山登りアプリ「YAMAP」が保険提供開始、今後目指すは「軌跡のあるトリップ・アドバイザー」

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この間、アウトドア派の友人に誘われて初めて山登りらしい山登りをやってみたら、いくつ意外な発見があった。2000メートルを超える雲取山という山に1泊2日で行ったのだけど、フルマラソンを3時間台で走るほど体力に自信がある男よりも、ふだんピーピー言ってる8歳女児たちのほうが急坂でも崖でも涼しい顔でヒョコヒョコと駆け上っていけるのだ、というのは楽しい発見だった。筋力と体重のバランスで小学生は有利らしい。

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それから、山道には想像以上に険しいところがあるのも発見だった。足元を見ていないと簡単に転ぶし、転ぶ場所と転び方によっては怪我や滑落死も結構あり得ることなんだというのは、登山初心者のぼくには、ちょっと背筋の寒くなる気付きだった。さらに言うと、山頂の山小屋には、急増する遭難事故を伝える新聞の切り抜きがたくさん貼りだされていて、山登り・アウトドアのためのアプリ「YAMAP」が解決しようとしている「道迷い」が頻発していることを、ぼくは現場でリアルに理解したのだった。

TechCrunch Tokyo 2013のスタートアップバトルのファイナリストでもあるセフリが提供する「YAMAP」は、電波の届かないオフライン状態でも使えるGPS地図と、それに紐づくアウトドア愛好者のオンラインコミュニティーだ。

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ぼくは当然YAMAPをインストールして山登りに行ったのだけど、その効果は絶大だった。スマホのバッテリー切れや故障のリスクがあることから、紙の地図は変わらず必須だが、都市部で紙の地図を誰も使わなくなったのと同じ理由で、YAMAPがあれば紙の地図を見る理由はない。いま自分たちがどこにいて、どちらの道を進むべきなのか。どの進路だと斜度や所要時間はどの程度になるのか。休憩所まで今のペースだと何分かかるか、水場やトイレはあるか。この3時間で高低差はどのくらい登ったのか。そうしたことが、初心者でも一発で分かる。むしろ、登山に慣れているはずのリーダーが紙の地図を使うのよりも、ぼくのほうが正確に位置や距離感を把握していたのだった。まあ、宇宙からハイテク測位をしているのだから当然ではある。

単独登山者が増えて、遭難事故も急増

さて、そのYAMAPを提供するセフリだが、今日新たにネットから申し込める「YAMAPアウトドア保険」をリリースした。1カ月500円という短期間限定でも加入できるのが特徴で、遭難救助や怪我、死亡補償などを提供する。

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警察庁の「平成26年中における山岳遭難の概況」というデータによれば、2014年の遭難者数は2794人だ。このうち死者・行方不明は311人にのぼる。この発生件数と遭難者は統計が残っている昭和36年以降で最も高くなっていて、過去10年で遭難者数は6割以上も増えている。セフリ創業者の春山慶彦氏によれば、山岳遭難事故急増の背景には、単独登山者の増加があるそう。

「10年前にぼくが登山を始めた頃は、日本の登山といえば、社会人の山岳団体や大学のワンダーフォーゲル部に所属して、みんなで登るのが一般的でした。そこで技術や楽しみ方、天気の読み方、地図の読み方を教えてもらっていました。例えばぼくが穂高に1人で行きたいと言っても、まだお前はやめておけと言われるような、そういう情報共有ができていたんです。ところが、いまYAMAPのユーザーアンケートを取ると、山岳部に属する人は1割もいませんでした。ちょっと高尾山や丹沢に登ったという人が、2回目の登山にいきなりアルプスのような実力以上の登山に行ってしまっているんです」

いまは、若い女性がカラフルなテントを担いで1人で山に入るというようなこともあるが、これは10年前には考えられなかったことだそうだ。先ほどの警察庁の報告書によれば、単独登山者の遭難事故発生率は2人以上の登山グループの3倍以上となっている。

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遭難者の捜索費用は、これまで現地の自治体が負担してきた。しかし現在 遭難者急増を受けて自己負担とする条例を制定する動きが、長野県や富山県、岐阜県などで出てきているのだとか。春山氏は、「長野県だと遭難する人の7割は東京からの登山者です。これまでは観光客だからと(費用を)相殺する考えでしたが、なぜ地元の自分たちが支払わなければいけないのか、という思いがあるようです」という。

捜索コストは安くて30万円。ヘリを飛ばすと300万円程度となるそうで、今回のYAMAPアウトドア保険では、捜索費用は300万円まで補償する。これまでにも登山愛好者のための共済や山岳関連の保険はあったが、長期加入や加入者の職業やアクティビティの種類制限などの条件があり、分かりづらかったのだそう。セフリでは今回、外部保険会社と提携して生命保険をベースにした商品を開発することで、YAMAPユーザーであるアウトドア愛好者に合ったものを作ったのだという。保険販売の収益は手数料をのぞいた額を保険会社と折半する。500円の保険だと、80円が手数料で残り420円の半分の210円がセフリの収益となるイメージだそうだ。

点ではなく軌跡で地図情報を

YAMAPは2013年3月にローンチして、現在インストール数はiOSとAndroidを合わせて13万7000ほど。提供している地図は630点で、1地図あたり数地域をカバーすることから4000以上の山や地域を網羅しているという。

YAMAPは地図上に実際に歩いた軌跡を表示したり、写真や感想を投稿するオンラインコミュニティサービスも提供している。その会員数は現在10万人で、活動記録は11万7000件、投稿された写真は82万枚となっている。2014年5月に3740件だった活動記録の投稿数は、2015年5月には1万6750件と、前年比で約4.5倍に増えているというから、ニッチ領域ながらも順調にアクティブなコミュニティに成長しているようだ。YAMAPユーザーの8割は登山利用で、残りの2割は渓流釣りやスキー・スノボ・バックカントリー、自転車、パラグライダーなど。アプリには自分のアウトドア用品を登録する欄があり、これと連動するアウトドア用品の比較評価アプリをまもなくリリースする予定という7月上旬にiOS向けでリリース済みだ。

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YAMAPの利用は増えているが、登山人口自体は縮小傾向にあって、これが逆転することは考えづらい。2013年に860万人とされた登山人口は、2014年に760万人となった。「山に触れている人の約4割が60代以上の団塊の世代。山ブームを経験している人で、だんだんこの人たちが減る」(春山氏)。

ただ、春山氏自身は登山というより自然に触れる機会を増やしたいのだと強調する。

「若い人たちに山に触れる機会を増やしたい。自然に触れる人が減っているので、スマホでもネットでも、使えるものを何でも使って自然に触れる人を増やしたい。高い山に登るというよりも、身近に自然を感じてほしい。そういうことをしていなかった人に発見をしてもらいたい」

こうした思いから、YAMAPが今後進む方向性は、自然体験に軸足を置いて、観光地図にまで利用を広げていくというものだという。

「もともと観光地図は事業計画にあったもの。ただ、観光地図をいきなりやるのはリスクが高いので、ニッチな登山に特化してコミュニティーを作りました。今後は地図を観光に広げていくことで大きくしていきます」

YAMAPを使うと分かるけど、他のユーザーが公開している登山ルートやその感想、写真は、これからそこに行く人にはすごく参考になる。他のユーザーの軌跡データを自分の地図にプロットすることはすでにできるが、これは観光で威力を発揮するのではないかという。

「ハワイでの誰かの活動記録があったら、その軌跡データーをダウンロードする。すると、その翌週にハワイ旅行に行くと、たとえ旅行中にオフラインになっていても地図が見れて、参考にした人の情報が見れる。トリップ・アドバイザーのような旅行情報サービスは<点>の紹介だけです。きちんと線で紹介するための軌跡を押さえていません。YAMAPは軌跡のあるトリップ・アドバイザーを目指すという言い方をしています」

「京都には世界中から観光客が来ていますが、寺社仏閣を楽しんでるだけですよね。本当は北山のような自然も豊かなのに、これまで観光に自然が組み込まれてなかったんじゃないかと思います。自然体験も入れれば、1週間とか、1カ月とか、それくらの長期滞在に耐えられるポテンシャルは日本各地にある。京都なら北山の散策ルートのように。そういう観光形態を実現することで、地域に貢献できるのではないかと思っています」

インバウンド観光の需要には注目していて、英語版を来月中にもリリース。中国語、韓国語、スペイン語も来春までには提供予定という。アウトドア保険についても約款を翻訳すれば、観光客向け保険ともなるという。

「運営側や地域が宣伝するよりも、実際に体験したユーザーが情報を発信したほうがいい。実際の記録が何十種類もあるほうが、その地域の良さが分かるのではないかと思います。自然のもの、文化的なもの、その両方です」

セフリはこれまでサムライインキュベートや日本政策金融公庫からのシード資金で開発・運営してきたが、現在8月末をめどとしたシリーズAの資金調達に向けて準備中という。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。