国境の壁の必要性を全否定するシンプルな調査結果

[著者:Ken Miller]
Omidyar Networkの技術パートナー。以前はPaypalとIntuitの役員、Squareの顧問を務めた。

目的のためには手段を選ばない人がいるが、それがまったく正当化されないときもある。しかしこの珍妙な世界、つまり今のアメリカの政治的状況下では、手段が目的化してしまうことがある。

この現象の立役者は、あの悪名高き国境の壁だ。トランプ大統領は壁が必要だと強調している。もちろん、民主党は必要ないと言っている。

ここで問われるべきは、国境の壁の最終目的はいったいどこにあるのか? ということだ。その壁は、どのような問題を解決することになっていて、実際にその効果はあるのか? 不法移民に関するトランプ大統領の攻撃的な発言や選挙キャンペーンで繰り返されるスローガンを聞けば、アメリカに流れ込んできた悪質な不法移民、つまりトランプ大統領が呼ぶところの「Bad Hombres」(訳注:悪いやつらといいう意味だが、悪質なメキシコ人を暗示している)によって増大している犯罪や麻薬の問題に対処するために壁を建てなければならない、というのが回答のようだ。

アメリカへの不法侵入は大変に深刻な問題で、行政サービスをストップするに値する危機なのだと私たちは大統領から聞かされてきた。そのおかげで、アメリカの80万世帯がこのチキンレースの政治的なコマに使われている。しかし、アメリカの国境突破を目論む犯罪予備軍による前代未聞の攻撃など、本当にあるのだろうか?

先日、メキシコとの国境に接するテキサス州リオグランデを旅していたとき、大統領は、国境警備隊による逮捕者が、「歴史上経験のない」ほど多くなっていると述べていた。幸いなことに、私たちに付き添ってくれた国境警備隊員は、偶然にも行政サービスの停止による給料未払いの被害者だったのだ、大統領が言っていることはまったく事実と違うと話していた。

米国土安全保障省の実際の逮捕記録を見れば、大統領がいかにいい加減な発言をしているかがわかる。それどころか不法入国による逮捕者数は、ピークに達した2000年の167万人から76パーセントも激減しているのだ。実際、ここ数年の逮捕者は、この50年間で類見ないほど大幅に減っている。

国境警備隊の年間逮捕者数(1970〜2018) グラフの赤いところ:これなら危機と言えるかも。

逮捕者数が激減して1970年のレベルにまで低下した陰には、次のような改革があった。(1)国境警備隊の職員を90年代の6000〜7000人態勢から1万9000人を超える規模に増やした。(2)モバイルまたは固定型の監視技術(レーダー、ドローン、センサー、モバイルおよび固定型カメラ、暗視ゴーグルなど)を導入した「バーチャルフェンス」に資金を投じた。隊員たちはこれで「潮目が変わった」と話している。(3)Scure Fence Act(安全フェンス法)に基づくターゲットを絞った柵の建設。これらの投資は(メキシコの経済が改善されたこともあるが)、狙いどおりの効果をもたらしたと言える。カオス状態だったピーク時から、劇的に逮捕者数を減らせたのだから。

国境警備隊の年間逮捕者数(1970〜2018) 黒い折れ線グラフは国境警備隊の職員の数を示したもの。矢印の時期に国境監視システムの導入、特定箇所の柵の建設が実施されている。

だが、逮捕者が減ったということは、それだけ不法移民が国境をすり抜けたことだとは解釈できないだろうか? 逮捕者が減ったことが、すなわち不法移民の「侵入」が減ったことを意味するのはなぜか? まあそれは、直感と、米税関国境警備局(CBP)が我々にそう言ったからなのだが。CBPのウェブサイト(国土安全保障省の一部)にはこう書かれている。「感覚的に納得がいかないかも知れませが、逮捕者数の増加は、入国を阻止する物理的または認識可能な障害物がほとんどないアメリカの国境が、制御不能の状態になっていることを意味します。逮捕者数が多いことは、アメリカでの違法行為の抑止力が低下していることと見なされます」

国境警備隊員1人あたりの年間逮捕者数を調べると、さらに確証を深めることができる。もし、職員の数を2倍や3倍に増やしても、1990年代から2000年代の初めにかけての比率を圧倒するようであれば、本当の国家的危機と言えるだろう。ところが、1993年の国境警備隊員1人あたりの年間逮捕者数は313人だったのに対して、2017年には隊員1人あたりの逮捕者数は16人にまで落ち込んでいる。95パーセントもの減少なのだが、一旦立ち止まってそこに目をやったり、これまでに行われた投資との関係に着目する人は少ないようだ。

国境警備隊員1人あたりの逮捕者数

逮捕者数のデータが不法入国活動を測る合理的な指標となり、ここ数年間の不法入国活動は大幅に減っていると言えるなら、すでにアメリカ国内に居住している不法滞在者の増加が抑えられることも期待できる。ピュー研究所の最新のデータ(一般にこの件に関してもっとも信頼性が高いとされている)は、まさにそれを裏付けている。それは、アメリカに滞在する不法移民の数は2007年にピークに達したこと、そしてそこから減少に転じ、122万人から107万人に減っていることを示唆している。上の逮捕者数のグラフと見比べると納得できる。

アメリカに不法滞在する移民の数は、この10年間で減少している。

しかし、不法移民が大幅に減り、アメリカの不法滞在者の総数も減少してはいるが、国境の壁の最終目的は、大統領が私たちに再三警告するように、危機的なまでに犯罪率を高める大量の殺人者やレイプ魔や麻薬密売人が国境からなだれ込んで来るのを阻止することにある。しかしその根拠もまた、事実ではない。アメリカに住むヘロインやその他の合成麻薬の乱用者の多くが、メキシコ出身であることは事実だが、大統領の管轄下にある司法省も、2018年に発表した164ページにのぼる報告書で、合法的な通関手続地(つまり合法的な移民による持ち込み)以外で摘発された麻薬の割合はわずかであり、大部分は合法的な通関手続地から個人所有の車両やトラックによって持ち込まれていることを認めている。通常は、合法的な荷物に紛れ込ませてアメリカ国内に持ち込まれている。

同時に2018年、ケイトー研究所(民主党的な考え方を擁護しないことで知られる)も、テキサス州の移民の状況について調査している。その結果、不法移民が逮捕され有罪が確定した割合は、アメリカ出身者の場合よりも明白に低いことがわかった。下の表は、不法移民による犯罪(殺人、性犯罪、窃盗を含む)の有罪確定の割合を示したものだが、アメリカ出身の有罪確定者の割合よりも5割ほど低い(それぞれの人口に対する比率)。

テキサス州における不法移民の犯罪有罪確定率
各部分母集団の10万人あたり(2015年)
左から、アメリカ出身者、不法移民、全移民、合法移民
出典:テキサス州公安局、米国勢調査、移民研究センターのデータから著者が分析。

有罪確定数ではなく逮捕者数に着目しても、同等の結果が得られる。同じ犯罪での不法移民の逮捕者総数は、アメリカ出身者の総数よりも4割少ない。

各部分母集団の10万人あたり(2015年)
左から全逮捕者数、殺人による逮捕者、性犯罪による逮捕者、窃盗による逮捕者
上からアメリカ出身者、不法移民、全移民、合法移民
出典:テキサス州公安局、米国勢調査、移民研究センターのデータから著者が分析。

ネットで話が拡散する今の世の中では、大勢の保守派の人たちが、何かと言えば「All lives matter」(訳注:Black Lives Matter、黒人の命を尊重せよという運動に対抗してトランプ支持者が訴える「すべての命が大切だ」とのスローガン)と主張するが、この社会に暮らす、実際には驚くほど安全と思われる住民を重大犯罪者であるかのように言い立てる根拠に乏しい説に固執するあまり、その主張が脇に追いやられているのは皮肉なことだ。

数十年前、たしかに国境は危機的状態にあった。不法移民が国境からなだれ込み、国境警備隊は必死に対処しようとしたがその数に圧倒されてしまった。しかし、その後は減少を続け、1970年代前半のレベルにまで落とすことができた。これは、行政機関が問題にうまく対処できた稀有な例だろう。

さて、政府が言う最終目的が、たとえば、不法移民の数をできる限りゼロに近づけることであり、そうしなければ国は不必要な経済的負担を強いられ、合法的に入国しようとする人たちを不公平に使うことになると主張するならば、選挙キャンペーンでのスローガンよりも、よっぽど説得力のある票集めの宣伝になる。だが、ホワイトハウスからそんな話は聞こえてこない。おそらくそれは、炎上を誘発する一言サイズの選挙スローガンにしにくいからだろう。「国境警備隊による年間逮捕者数を16から0に減らすために壁を作ろう!」では内容が難しすぎる。まったく浅薄さがない。

もし、不法入国が危機的状態でないのなら、またアメリカに暮らす不法滞在者の数が減少傾向にあり、とても安全な人々なのだとすると、壁を作る目的は、単に選挙公約を守るためだけなのか? どうも、答えはイエスのようだ。

結果として、18年以上前に実際にあった国境警備上の危機から180度方向転換すべきだと私たちが訴える今の状況を、押し付けられたままでいる。「壁を作る」必要性を売り歩く行商はまだ続く。しかし、壁の建設は、明確な目的のための合理的な方法であるとはまったく思えない。むしろ、それ自体が目的化されてしまっている。これはその行商人を、無知と不誠実に挟まれた細い尾根の上を、落ちないように永遠に歩かせることになる。

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(翻訳:金井哲夫)

投稿者:

TechCrunch Japan

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