初版から10年、その間何が起こったか?書評「垂直農場」10周年記念版

最初のメールを出してから初回のZoomチャットまで、ほぼ2時間が経過している。まさに日曜日である。ジムの後にシャワーを浴びたり、野球帽をかぶったりするのはやめておこう。いつ好機が再び訪れるかわからない。

20年以上にわたり世界中で垂直農法の利点を提唱してきたDickson Despommier(ディクソン・デポミエ)博士は、今でも筆者と同じように、このテーマについて熱心に語っているようだ。2020年末に「The Vertical Farm(垂直農場)」の10周年記念版が発売されたことも少なからず影響しているだろう。ほとんど不可逆的に記念日にこだわっているように見える文化の中にあって、この本のオケージョンは、主にその間の10年間に起こったあらゆる出来事を反映して得られたものだと感じられる。

「現時点では垂直農場の事例は存在しないが」とデポミエ氏は初版に記している。「私たちは進める方法を心得ている。複数階建ての建物に水耕栽培と空中栽培の農法を適用して、世界初の垂直農場を作ることが可能である」。

「The Vertical Farm:Feeding the World in the 21st Century by Dr. Dickson Despommier(邦訳:垂直農場―明日の都市・環境・食料 / ディクソン・デポミエ著)」、Picador、2020年、368ページ(画像クレジット:Picador)

この本の最新版では「And Then What Happened?(それから何が起こったのか)」というタイトルの第10章の形式をとったコーダ(音楽用語で終結部をさす)が提供されている。その問いの答えは、筆者自身も垂直栽培の世界との関わりの中で見出していることだが、1つの章で扱えそうにないと思われるほど長く、さらにいえば、テクノロジー系ウェブサイト上の短い書評で対処できるものでもない。

「この本が最初に出版された2010年当時、垂直農場は存在していなかった」とデポミエ氏は新しい章の冒頭に記し、始まりは米国とアジアにおける緩やかな細流であったと説明する。「この記事を書いている時点では、非常に多くの垂直農場が見られるようになっており、実際にどれほどの数になるか正確なところはわからない」。

続く垂直農場のリストは4ページ半にも及ぶが、あまり網羅的ではない。日本については同国最大の垂直農法企業Spread(スプレッド)だけを掲載するなどスペースの面で多少の譲歩を示し、日本には少なくとも200の垂直農場があると説明している。一方、米国のリストでは、TechCrunch読者にはおなじみのAeroFarms(エアロファームズ)とBowery Farming(バワリー・ファーミング)から始まっている。

網羅的なリストがなくても、気候変動の危機的状況に対処する潜在的な方法として垂直農法の概念を採用する国や企業の数の多さは、多くの人にとって、適切な時期の適切なアイデアであることの驚くべき証となるだろう。作物を密に植え込み垂直方向に積み重ねて都市環境で栽培するという概念を、万能の解決策だと考える人は(もしいるにしても)少ないだろうが、そのパズルの重要なピースになるかもしれないという考えには十分なモメンタムがある。

2021年に「垂直農場」という本を手にした人の多くにとっては、人間が作り出した気候変動という点に説得力はさほど必要ないと思う。しかしデポミエ氏は、自身の提唱の中の懸念、特に人口増加や過剰農業への危惧に関連する精微な論及を、今も精力的に行っている。食肉生産を明確に(そしてしかるべき価値があると筆者は考えている)ターゲットとすること以上に、一般的な食品生産のインパクトに関して、おそらく依然として認識を高めていく必要があるのだろう。

これらの大きな課題が、垂直農法の概念を造成する触媒的な要素となった。この考え方の現代的な定義が生まれたのは、コロンビア大学でデポミエ氏が率いた1999年の授業での思考実験からである。類似したタイトルの書 「Vertical Farming(垂直農法)」が1915年に出版されているが、それは突き詰めると、私たちが理解しているこの用語の意味とほとんど一致しない(米国の地質学者 Gilbert Ellis Bailey[ギルバート・エリス・ベイリー]氏が執筆したこの本はオンラインで無料で入手可能。爆発物を使った農業についてのおもしろいアイデアなどが掲載されていて、1時間を楽しくつぶすことができる)。

デポミエ氏はアイビーリーグの名誉教授(現在81歳)というステータスにあるが、その著書「垂直農場」は非常にわかりやすい言葉で書かれている。この本は、同氏のクラスの初期の思考実験の続きとなるような、ブループリントやハウツーガイドには至っていない。これもまた、最初の出版時には主要な垂直農場がなかったという事実を考えれば理解できる。この本の本質は、著者のユートピア的理想主義の観念に通じるものがある。

Bowery FarmingのCEOであるIrving Fain(アービング・フェイン)氏は、2014年の会社立ち上げを前にデポミエ氏に会っているが、最近の筆者との会話の中で、その所感の一端をうまくまとめて語ってくれた。

どの業界でも、ある時点でノーススター(=北極星、正しい方向を知るための目印のような存在)が必要になると思います。私が思うに、ディクソン(・デポミエ氏)はこの産業界の並外れたノーススターであり、いくつかの点で、屋内農業に対する人々の意識が高まる以前からその役割を果たしていました。彼が思い描くことはすべて実現するでしょうか?必ずしもそうはならないかもしれませんが、それは実際のところ、ノーススターのゴールではないのです。

これは「垂直農場」のような本にアプローチする正しい方法だと思う。デポミエ氏は気候変動、過剰人口、過剰農業の脅威に関しては確かに現実主義者だが、その解決策を論じるときには理想主義者だ。ある意味、そうした実存的な課題に直面したときに多くの人が(理解できると思うが)はるかに暗い何かに傾きがちな時代に、新鮮な息吹を吹き込んでいるのである。

この力学の最も強力な例示となるのは、屋内で植物を育てる上で太陽からの直接のエネルギーの代わりとして必要になる、エネルギーとコストに関する重要な問いである。この本の新しい章では、その答えとして、透過性の高い太陽光発電窓、雨水集水、炭素隔離などのグリーンな解決策を示している。農場のオンライン化が進めば、そのような解決策が正味プラスであるかを判断する複雑な計算を割り出す機会が増えてくるであろう。よりスケールの大きい、より優れたテクノロジーが、私たちを目指すべきところへと近づけてくれることを願ってやまない。

一方、筆者はスタートアップについて記事にする中で、グリーンテクノロジーにおける利他的なモチベーションについて、シニカルとは言わないまでも少なからず懐疑的になった。私の中の現実主義者は、少なくとも米国では、資本主義的な推進力の制約をまず取り除く必要があると固く信じている。企業は、垂直農場が積極的に収益を生み出せることをしっかり検証する必要がある。そうすることで、希望的観測ではあるが、この考慮すべき事柄の持続可能性の面で真の進歩を見ることができるのではないか。

BoweryのCEOの言葉を借りれば、ノーススターとして、この仕事は非常に効果的である。10年前に農業革命的なデポミエ氏と「垂直農場」が触媒的な作用を果たしたことの他に、その例証を語る必要はないだろう。

「The Vertical Farm:Feeding the World in the 21st Century by Dr. Dickson Despommier(邦訳:垂直農場―明日の都市・環境・食料 / ディクソン・デポミエ著)」、Picador、2020年、368ページ

画像クレジット:JohnnyGreig / Getty Images

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(文:Brian Heater、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

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