十分な治療を受けられていない精神病患者に対してテクノロジーができること

Close-up of people communicating while sitting in circle and gesturing

【編集部注】執筆者のAdam Seabrookは、B Capital Groupの投資家。

あなたの周りの誰かも、たった今精神疾患で苦しんでいる。気づいていないかもしれないが、これは事実だ。

実際に成人の5人に1人が精神を患っている。

社会的な慣習によって、私たちは精神疾患は恥ずかしいものと認識していることから、精神を病んでいる人のほとんどはその事実を隠し、治療を受けることなく過ごしてしまっている。さらに、精神病患者は危険で何もできず、回復の見込みもほとんどないと思われてしまっていることが多い。

私は社会全体が段々と精神疾患を受け入れていると主張したいが、その逆を示す例がポップカルチャーには散見する。最新曲「Two Birds, One Stone」の中でDrakeは、仲間のラッパーであるKid Cudiが憂鬱感や自殺願望から苦しんでいることを認めた上で治療を受けようとする姿を批判している。Tony Soprano(HBOのTVシリーズの主人公)でさえ、人々の尊敬を集める迫力あるキャラクターとは裏腹に、家族や友人から精神科のアポイントメントを隠さなければならなかった。その他にもたくさんの例があるが、恐らくもう現状はおわかりだろう。

社会が作り上げた悪いイメージに加え、これまでに築かれてきた医療制度の下では、コストや人員の制約を理由に治療を受けられていない精神病患者がいる上、ガンや心臓病といった代表的な疾患の治療が優先されてしまっている。今こそ、鬱や不安神経症、双極性障害、統合失調症といった精神疾患は、身体疾患と同じくらい深刻で、患者を衰弱させる病気なのだと認識し、患者のもとへ治療が行き渡っていない状況を変えていかなければならない。

精神病患者の50%が選択肢もなく置き去りにされている

精神疾患の現状を俯瞰するため、まずアメリカに住む成人の18.5%が何らかの精神疾患を持っていると認識してほしい。これは心臓病(11.5%)とガン(8.5%)という、アメリカ人の死因のトップ2を占める病気の患者数を足し合わせたものと同じくらいの数だ。もしも心臓病やガンの患者に何の治療法も準備されていないとしたら、どのくらい社会が混乱するだろうか。そんな状況に精神病患者は直面しているのだ。彼らの半分以上が治療どころか診断さえ受けておらず、その経済的な損失は約2000億ドルに達すると考えれれているほか、もっと重要なこととして、毎年3万7000人が自らの命を断っている。また、実際に精神疾患の治療法をみつけることができた残り半分の患者に対しても、年間2000億ドルが投じられている。問題の規模は極めて大きく、これまでの取り組みは全てにおいて失敗してきた。

  • 治療を求める人が非難されてしまう
  • 全ての疾患を効率的に診断できるようなツールがない
  • 医療従事者は全精神病患者の需要の半分以下しか満たせていない
  • 多くの人が治療を断念するほど高額な費用がかかる

治療受けられない人がいるという事実に関して最も悩ましいのは、精神疾患に対する治療には効果があるということだ。治療を受けた人の最大90%が、症状の軽減を感じている。治療に効果があるとすれば、それを患者のもとへうまく届けることが重要になってくる。医療系テック企業がソリューションをみつけるために、業界を引っ張っていくときが来たと私たちB Capitalは信じている。

今こそイノベーションと状況の改善が求められている

これまでの精神疾患に関する失敗が報われるかのように、この分野では今ディスラプションが起きようとしている。アメリカの市場規模も大きいが、他国でも状況は似通っており、全世界の精神疾患に苦しみ治療を受けられていない人の割合はアメリカの数字と近いものがある。つまり何億人もの人が治療や昔ながらの処置(対面でのセラピー)を受けられないでいるのだ。また、旧来の手段では実現性・効率性の観点から、患者全員の需要を満たせるほどスケールすることは不可能なため、その代わりとなる手段が必要とされている。

精神疾患は身体疾患と同じくらい深刻で、患者を衰弱させる病気なのだと認識しなければならない。

そして、テクノロジーがそのソリューションの重要な要素になり、実現に必要なテクノロジーの多くは既に存在すると私たちは考えている。遠隔医療は治療を受けづらい地域に住む人へ従来の治療法を提供する上で有効なツールだ。デジタルセラピーは、従来の方法よりも安く良い結果を得られるという評判に反し、長らく成果をあげることができていなかったが、最近は自主学習用のテキストや宿題、オンラインセラピストによる質疑応答やガイダンスから構成され、インターネットを介して提供される認知行動療法(iCBT)のような処置が、社会不安障害や鬱、PTSDなど幅広い疾患の治療に役立つとわかっている。

新たな分析ツールを使って山のようなデータを解析することで、これまで医師も気づかなかった兆候や症状を見つけることにも成功している。デジタル医療は、患者の診断や治療の方法を大きく変える力を持っており、コストも大幅に軽減できる。私たち以外にも、デジタル医療の可能性に気付いた投資家は存在し、過去18ヶ月には同分野への投資が相次いでいる。

会社名 最新ラウンド クローズ日 調達額
Talkspace シリーズB 2016年6月 1500万ドル
Quartet シリーズB 2016年4月 4000万ドル
Lantern シリーズA 2016年2月 1700万ドル
Ieso Digital Health シリーズA 2015年12月 400万ドル
Joyable シリーズA 2015年11月 800万ドル
Lyra Health シリーズA 2015年10月 3500万ドル
AbleTo シリーズC 2015年6月 1200万ドル

11月8日の大統領選以前は、規制面でもデジタル医療に対して明らかな追い風が吹いていた。例えば医療保険制度改革(ACA)には、精神疾患の治療が健康保険の必須項目として含まれていた。次期大統領のトランプは、大統領としての最初の仕事はオバマケアの撤回だと当初は強固な姿勢を示していたが、その後彼のスタンスは軟化し、ACAの一部は変更無く続けるとまで話していた(詳細はGavin Teoの最近の記事を参照してほしい)。規制環境に関わらず、私たちは低コストの治療によって既存の医療ネットワークが広がることで、大きな結果が生まれると考えている。

高品質な治療へのアクセスが鍵

精神疾患市場の仕組みは複雑でソリューションを求める人の数も多い。医療従事者は、従来の治療環境にいるかいないかに関わらず、より良い診断ツールを必要としている。保険会社には、対面でのセラピーと同じ効果を持っていると臨床によって実証されたプロダクトが欠かせない。大衆には、精神治療を求める人に対する悪いイメージを払拭もしくは回避できるような方法が必要だ。そして治療費は大幅に削減されなければいけない。一方で市場は需要で溢れかえっており、イノベーションが必要な環境は整っている。それではこの市場で成功をおさめるには何が必要なのだろうか?一言で言えば、高品質な治療を受けやすい環境をつくることだ。

いいニュースとして、既に精神医療の状況が改善しているという明らかな兆候が見られている。Northwestern Universityの研究者たちは、鬱の兆候を読み取るために、ユーザーの動きや携帯電話の使用状況をトラックするPurple Robotというアプリの開発に成功した。SilverCloud Healthは、従来の対面でのセラピーと同じくらいの治療効果とエンゲージメントレートを達成している。Ieso Digital Healthは、患者がリアルタイムでセラピストと半匿名でメッセージをやりとりできる仕組みをつくり、悪いイメージの払拭に取り組んでいる。JoyableやLantern、SilverCloudはオンラインのツールやコンテンツを使った一対多数の治療モデルを確立し、既存の精神医療従事者のキャパシティを拡大すると共に医療費の削減に貢献している。

このような動きが増えれば、精神医療の品質が向上し、新しいサービスを利用する患者、医療機関、消費者の数が増えていくうちに、治療を受けていない精神病患者の数も大幅に減っていくことが期待できる。

原文へ

(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。