返せば、それが一番大変でした。ずっと面白くはあったけど。それに比べたら労務のこととか、そういうのはギャグみたいなものかもしれませんね」

「世界の果てまで、最高の学びを届けよう」というリクルートの学習サービスのビジョンと、「Distributors of Wisdom」というQuipperの社是って、実は全く同じなんですよね。この世界観の実現に向けて一緒に邁進していくのが今から楽しみだし、やり甲斐と責任を感じています」

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。