悪夢のようなビデオ会議の日程調整を評価額約3165億円のスタートアップCalendlyに変えた方法

現在のテック業界でよく話題になるテーマの1つは、ロックダウン、オフィスの閉鎖、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による制約を乗り越えて働き続けるためのサービスが増加していることだ。クラウドサービス、コミュニケーション、生産性アプリを活用する「未来の働き方」が「現在の働き方」になった。そしてこれに役立つ方法を突き止めた企業各社が今、急成長している。

2021年1月末、このトレンドの波に乗って成長してきたあるスタートアップに関するニュースが届いた。会議の設定や予約ができる人気のクラウドベースのサービスを提供するCalendly(カレンドリー)が、OpenView Venture Partners(オープンビュー・ベンチャー・パートナーズ)とIconiq(アイコニック)から3億5000万ドル(約369億円)を調達した、というニュースだ。

この資金調達ラウンドには、プライマリー投資とセカンダリー投資の両方が含まれており(筆者の理解によると、前者よりも後者の方がわずかに多い)、アトランタを拠点とする同社の評価額は30億ドル(約3165億円)を超えた。

創業者兼CEOのTope Awotona(トペ・アウォトナ)氏の蓄えを含め、これまでにわずか55万ドル(約5800万円)しか調達してこなかった企業のスタートとしては悪くない評価額だ。

CalendlyはフリーミアムのSaaS(サービスとしてのソフトウェア)であり、基本的には非常にシンプルな機能を中心に構築されている。

Calendlyは、ユーザーのカレンダーの空き時間を簡単に管理できるプラットフォームだ。他の人は、ユーザーの空き時間を確認した上でそのユーザーとの会議を予約でき、その予定をGoogleやMicrosoft Outlookのカレンダーと連携させることも可能だ。また、会議がビジネス目的の会合ではなく、たとえばヨガクラスのようなものである場合のために、サービスの代金を支払う機能など、便利なツールも次々に追加されている。料金は無料のBasic(1カレンダー、1ユーザー、1イベント)から、より多くのカレンダー、イベント、統合、機能を利用できる月額8ドル(約840円)のPremium、月額12ドル(約1250円)のProがあり、さらに多くの機能が利用できる大企業向けのパッケージも用意されている。

Calendlyはこれまで、非常に有機的な戦略を軸にして成長してきた。つまりCalendlyの招待状はCalendly自体へのリンクであるため、Calendlyを使ってみて気に入ったら、利用を開始できるようになっている。

使用事例の幅広さとその成長戦略が評判を呼び、Calendlyは成功を収めてきた。同社はすでに何年も前から黒字化しているが、最近、特にここ1年で私たちの生活様式が変化したために、新しいCalendlyユーザーが生まれ、その需要が急増している。

毎週開催される従来の「ビジネス会議」は減っているかもしれないが、設定される会議の数は増えている。

以前は、オフィスや近所のコーヒーショップ、公園で偶然に思いがけなく誰かと会うことができた。そのような出会いもすべて、今ではスケジュールしなければ実現できない。リモートレッスンの場合も、講師と学生が参加するにはオンラインミーティングへの招待状が必要だ。

さらに、セラピストとの面談やオンラインのディナーパーティー、(まだ可能な場合は)対面会議の場合も、ソーシャルディスタンシングと接触者追跡を適切に行えるように、時間を厳密に定め、記録を管理することが多くなっている。

現在、毎月約1000万人のユーザーがCalendlyを利用しており、その数は2020年、1180%増を記録した。同社によると、Twilio(トゥイリオ)、Zoom(ズーム)、UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)などの企業・組織に属する多数のビジネスユーザーに加えて教師、請負業者、起業家、フリーランサーがCalendlyを利用しているという。

Calendlyは2020年、SaaSベースのビジネスモデルのサブスクリプション収益で年間約7000万ドル(約73億9000万円)を稼ぎ出し、収益合計は近いうちに10億ドル(約1055億円)に達すると確信しているようだ。

そのため、セカンダリー投資による資金は既存の投資家や初期の従業員に流動性資産を与えるために使われるが、プライマリー投資による資本は同社の事業拡大に投資するために使う予定だと、アウォトナ氏は述べている。

この拡大計画には、より多くのツールと統合機能を備えたプラットフォームの構築が含まれている(同社はウクライナのキエフで研究開発を始め、現在も研究開発のかなりの部分をキエフで行っている)。人材の強化(現在約200人の従業員を倍増させる予定)、事業開発の推進などによって事業を拡大していく見とおしだ。

この点について2つの重要な動きが今回の資金調達で発表された。Jeff Diana(ジェフ・ダイアナ)氏が、同社の従業員数を2倍にするという任務を負って、CPO(最高人材活用責任者)に就任する。また以前はQuip(クイップ)とNew Relic(ニュー・レリック)に在籍していたPatrick Moran(パトリック・モラン)氏がCalendlyの初代CRO(最高収益責任者)に就任する。注目すべきは、両者ともアトランタではなくサンフランシスコを拠点としていることだ。

サンフランシスコを拠点として重視すること自体が、Calendlyにとってすでに大きな変化である。創業8年目を迎えるこのスタートアップはこれまで何年も、あまり注目されることがなかった。

これには、今までにほとんど資金調達してこなかったということも関係している。これまでに調達したのは、OpenView(オープンビュー)、Atlanta Ventures(アトランタ・ベンチャーズ)、IncWell(インクウェル)、Greenspring Associates(グリーンスプリング・アソシエイツ)を含む少数の投資家から、わずか55万ドル(約5800万円)ほどだ。

Calendlyはアトランタも拠点としている。アトランタはテック系スタートアップやその他の企業からの注目が高まっている都市ではあるが、テクノロジー業界ではその重要性が十分に高く評価されないことが多い。ちなみに、SalesLoft(セールスロフト)、Amex(アメックス)に買収されたKabbage(カバッジ)、OneTrust(ワントラスト)、Bakkt(バックト)など多くの企業がアトランタを拠点としており、Mailchimp(メールチンプ)などの企業もアトランタからそれほど遠くない場所に拠点を置いている。

そして、それ以上に、積極的に世間の注目を集めることは、Calendlyの成長戦略に含まれていなかったのだろう。

実際、Calendlyが資金調達して静かなる巨人になったことが2020年の秋に短くツイートされなければ、Calendlyはこの大型ラウンドを人知れずクローズして、事業を続けていたかもしれない。

ツイートには「Calendlyの資本効率と@TopeAwotonaが築いてきたものは、Calendlyが今回得る称賛よりも、はるかに多くの称賛に値する。おそらく今回の資金調達が、Calendlyに対する認識を変えるきっかけになるだろう」と書かれていた。

ツイッターでの短報の後(TechCrunchの社内掲示板に掲載された後)、筆者はアウォトナ氏のメールアドレスを推測し、自己紹介の短いメッセージを送って返事を待った。

そしてついに、簡単な会話をしても良いという短い返信をもらった。そのメールには会議を設定する時間帯を選ぶ(当然ながら)Calendlyのリンクが添付されていた。

(誰かはわからないが、何年も前にトペ氏が最初に売り込みをかけてきたときに、Calendlyのことを記事にしなかったTechCrunchライターに感謝する。そのおかげで、アウォトナ氏は今回、筆者に返信したいという気持ちになったのかもしれない)。

筆者がZoomで初めてアウォトナ氏と話したとき、彼はとても警戒しているようだった。

何年にもわたってほとんど、あるいはまったく注目されずにいた彼に、筆者はいきなり連絡しているのだ。そして他の人たちも、突然彼や彼の会社に興味を持ったようだ。

「人生の悩みの種になっています」と、彼はこれまでに受けた電話について笑いながら話してくれた。

筆者は頭のどこかで、彼が悩むのはバランスよく人々に対応するのが難しく気を散らされるからではないかと考えているが、もう一方では彼は一生懸命働いており、これまでいつも一生懸命働いてきたので、なぜ今回の騒ぎが発生しているのかを理解できないからではないかとも思っている。

こうした電話の多くは、投資することを希望する人たちからのものだ。

「あらゆるかたちや規模の支援者が、途方もなく高い関心をCalendlyに寄せていた」とオープンビューのパートナーであるBlake Bartlett(ブレイク・バートレット)氏がインタビューで答えてくれた。

筆者が理解するところでは、いくつもの戦略的テック企業や多くの金融投資家がCalendlyに関心を持っていたが、最終的にオープンビューとアイコニックの2社に絞り込まれた、ということのようだ。

ナイジェリアのラゴスからレジの修理へ

資金調達の話はしばらく脇に置き、Calendlyとアウォトナ氏の驚くべき経歴、移民とスタートアップが持つ不屈の精神のすばらしさがよくわかる話をしよう。

アウォトナ氏はナイジェリアのラゴスで、中流階級の大家族に生まれた。母親はナイジェリア中央銀行の主任薬剤師として働いており、父親はUnilever(ユニリーバ)に勤務していた。

家族は金銭的には不自由しなかったようだが、経済格差と犯罪がはびこるラゴスで育ったため、多くの悲劇を経験した。彼が12歳のとき、父親と一緒にカージャックに遭い、目の前で父親を殺害された。そのしばらく後に家族は米国に移住し、その後母親も他界した。

聡明な学生だったアウォトナ氏は15歳で高校を卒業し、ビジネスについて学ぶことを通して、初めてビジネスの世界を経験した。ジョージア大学で経営情報システムを専攻し、大学卒業後はIBMやEMCなどでの仕事で経営情報システムに携わった。

アウォトナ氏は、いつも起業家精神を持っていたようだ。ただ、最初のうちは何かを始めるための準備ができていなかったのだろう。

彼いわく、18歳で「ビジネス界に最初に足を踏み入れた」そうだ。その当時、彼はレジの新しい機能を考案し、特許を取ろうとしていた。支払いにどの紙幣と硬貨が使われているかを光学式文字認識を使って認識し、顧客がつり銭として必要とする適切な金額を支払うというものだった。

当時、勉強しながら薬局で働いていた彼は、レジのつり銭の計算が頻繁に間違っているのを目にし、その問題を解決したいと考えたのだ。

彼は、当時のレジメーカー大手であるNCRにいきなり連絡して、自分のアイデアを伝えた。NCRは非常に興味を持ち、当時本社があったオハイオに彼を呼び、会社に直接アイデアを売り込むことを提案した。おそらくその過程で、特許の売却も提案されただろう。しかしそこで彼は凍りついてしまった。

「心底びっくりしました」と彼は語る。事態があまりにも急激に進展したこと圧倒されてしまったのだという。彼はその提案を断り、最終的には特許出願を失効させた(コンピューターによる画像認識を使用したスキャンシステムや自動支払機は、当然ながら現在では現金用セルフ精算システムの基本になっている)。

他にも起業家的な試みはいくつかあったが、特に成功したものはなかった。ビジネスそのものを検討してもらうには、「人に話すだけ」という退屈な仕事をしなければならなかったため、ときとして非常にストレスが溜まった。

最終的にアウォトナ氏の目に留まり始めたのが、その退屈な仕事だった。

彼は「カレンダーサービス」という言葉は使わず、「スケジュール管理プロダクト」という言葉を使って、次のように続けた。「私がスケジュール管理プロダクトを開発するきっかけとなったのは、私個人のニーズでした。当時私はビジネスを始めるつもりはありませんでした。会議のスケジュールを立てようとしただけだったのですが、そのためにはあまりにも多くのメールを送らなければならず、非常にイライラしていたのです」 。

「私は、利用できそうな既成のスケジュール管理プロダクトを探すことにしました。しかしそのときに私が直面していた問題は、10~20人との会議を手配することでした。空き時間を簡単に共有し、全員に都合の良い時間を簡単に見つける方法を探していたのです」と彼は語った。

しかし、希望どおりに機能するものは見つからなかった。市販されていたのは、初めからサブスクリプションの申し込みが必要なものや(ちなみにCalendlyはフリーミアム)、美容院のような特定の業種向けに作られている製品だった。しかしこの体験すべてが、最終的に「その問題を解決することに大きな商機が存在する」という気づきにつながったという。

スタートアップの起業は、一部はキエフのエンジニアによって行われた。実は、このことにはウクライナの政治情勢が関係している(その話についてはこちらで読むことができる)。

いずれにしても、チャンスが訪れたときに、思い切って踏み出す準備ができていなかった初期の頃を乗り越えたことは明らかなようだ。

スケジュール管理のアイデアを具体的にどのようなかたちにするかについて、アウォトナ氏は、Dropboxのような新しいクラウドベースのサービスを高く評価し、「Dropbox型のアプローチ」、つまりさまざまな種類のユーザーや用途に応じて導入や適合が可能なアプローチを使ってCalendlyを構築することに決めたと語る。

前面にはシンプルさを、後方には戦略を

同社の製品が前面に打ち出しているのはシンプルさだ。つまり基本的には両者が会議に出席できる時間を見つけるための製品である。アウォトナ氏によると、後方ではスケジュール管理支援機能が提供されており、それが次に開発する機能への鍵になるということだ。

たとえば現在は、会議の準備に役立つツール、具体的には、Calendlyでスケジュールされているイベントに関する支払いと登録手続きができる機能などがあるが、将来的には、会議をフォローアップするためのツールや、個人やグループの定期的なイベントの計画を支援する機能が増える可能性は十分にある。

Calendlyが手を出したがらないと思われる分野の1つが、会議そのもの、つまり会議やビデオ会議の主催である。

「Zoomと第三次世界大戦を始めたくはないですからね」とアウォトナ氏はジョークを飛ばした(Zoomはビデオ会議を動詞化したものだが、Calendlyの顧客でもある)。

「当社は、オーケストレーションプラットフォームのリーダーだという意識を持っています。つまり拡張性と柔軟性を持っていたいのです。ユーザーのみなさまには、自分が持つ一流の製品と組み合わせて使っていただきたいと思っています。当社は特定の製品やサービスに依存することはありません」とアウォトナ氏は語る。

しかし、プラットフォームの能力に立ち戻ることを常とするテクノロジーの世界においてCalendlyのような立ち位置を保つには課題がともなう。

「Calendlyは、会議のライフサイクルにおいて、ますます中心的な役割を果たしていきたい、というビジョンを持っています。会議の前後、そして会議中にはさまざまな機能が必要とされます。これまで、会議前のプロセスは明瞭でしたが、今では統合機能や自動化などが検討され、何もかもが魔法のように実現しています。しかし会議中や会議の後に必要な機能については、多くの商機があるだけでなく、重要な役割を持つ組織や人も参入しています」とバートレット氏は認めた。他にも、X.aiやDoodle(ドゥードゥル、スイスに拠点を置くTamediaが所有)のような歴史の長いスタートアップや、Undock(アンドック)のような新参者だけでなく、Google(グーグル)やMicrosoft(マイクロソフト)のような大手企業も参入している。

関連記事:悪夢のようなグループのスケジュール調整を解決するUndockが1.7億円を調達

「競争力のある地位を築くために、提携や構築、買収する機会がどこにあるのかを確認するのは興味深い作業になるでしょう」 とバートレット氏は続けた。

この記事の中で、筆者がアウォトナ氏の黒人創業者としての地位に言及しなかったことにお気づきだろう。スタートアップ、特に10億ドル(約1050億円)以上の評価額を達成しているスタートアップの中で、黒人創業者は非常に稀な存在である。

筆者がそのことに言及しなかった理由の1つは、アウォトナ氏との会話の中で、彼が人種を単なる1つの要素にすぎないと考えていることがよくわかったからだ。彼は、今でもよく持ち出されるこの話題が、他の人にとっては重要なものであることを理解している。

「黒人であるかどうかを考える時間はあまりありません」と彼は話す。「そのことで、Calendlyに対するアプローチや、Calendlyの構築方法が変わることはありません。Calendlyが成長してきたここ数年を除けば、自分の人種や肌の色を特に意識したことはありません。黒人のテック創業者として私にアプローチしてくる人が増えたことに気づいています。また、この話に触発された黒人の若者たちがいることも知っています」 。

アウォトナ氏は近い将来、母国を含めて、黒人創業者を支援していきたいと願っている。

パンデミックによる混乱が続く中、アウォトナ氏は年内にナイジェリアを訪問し、(筆者が思うに)少なくともメンターとして同国のエコシステムにより深く関わっていく計画を立てている。

「私は、自分を母国をよく知っています。ナイジェリアには私と同じような境遇の人が百万人います。私が他の人と違っていたのは、両親の存在でした。しかし私はもうダイヤモンドの原石ではありませんが、ダイヤモンドの原石のようなナイジェリアの創業者たちがその可能性を最大限に発揮できるように、何らかの方法で関わりたいと思っています」とアウォトナ氏は語った。

カテゴリー:ネットサービス
タグ:Calendly資金調達インタビュービデオ会議ナイジェリア

画像クレジット:MirageC / Getty Images

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(文:Ingrid Lunden、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

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