分散チームがオフィス内駆引きのルールを書き換える

【編集部注】著者のJohn Chenはデジタルメディアならびにインターネットマーケティングのコンサルタントであり、現在はDiggy Internetのクリエイティブディレクター兼アカウントマネージャーである。

私たちが理想的な自宅をデザインしようとしているときには、ドアも壁もない大部屋に何千人もの仲間がひしめいている状況を想定したりはしない。しかし、私たちが1日の大部分を過ごす現代の職場に対して、企業のオフィス設計者たちは、壁を取り除きより多くの人びとを同じ物理空間に集めることが、従来の階層的なオフィス内駆引き(office politics)の摩擦を取り除きつつ、より良い協業を育むのだと主張している。

しかしそもそも全くオフィスがない場合にどうなるのだろう?

これは、Basecamp創業者兼CEOであるJason Friedと、Automattic (WordPressの開発元)の創設者兼CEOMatt Mullenwegの両氏にとって、現実そのものだ。彼らのチームは6つの大陸と多くのタイムゾーンで100%分散したチームを運営している。FriedとMullenwegは、Zapier、Github、Bufferなどを含む、少なくとも十数社がその例に倣う(ならう)影響を受けた動きの始祖たちだ。どちらも自身で本を書いていたり、そのトピックについて触れられた本が出版されたりしている。

だが、こうしたリモートチームを雇う方法、解雇するする方法、調整する方法、動機づけする方法、および維持する方法に関するすべての議論の中に、奇妙なまでに欠けているのは、オフィスが全くないときにはオフィス内の駆引きがどのように変化するかという点に関することだ。その点を明らかにしようと、私はこれらの企業に訪れ経験を尋ねた:リモートワークはオフィス内権力闘争を、促進したのか、緩和したのか、あるいは変化させたのか?スタートアップたちはオフィス内駆引きと戦うためにどのような戦術を使っているのか、そしていずれのものが効果的なのか?

「ちょっと頭を冷やさないか?」

オフィス内駆引きは、簡単な例で最もよく説明される。目標、メトリクス、タイムラインを持つプロジェクトがあるとしよう。次にそれをどのように実施するのか、誰がそれに対して作業を行うのか、そして誰の業績となるのか、という決定を誰が行うのかという課題が生じる。これを決定するプロセスは、ややこしい人間的作業だ。私たちは皆、これらの決定が価値ベースで、データ駆動で、客観的であると信じたいと思っているが、現実はまるで異なっている。膨大な研究が示すように、それらは認識、経験、特権という人間の偏見を伴ってやってくる。

オフィス内駆引きとは、目標を達成したり意思決定に影響を及ぼすことを狙って、そうした偏見と認識を形作るための、内部的に行われる駆け引きとポジショニングだ。インセンティブが一致すれば、これらの目標は会社と同じ方向を向くことになる。もしそうならなければ、機能不全に陥る。

おそらく、これはあまりにもダーウィン的であるように響くと思うが、人間が意思決定を行う組織の一員である際には、自然で避けることのできない結果なのだ。あなたには仕事があり、協働作業者たちのマネジメントがあり、そしてあなたの仕事に対する上司の認識がある。

従業員ハンドブックには、オフィス内駆引きをどのように扱えば良いかを教えてくれるセクションはない。これらは、文書化されていない暗黙的で非公式の規則なのだ。こうした規則の中には、上司のスタイルに合わせようと、着るものを変えることも含むかもしれない(もし疑うならFacebookで、何人がナイキ・フリーを持っているかを尋ねてみると良いだろう)。あるいは、毎週ハッピーアワー(金曜の夕方などに行われるオフィスで行われる軽食パーティ)に行く時間をとるのは、自分がそうしたいからではなく、出世するためには、そうする必要があると言われたからだ。

職場の文化に関する私の好きなエピソードの1つが、Sarah Cooperの「ミーティングでデキる奴に見せる10のヒント 」だ。

  • 皆に「ちょっと頭を冷やさないか」と呼びかけ「私たちが本当に解きたい問題とは何だろうか?」と尋ねる。
  • うなずきながらノートを取っているように見せる
  • 「大事な電話」に出るために席を外す
  • 席から立ち上がって、ホワイトボード上にベン図を描く

Sarah CooperのThe Cooper Reviewより

認識を形成したり影響を与えたりするために、物理的な職場で使用されるこれらの合図や信号は、リモートワークプレイスには通用しない。このことは、オフィスがないというレンズを通すことによって、オフィス内駆引きがどのように異なるものになるのかを研究するための、貴重なチャンスを提供する。

利害のない友人たち

従業員たちにとって、同僚は家族のようなものであるという比喩は、ある意味において真実だ。彼らは私たちが決して選んだわけではないルームメイトなのだ。一緒に働くことを学ぶことは十分難しいことだが、物理的なオフィス環境ではそれに加えて、一緒に生活するという課題も学ばなければならない。これとは対照的にリモートワークプレイスでは、AutomatticのMullenwegが信じているように、同じ場所を共有することによって生じる「共存の煩わしさ」を軽減し、隣人が「大きな声で電話する、神経にさわる音楽を聞く、あるいは臭いのキツイ食べ物を食べる」ということを気にするのではなく、従業員たちにお互いにどのように働くのが最適かという点に集中させることができる。

さらにリモートワークプレイスは、仕事そのものとは関係のない暗黙の期待や規範の暴力から私たちを解放してくれる。投資銀行では、誰もが知っているように、アナリストたちはマネージングディレクターが来る前に出社し、帰ったあとに退社している。これは一所懸命に働いていることをアピールするためだ。

BasecampのFriedは、それを「在席刑務所」(presence prison)と呼んでいる。そこでは物理的そして仮想的を問わず、同僚たちがどこにいるのかを、そして何をしているのかを常時気にかける必要性があるのだ。そして彼はそうした風潮に反旗を翻した。彼はBasecampの製品から(在席/非在席を示す)緑色のドットを取り除くことさえしている。「一般的なルールとして、Basecampの誰もが、他の誰がいつどこにいるのか本当に知ることはありません。彼らは働いているの?さあね。彼らは休憩しているの?さあね。彼らはランチに行ってるの?しらないね。彼らは子供を学校に迎えに行っているのかな?さあね。どうでもいいことだよ」。

このやり方には信頼できる基盤がある。ハーバードビジネススクールによる、工場労働者に対する調査によれば、労働者たちの生産性は、管理者が見守っていなかったときに10%から15%向上したのだ。この生産性向上は、管理職の監視のもと予め決められたやり方に従わされた対照群と比較すると、管理者に報告する前に、様々なアプローチを実験するための裁量の自由を労働者に与えたことが、有利に働いていたのだ。

リモートワークプレイスでも同様の現象が起こるが、これは偶然の一致だ。リモートワークプレイスでは「一所懸命働いている」かどうかは物理的には観察できないため、それは社内で説明、文書化、測定、そして共有される必要がある。文化的規範は、偶然に任されたり、恐怖や圧力によって左右されることなく、各個人に(その仕事がどのように「見られるか」ではなく)仕事自体に焦点を当てた自律性を与えるべきなのだ。

最後に、物理的な職場は有意義な友情とコミュニティの源になることができるが、ウォートンビジネススクールによる最近の研究は、職場の友情の背後にある複雑性を解きほぐし始めている。それは義務、相互主義、献身からの緊張に満ちたものになる可能性があるのだ。競合が発生した場合は、会社にとって最良のものと、その人やグループとの関係に最適なものの間で、選択を行う必要がある。例えば、あなたは親友であるSallyの、元カレだった同僚のBobを社内で助けることはしない、何故ならそのとき彼は嫌な奴だったからである。あるいはJimがやることならなんでも喜んで手助けしたい、なぜなら彼はあなたの子供のサッカーチームのコーチであり、今回の昇進を請け合ってくれているからだ。

リモートワークプレイスでは、地域を共有していないので、子供同士が同じ学校に行くことはなく、どの同僚を夕食に招待すれば良いかを気にする必要はない。あなたの物理的な個人的コミュニティと職場のコミュニティは重複していない。つまり、あなた(とあなたの会社)は、無意識のうちに有害な職場関係の危険性の多くを避けているのだ。

その一方で、これらと同じ関係が、従業員の関わりや全体の幸福にとって重要なものになり得る。このことは、Buffer2018年版リモートワーク状況レポートでも示されている。この調査は世界中の1900人のリモートワーカーを対象に行われたものだ。そこでは、コラボレーションとコミュニケーションの問題に並んで、孤独がリモートワーカーにとって最も大きな悩みであることが示されている。

Bufferによるグラフ(リモートワーク状況2018)

ということで、自宅オフィスでは、自分を自分の上司のように感じることができ、オフィス内駆引きを避けることができるものの、究極的には、孤独であることの方がズボンを穿いて仕事に行くことよりも難しいことなのかもしれない。

リモートワークプレイスの利点と欠点

物理的なオフィスでは働き手同士がお互いに衝突する可能性がある。(写真クレジットUpperCut/Getty Images)

組織にとって、遠隔チームと物理チームの最大の違いは、組織の文化、規範、および習慣の、永続性と可搬性を確立するための「ライティング」(書かれたもの)への依存度の高さだ。文章は会話とは違う。何故ならそれは簡潔さ、熟慮、そして構造を強いるからだ。そしてこれが駆引きがリモートチームに対してどのように作用するかに影響する。

書くことは、ミーティングの力学を変える。毎週金曜日にZapierの社員は、(1)今週私がやると宣言したこととその結果、(2)発生したその他の問題、(3)来週私が行うことを、社内掲示板に書き込む。全員が会議の最初の10分間は、全員の更新情報を黙って読んで過ごす。

リモートチームがこのようなやり方を採用するのは必要に迫られてのことだが、テーブルを囲む全員から「話を聞き」、声の大きな者あるいは年長者に会議を支配させることがないという補助的な利点も得られるこのやり方を、物理的な職場を持つ企業も採用することができる(実際ZapierのCEOのWade Fosterはこのやり方をAmazonから借用したのだ)。しかし行動を変えるためには規律とリーダーシップが必要とされる。特にこれまで慣れ親しんで来たように、ただ参加するだけのことがとても楽な場合には。

ライティングは情報共有と透明性の政治を変える。Basecampには、大人数を集める全体会議やタウンホール会議は存在しない。すべての更新、決定、およびその後の議論は、随時全社に公表される。多くの企業にとって、これはかなり大胆なやり方だ。なにしろこれは、消すことのできない遠い過去に下した疑問の多い決定に対して、全ての友人たちから反応が返ってくるFacebookのウォールのようなものだからだ。しかし、この優れている点は、今や豊かで恒久的な組織の知識を支える、文字で書かれた決定と議論が存在し、社内の誰でもそれにアクセスできるということだ。主要な決定を文書として残すことは、情報へのアクセスを駆引きとは無縁なものにする。

リモートワークプレイスに課題がないと言うわけではない。コミュニケーションは書くことを介して非同期に行うことができるが、リーダーシップはそうはできない。駆引きを伴わない文化(あるいはどのような文化でも)を維持するためには、何が言われているかだけでなく、何が行われ、どのように行われているのかを、繰り返しリアルタイムでフィードバックする必要がある。リーダーたちは、どのように発言し、行動し、意思決定を行うかを、実例として示しながら先導するのだ。これはリモート状況では、遥かに困難な課題だ。

WordPressのあるデザイナーは、リモートチームを先導する際の対人的な課題について指摘している。「私が指示やフィードバック、デザインについての批判的な指摘を行うときに、いつでもチームメンバーの表情を見ながら行うことができるわけではありません。彼らがどのように感じているかは分からないのです。ある人が気分の悪い日や気分の悪い週を過ごしているかどうかを事前に知ることは、とても困難なことです」。

ZapierのFosterもまた、対人力学におけるこうした困難を良く認識している。実際彼は、リモートチームをどのように運営するべきかについての200ページにわたるマニフェストを書いている。そこでは丸々1つのセクションを費やして、初めてお互いに会う方法についてチームメイトに教えている。例えば「私たちは常に新しい状況における脅威を探すことを求められているので…電話やビデオ通話は15分以内に終わらせるよう努力して下さい」あるいは「相手の話を遮らずに聞きましょう、また自分自身の話を共有しましょう」。そして「簡潔でオープンエンドの質問をしましょう」といったことだ。新しい友人を作ることに関して、小学校の頃のやり方を思い出したい人たちにとって、Wade Fosterはリモートワーカーたちにとってのデール・カーネギーと言えるだろう。。

オフィスへ行くべきか、それともオフィスに行かざるべきか

Basecamp、Automattic、そしてZapierのような企業から学べることは、よりお互いに接近することがオフィス内駆引きへの緩和剤ではなく、もちろん健康で生産的な文化に対する迅速な解決でもないということだ。

健全な文化を維持するには、熟慮されたプロセスと計画が必要である。リモートチームは、物理的なワークスペースを通じて共有された豊かなコンテキストを想定することができないため、これらのプロセスのデザインと維持をするために、より熱心に努力する必要がある。

その結果より健康的で、より政治的ではない文化のための、沢山の新しいアイデアが生まれる。それは人びとを集めるとき、そして人びとに(在席刑務所を終わらせて)自分自身の時間を与えるとき、あるいは話すとき、そして読んだり書いたりするとき(会議の民主化)に、より深く考える文化だ。リモートチームたちはバグを機能に昇華させることに、多大な成功を収めてきたようだ。いまだにオフィスの壁や扉を取り去ることを検討している企業たちにとって、オフィスレスが生み出したものに注意を向けるべきときが来たようだ。

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(翻訳:sako)

写真クレジット: sekulicn / Getty Images

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TechCrunch Japan

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