大正12年創刊の「文藝春秋」が初のデジタル定期購読版をnote上でスタート

“大正12年”と聞くと、もしかしたらいつのことだかすぐにはピンとこない人もいるかもしれないけれど、1923年の創刊から100年近くに渡り日本を代表する雑誌の1つとして存在感を放ってきた文藝春秋。その同誌が初となるデジタル定期購読サービス「文藝春秋digital」を11月7日よりスタートした。

内容は月額900円で最新号のコンテンツや過去記事のアーカイブ、そしてデジタル版オリジナルのコンテンツが読み放題というもの。今回は自社でゼロからサイトを構築するのではなく、コンテンツプラットフォーム「note」を活用して展開している点も面白いポイントで、noteユーザーとのコラボレーションなどにも取り組みながら新しい読者層の開拓を目指していくという。

100年近く続く総合月刊誌をオンライン上でより多くの読者に

「私は頼まれて物を云うことに飽いた。自分で考へてゐることを、読者や編集者に気兼ねなしに、自由な心持で云つて見たい」

これは初代編集長の菊池寛が文藝春秋の創刊号に綴った言葉だ。今から約100年前にクリエイター発の雑誌としてスタートした同誌はプロの作家が誌面上で自由に作品を発表し、人気を得たものは単行本としても創刊するスタイルを確立。内容はもちろん、ビジネスモデルにおいても多くの出版社に影響を与えてきた。

100年近くの歴史がある文藝春秋。購入したことがある人はもちろん、本屋などで見かけたことがあるという人は多いだろう

実際に雑誌を手に取ったことがある人はイメージもわくと思うが、1つの特徴は総合月刊誌として幅広いトピックを扱っていること。たとえば11月号には政治や経済の話はもちろん、エンタメ関連の対談コンテンツもあれば、LINEの金融事業に関するインタビューのようにテック関連の記事も掲載されている。

2015年7月から文藝春秋編集部で月刊誌に携わり、現在はデジタル版のプロジェクトマネージャーを務める村井弦氏によると現在の発行部数は約40万部弱(2019年1〜3月の平均)。比較的高い年代の読者が多く、50〜60代以上が全体の76%ほどを占めるそうだ。

一方で少し意外だったのだけど、作り手となる編集部には20〜30代のメンバーも多いそう。編集長やデスクはベテランだが、村井氏自身は31歳。現場のメンバーには村井氏の同期やさらに若いメンバーもいる。

「自分たちが面白いと思ったものを発信していくスタンス」だからこそ、編集部のメンバーと同世代の読者も含めてより広い年齢層にもっとアプローチしたいという考えもあるようで、それも今回本格的にデジタル版をスタートする背景にもあるようだ。

文藝春秋digitalをnote上で展開する理由

もっとも、文藝春秋がこれまで全くオンライン上の取り組みを実施していなかったわけではない。たとえば2017年にスタートしたニュースメディア「文春オンライン」には、文藝春秋の誌面で扱っているコンテンツの一部をオンライン用に編集して掲載していたりもする。

ただニュースサイトという特性上、いわゆる“文春砲”と呼ばれるようなトピックを筆頭に比較的コンパクトでPVが取れるものが好まれる傾向にあり、難しさも感じていたそうだ。

「自分たちの記事はある程度じっくり読まれることに主眼を置いて作っていることもあり、ニュースサイトのモデルに合わせて記事を最適化しネット展開していくことにはどうしても限界があると感じていた」(村井氏)

文春オンラインだけでなくKindle版の発行なども手がけてはいるが、こちらは基本的に雑誌を電子書籍に置き換えたシンプルなもので、構成やレイアウトもデジタル用に作り変えているわけではない。

今回デジタル版を作るにあたっては「雑誌コンテンツを軸に、インターネット上でもできるだけ同じような体験を提供したい」というテーマの下、以下の3つのポイントを重視したという。

  • 記事の読みやすさ
  • 使いやすさ(誰でもサクサク使える)
  • シンプルなデザイン

実は当初はゼロからサイトを立ち上げることも視野に入れて、自分たちが目指す世界観を一緒に実現してくれるデザイナーを探していたそう。そこで名前が挙がったのがUI/UXデザイナーとして様々なプロジェクトを手がけ、note(ピースオブケイク)のCXOも務める深津貴之氏だった。

村井氏たちのデジタル版のイメージはPVを重視したニュースサイトではなく、コンテンツ課金を軸にしたサブスク型のメディア。深津氏にその話をしてみたところ、ゼロからそのシステムを構築するのはハードルが高く「まずはプラットフォームとして完成しているものを活用して、実際にどれくらい売れるのかを検証したほうが良いのでは」というアドバイスと共に、noteを含む複数サービスを教えてもらったという。

自身で調べたり、詳しい人に聞いても自前でメディアを構築するとなると1億円ほどの予算が必要になることも想定されたため、まずは他のプラットフォーム上で展開することを決断。実際に触ってみる中で上述した3つのポイントに合致していたnoteを最終的に選んだ。

月額900円で読み放題、noteユーザーとのコラボ企画も

本日からスタートする文藝春秋digitalは雑誌のコンテンツをデジタル版に最適化したもの(写真を増やしたり、見出しを変えたりなど)がメインで、そこにオリジナルのコンテンツが加わる形だ。

900円で最新号だけでなく過去のアーカイブ記事も含めて読み放題。スタート時には直近の3号分が読める。また気になるコンテンツを単体で購入することもできるほか、14人の執筆者によるエッセイを始め、無料コンテンツも配信する。

冒頭でも触れた通りnoteユーザーとのコラボ企画も進めていく方針で、投稿企画を通じて集まった作品の中から良いものについては文藝春秋の誌面に掲載することも予定しているようだ。

「従来のデジタル化は紙からデジタルへの一方通行が多かったが、その逆をやれたら面白いのではないか。ウェブっぽさとこれまで通りの編集部の強みを融合させて、ゆくゆくは読者からの『こんな調査報道を読んでみたい』といった要望を踏まえた、作り手と読者が一体になったコンテンツや企画などにも取り組んでいきたい」

「またデジタルの時代だからこそ、その一方で紙の本の付加価値が高まっていくと考えている。中長期的にはnote上で始まった連載が最終的には本にまとめられて出版される流れ、ウェブ連載のアウトプット先として本がありそれが人々の手に届くという流れも作っていきたい」(村井氏)

ネットに接続されることで新たな書き手が生まれる

今回文藝春秋digitalとタッグを組むことになったnoteにとっても、この取り組みは非常に大きな意味を持つだろう。

以前からピースオブケイク代表取締役CEOの加藤貞顕氏は「クリエイターにとっての出口を増やすことで、創作活動を継続できるようなサポートをしていきたい」という旨のをしていた。9月には月間アクティブユーザー数が2000万人を超えるなど勢いの増しているnoteだが、文藝春秋のようなプレイヤーが本格的に参画してくるとクリエイターの活躍の場も広がり、読者ユーザーにとっても質の高いコンテンツが増えることにも繋がる。

加藤氏によると出版社や本の著者などとの企画、もしくはcakesで一部のコンテンツを掲載することなどは今までもあったものの、今回のようにデジタル版をnote上で本格展開という事例は初めてとのこと。

もともと個人と法人とを明確に区別することなく、自分たちのメッセージを届けたいという人たちのクリエイティブ活動を支援したいという思いがあるため「出版社に使ってもらうというのはやりたかったことそのもの」だという。

「これまで文藝春秋のようなオーセンティックなメディアのコンテンツはあまりインターネット上に出てこなかった。noteを通じてそのようなメディアのコンテンツがネット上に生まれることで、noteはもちろん、ネット自体がもっと面白い場所になり、読者も増える。そんな取り組みを一緒に実現していきたい」

「note上のクリエイターとのコラボについても楽しみにしている。そもそも多くの雑誌はいろいろなクリエイターのコンテンツを集めて掲載する形で始まっていて、100年前の文藝春秋もまさにそう。その意味では(アグリゲーションメディアなどのように)ネット的な要素があり、それがネットに接続されることによって新しい書き手が増えるきっかけにもなればいいと考えている」(加藤氏)

「みんなの文藝春秋」では読者参加型の投稿企画などを行っていく計画。自分の投稿が誌面に掲載されるチャンスもある

そもそもネットメディアの場合は紙の雑誌と比べて中身が見えやすく、単体のコンテンツにも注目が集まりやすいという特性がある。だからこそこれまでは文藝春秋を手に取る機会がなかった読者が、1本の記事をきっかけに文藝春秋に興味を持つようになるといったことが起こりえるかもしれない。

これは完全に僕個人の話だけれど、なんとなく文藝春秋に対しては「堅い」「難しそう」という先入観があって、存在自体は子どもの時から知っていたものの購入してじっくり読んだことはなかった。実際に中身を見てみると「(失礼な話だけど)意外と読みやすい」と感じたし、自分が興味を持てるコンテンツもあったので、気になるコンテンツを見つけやすいデジタル版のアプローチはアリだと思った。

noteユーザーとのコラボも含め、デジタル版を創刊することで文藝春秋にどのような変化が訪れていくのか、今後の動向に注目だ。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。