文字コンテンツ読み上げ・フォロー型のクラウド放送局「Voicy」がローンチ

今さらネットでラジオなの? という人がいるかもしれない。逆に、やっぱりいま音声系サービスが来そうだよね、という人もいるかもしれない。2016年2月設立のVoicyが今日ベータ版としてiOS版をローンチしたクラウド放送局アプリ「Voicy」は「みんなで作る放送局」とでもいうべきアプリだ。

利用者はコンテンツ(記事)の読み手である「パーソナリティ」と、その聞き手である「リスナー」に分けられる。パーソナリティはチャンネルを開設して個性を活かした音声コンテンツを発信でき、リスナーはパーソナリティをフォローする。コンテンツは大手メディアや雑誌などから提供を受けるモデルだ。いまは立ち上げ期ではあるものの、Voicyを創業した緒方憲太郎CEOは「活字メディアを放送にしていく」という説明が旧来のメディア関係者に響いていて、すでに毎日新聞やスポニチなどがコンテンツ提供をしている。

voicy012次元活字メディアをクラウドで音声の放送に

「2次元だった活字メディアを、クラウドの発信者の力で放送網に乗せます。活字メディア+声の表現者+フィードバックするリスナーという、みんなで作る放送局になります。今まで放送局が1社で全部やってたネタ収集、編集、企画、放送、アンケートまでをいろんなプレイヤーで分担してやります」(緒方CEO)

ジャンルは経済、社会、グルメ、エンタメなどの幅広くする。当初パーソナリティは40アカウントでスタート。最初のうちは申し込みと審査が必要で1週間に5〜10人ペースで増やしていく。パーソナリティとなるのはアナウンサーや声優志望者など「声のプロ」やセミプロだけでなく、全くの未経験者や特定ジャンルに熱意を持った人なども入れていくという。例えば、すでに元乗馬の選手をしていた人が競馬を語るチャンネルがある。

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コンテンツは「プレイリスト」という単位で配信される。プレイリストには記事などを読み上げる音声コンテンツが複数入っている。コンテンツの平均の長さというのは今のところない。1つの記事を15秒から30秒で読み、テンポ良く次々とその日のニュースダイジェストもあれば、もっと長いものを10分〜20分で読んで1つのプレイリストとする人もいるという。

ここまで読んだ読者は、誰が、何の目的で、どういうタイミングで聞くのか想像が付かないのではないだろうか。ぼくは想像が付かなかったし、今も正直よく分からない。

これまで限定ユーザーでサービス運用をしてきた緒方氏によれば、視聴時間帯は主に3つあるそうだ。朝すぐの支度や通勤時間帯。それから帰宅後の時間。そして「思った以上に寝る前に聞いている」(緒方CEO)のだそう。ながら視聴よりも、むしろプッシュ通知が来たらテーブルにスマホを置いて座って聞いている人が多いという。

一般ニュースや業界ニュース、趣味の情報をスマホ上で文字で読む人は多いと思う。Voicyでは読み手の個性やちょっとした意見に魅力が感じられる視聴スタイルを実現する。「活字は知性にしか訴えて来なかった。でも声ならハートに訴えられる」(緒方CEO)。電波と違って双方向なので、リスナーはパーソナリティに対してコメントを送ることもできる。

Voicyのパーソナリティとなる人のうちアナウンサー志向の人であっても「キレイにしゃべる」ことを良しとするキャスター的な人と「個性的にしゃべる」パーソナリティ的な人がいて、人によってその比率が異なる、ということらしい。リスナーのほうも総合ニュースを聞きながら、ゆるいノリのものも同時に聞きたい人もいれば、朝はテキパキ系を好む、という人もいるそうだ。

なぜ今さら音声なのか?

なぜ今さら音声なのか? 動画ではダメなのか? この点について聞くと緒方CEOは、何点か理由を挙げた。

1つはコスト構造上有利だから。音声なら「20分のコンテンツが25分で作れる」(緒方CEO)が、動画はなかなかそうはいかない。そして文字コンテンツを持っている出版社や、企画や編集ができる人材というのは多い。「コンテンツを作って編成をする人や取材ができる人をレバッジできる気がしています。どういう番組構成がいいのか、それをみんなで探っていく」(緒方CEO)。

ネタと発信者(読み上げるパーソナリティ)を分けているので、コラボ企画もやりやすく、テレビ局の新人アナウンサーやアナウンサー学校のエースをスポーツチャンネルでマネタイズするなどできるのでは、という。サービス開始当初こそ「リスナーがいるのが嬉しいという人たちを集めたい」としているものの、「プレイヤーがCMを取れる、営業ツールになるものを提供したい」という。法人チャンネル提供も考えているという。

もう1つ、動画より音声がいいという理由は「感性に伝わるものが一番いい」からだそうだ。「声というのは大きすぎても小さすぎても不快。映像では、そういうのはあまりない。それだけ心に刺さるのが声なんです」。

声って今さら? これから?

クラウド分業放送局というのは新しいアイデアだが、音声系サービスのVoicyをみて「今さら音声?」と思った人は多いだろう。逆に「そうだよね、声が来そうだよね」という人もいるかもしれない。

今さら、という人は日本国内の音声系サービスに動向に詳しい人もいるだろう。2007年にカヤックで生まれて2014年にサイバーエージェントに事業譲渡された「こえ部」は2016年9月末のサービス終了を発表しているし、同じくサイバーエージェントの「ラジ生?」も8月末と、立て続けにサービスを閉じる。動画系サービスが伸びる一方で、音声系サービスはオーディオブックも含めて日本国内では立ち上がっていると言える状況にない。ただ、「こえ部もラジ生もネタがなかった」からサービスが伸びなかったのではないか」というのが緒方CEOの見立てだ。

国内で声系サービスが伸びない一方で、米国ではいま「音声(会話)こそ次のインターフェイス」として、がぜん注目を集めている。先日のTechCrunch Disrupt SFでデビューした「Pundit」は音声版Twitterというべきサービスだし、2016年2月にローンチした「Anchor」はVoicyに少し似ている。Anchorはホストとなる人に対して参加者が随時乱入して声でコメントができるポッドキャストの進化版という感じのサービスだ。

音声認識の精度が95%から99%となって遅延も実用レベルになった。だから今後コンピューターへの入力インターフェースとしては音声こそが最も効率的だと指摘したのはKPCBパートナーの著名VC、メアリー・ミーカー氏だ。

ミーカー氏が指摘したのは入力やGUIに変わる操作手段としての音声だが、今後人々がデバイスに向かってしゃべることが増えるのだとしたら、2016年が声系サービスの立ち上げに適している可能性もあるだろう。なにより、AppleがワイヤレスのiPhone向けイヤホン「AirPods」を出したことで、オーディオコンテンツに追い風が吹くという期待感もある。

もう1度。なぜ声を選んだのか?

Voicyは現在、フルコミットのエンジニアが1人いて、それ以外に8人が手伝う「草ベンチャー」だ。草ベンチャーとはビズリーチ創業者の南壮一郎氏の造語だが、就業時間後や土日に仲間が集って実験的なプロダクトや事業を作っていくような活動を指している。Voicyのチームにはテレビ局や広告代理店関係者が入っている。

「バーンレートゼロでリリースまで漕ぎ着けた」と、ちょっとスゴいことを言っている緒方CEOだが、体制は整えつつある。すでに確定金額ベースで数千万円規模のシード資金の調達をしつつあって、アプリのローンチと前後して渋谷に新たにオフィスを構えたそう。

緒方CEOは会計士としてキャリアをスタートして、起業前は、監査法人トーマツの社内ベンチャーであるトーマツベンチャーサポートに2年間所属。これまでスタートアップ企業、数百社を支援してきたという。「顧問として入っていた企業だけで資金調達額は30億円を超えています。今年の調達額だけでも6億円」というスタートアップ起業家を支援する側にいた人物だ。会計士ではあるものの、実際には「会計士業務はやっていませんでした。主に社長の相談役で、ビジネスモデルの相談から、嫁が逃げたという相談までやっていました(笑)」という。

「ミイラ取りがミイラになった感がある」と起業の背景を語る緒方CEO。ただ、大量の事業アイデアとダメ出し、事業計画とオペレーションの実際を見てきた36歳という目のこえた立場を考えると、なぜ2016年時点でVCウケの悪そうなアイデアでの起業を選んだのかは、ちょっと腑に落ちないところもある。実際「こんなにも否定されるものか」というほどVoicyのアイデアに対して否定的な意見や、頼んでもいない思い付きにすぎない「アドバイス」をもらっていて、支援側と起業家の立場の違いを身にしみて感じているそうだ。

それでも緒方CEOがこだわっているのは、「誰もやっていないサービスを出すこと」だそう。「何か既存のものを安くするというのではなくて、大きな付加価値を生む企業をやりたいんです」。もし声のメディアプラットフォームに可能性があるのだとしたら当たれば大きいのかもしれない。もし声系コンテンツサービスにはやっぱり市場がなかったとなれば、たぶんゼロ。ホームランか三振か。バッターボックスに立つなり「大振り」することにしか興味がない、と言い切る緒方CEOのチャレンジを見守りたいと思う。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。