利用規約を作ることはサービスを作ること

この寄稿はAZX総合法律事務所の弁護士、雨宮美季氏によるものだ。雨宮氏は共著で本日発売の『良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方』を上梓している。この本は昨年3月に開催された「利用規約ナイト」がきっかけとなり、エンジニアや経営者のために「この1冊を読めば、利用規約について検討すべきことがひと通りわかる」というガイドブックを作りたいと考えて書かれたものだ。

新しくサービスをローンチしようとするとき、「利用規約」を準備しなければならないということは、随分知られてきた。これは、facebookやInstagramなどで利用規約の改定を行おうとする際にユーザーから猛反発を受け、内容変更を余儀なくされるニュースが相次いだため、利用規約に対するユーザーの関心が高まり、これをサービス運営者側も無視できなくなったことも背景にある。実際、弁護士である私のところにも、利用規約のたたき台を準備したうえで、連絡をしてくるスタートアップは多い。

しかしながら、これらを「なぜ作らなければならないのか」「どうやって作ればよいのか」「いつのタイミングで依頼すればよいのか」については、まだまだ知られていない。

また、応対する弁護士の方でも、サービス内容を把握したうえで、法的構成を整理し、適法性を検討できる能力を要求される。「分かりにくい法律用語で一方的に会社に有利な内容を作る」という時代はとうに終わり、ユーザーフレンドリーな分かりやすい内容にしなければtwitter等で炎上の可能性もあり、何よりサービスのファンが根付かない。

こうなってくると何が正解かは教科書に書いてあるものではなくなり、利用規約に関する情報が驚くほど少ないことに気がつく。そこで、今回は、「利用規約の作り方」の最初の1歩として、利用規約を「なぜ作らなければならないのか」「どうやって作ればよいのか」「いつのタイミングで依頼すればよいのか」をお伝えしたい。


「利用規約」はなぜ必要なのか?

「利用規約」はなぜ必要なのか。これらはサービスの運営を円滑に行うために必要なのだ。クレーム対応の際の話し合いの土俵を作っておき、サービス運営者として最低限のディフェンスをするために重要な意味を持つ。また、利用規約とあわせて作られる「プライバシーポリシー」については個人情報保護法、「特定商取引法に基づく表示」は特定商取引法というそれぞれの法律に基づく要請を実現するという機能も持つ。例えば、「通信販売にはクーリングオフ制度はない」のだが、返品の取扱い(返品を禁止する旨の表示でもよい)について法律に従って明確に規定していないと返品を認めなければならないという規制はあるため、適切に表示しておかないと重大なビジネスリスクをもたらすことになる。さらに、「プライバシーポリシー」については、今や「個人情報」に限定されず、プライバシーに関わる情報にも配慮した対応が求められている。

どうやって作ればよいのか? 

利用規約などを作成する際、他社の類似サービスのものを比較検討するのは非常に勉強になる。たとえば、禁止事項を確認することで、どのようなクレームが起こりがちなのかが分かり、免責事項を確認することで、特に回避すべきリスクが分かる。また、「なぜこれが規定されているのだろう」と理由がわからない条項があったら、その理由を弁護士などに相談するといい。法律上の理由が隠されている場合も多いからだ。たとえば、CtoCのオークションサイトをやろうとしたときに、他社の「出品禁止ガイドライン」を参考にしようとすると、「動物」「お酒」「薬」などが規定されていることに気づくだろうが、これらは法律の規制に配慮してのものなのだ。日本に類似するサービスがない場合は、海外の先行するサービスの利用規約も十分参考になる(但し、法規制の違いや商習慣の違いには注意する必要がある)。

もっとも、他社の利用規約をそのままマネしただけでは道義的に批判をあびる可能性はもちろん、サービス自体の競争優位性も確保できない場合が多いだろう。そこで、自由な使用を前提に公開されているひな型をベースに、他社の類似サービスの禁止事項や免責事項などを参考にカスタマイズしていく形で作成するのも一案である。基本的な条項については、どこも大きな違いはなく、「カスタマイズ」が必要な部分にこそ、サービスの特徴が出るのである。

いつのタイミングで相談すればよいのか?

遅くとも(クローズドの)βサービスローンチ前には、「利用規約」の内容の相談に来てほしい。実際、サービス内容を聞いてみると、法的構成が整理されていなかったり、適法性のリスクが把握されていなかったりするケースが少なくないからだ。法的構成が違えば、売上計上の仕方、法的責任、未収の場合のリスク、適用される法的規制も異なる。また、ひとくちに「適法性のリスク」といっても、届出制など厳しくないものもあり、理屈の立て方で抵触しない構成も可能である場合もある。だからこそ、サービスページを最終的に作り込む前に相談に来てほしい。例えば、電気通信事業法に基づく届出や有料職業紹介はベンチャーにとってもハードルは高くはなく、該当可能性についても官公庁のガイドラインが出ており、分かりやすい 。

「もちはもち屋」であり、関連する法律を全て知っている必要などなく、構えずに相談に来ていただき、サービスのありのままの現状と、将来のビジョンを出来る限り教えて欲しいのだ。

私が過去に経験した例でも、早い段階で相談に来てもらえたために、料金のもらい方でリスクをヘッジすることができたり、競合との差別化を明確に打ち出せたりした例もある。また、利用規約を作っていくうちに、特にクレームが起こりやすいことがみえてきて、これを利用規約のみならず、ユーザー登録画面にも明確に書いておくことで高い信頼を得ることができた例も多い。利用規約の作成は、UIや画面遷移にも大きく影響するのだ。

「利用規約を作ることはサービスを作ることなんですね」

最近クライアントに言われてうれしかった言葉。これをみなさんにも実感してほしい。


投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。