新しいチャレンジはいまだに「ヒリヒリする」——挑戦を続ける経営者の覚悟と苦悩

左からプロノバ代表取締役社長の岡島悦子氏、エウレカ代表取締役CEOの赤坂優氏、SSTJ INVESTMENT CEOの木村新司氏、セプテーニ・ホールディングス代表取締役社長の佐藤光紀氏

左からプロノバ代表取締役社長の岡島悦子氏、エウレカ代表取締役CEOの赤坂優氏、SSTJ INVESTMENT CEOの木村新司氏、セプテーニ・ホールディングス代表取締役社長の佐藤光紀氏

スタートアップの起業家が事業を育て、大きな組織を動かす経営者となったとき、果たしてどんなことが求められるのか? 5月26日〜27日にかけて宮崎県で開催された招待制イベント「Infinity Ventures Summit 2016 Spring Miyazaki」の2日目のセッション「プロの経営者に求められるもの」には、エウレカ代表取締役CEOの赤坂優氏、SSTJ INVESTMENT CEOの木村新司氏、セプテーニ・ホールディングス代表取締役社長の佐藤光紀氏が登壇。プロノバ代表取締役社長の岡島悦子氏がモデレーターを務める中、それぞれの経営論、そしてチャレンジを続けることの苦悩を語った。

サービスへの「愛」だけではなく、「組織」として成り立つことが重要

エウレカと言えば、ちょうど1年前の2015年5月に米IACグループのThe Match Groupが買収したことで話題になった。岡島氏は赤坂氏にエウレカの歩みと、どこでIACグループ入りをしたのかと改めて尋ねた。

「通常の会社は一発大きいサービスを開発して、外部から資金を調達するもの。僕らは受託などをやって底力を付けてから、(インキュベーションプログラムの)KDDI ∞ laboに参加して自社サービスを作った」——同社は外部から資金調達をせず(厳密には経営共創基盤がごく一部の株式を取得していた)、自社サービス開発するための土壌を作ってきたのだという。

そんな同社が買収を受け入れる際に重視したのは、“会社のカルチャーを変えない”ということだった。「これまでに4つほどのサービスやってきたが、『サービス愛』で成立しているのではなく、『組織』として成立している」(赤坂氏)。つまりエウレカは、1つのサービスを愛しているメンバーが集まった訳ではなく、さまざまなサービスを作ってきた経験のある組織自体が強みなのだということだ。買収の際にはその組織、カルチャーを変えないということが受け入れられたことで、買収の話は進んでいった。

だが当然ながら親会社から数字に対するコミットメントは強く求められる。「何やってもいいけど結果を達成せい、ということ」(赤坂氏)。しかし必要なM&Aは進める、KPIを達成できる見込みがあればマーケティング予算を捻出するといった投資には積極的だという。また本社とのコミュニケーション頻度は非常に多い。週1回の電話会議に加え、3カ月に1回のペースでアジア担当のCOOやCFOが来日。密なコミュニケーションを取っている。「買収からちょうど1年。まだ信頼されていないので、短期業績へのコミットの色が強いと思っている」(赤坂氏)

岡島氏は赤坂氏に買収後の「経営者としての役割」が変化したかと尋ねる。「(IACグループによる)M&Aが終わったからといって変わるわけではない」と答える赤坂氏。だが会社が100人を超える規模に成長したことを契機にして、組織化されたマネジメントが求められるようになってきたという。権限委譲も進めているところだ。

“大学院のお兄ちゃん”はIPOを通じて経営者として成長

シリウステクノロジーズ取締役を経てアトランティスを創業。その後グリーに同社を売却し、エンジェル投資家としてニュースアプリ「グノシー」を開発するGunosyに投資(2013年11月には代表取締役となるも2014年8月には退任)した木村氏。岡島氏は同氏にGunosyとの出会いについて尋ねる。

「グノシーがリリースされた日、Facebook上にその情報が流れてきた。『これは(他のサービスと)ちょっと違う』と思ったので知人に紹介してもらい、(メンバーと)会いましょうとなった」(木村氏)。当時大学院生3人で開発していたグノシーだが、法人設立時点でユーザー数が2万人、デイリーのアクティブレートが50%という状況。この数字を見て、事業化する価値があると判断したという。

その後木村氏は同社の経営に参画することになるが、その理由について次のように語る。「ニュースだと競合はヤフー。そうすると、戦うためにサービスを変えないといけないし、会社としての体裁を整えていかないと、お金でも文化でも負けてしまう可能性がある。それならば自分が入っていかないといけないと思った」(木村氏)。また木村氏は、グリーの急拡大を“中の人”として見ていた経験がある。そこで学んだマネジメントや仕組み作りに、自らチャレンジしたいという思いもあったという。

「やっぱり(創業メンバーは)大学院の3人。ニュースという大きなポテンシャルのあるサービスに、学生も、CFOも、営業できる人も呼び込まないといけなかったので、エンジニアサイドは福島(創業者であり、代表取締役の福島良典氏)らに任せて、それ以外は僕が連れてくるという話で折り合った」(木村氏)

その後木村氏はグノシーの代表を退く。その発表は当時さまざまな憶測を呼んだが、木村氏は「事業の解像度が深掘りできて、行動規範もできたことで、(自身が)抜けても伸びつつある状況だった」と振り返る。岡島氏が再び経営メンバーに戻る気持ちがないのかを尋ねると、「以前は戻る気持ちが少しあった」とした上で、「経営陣と話して、自分たちで持っている(目標の)数字が僕と同じだったので、戻る必要はないと思っている」とした。木村氏は福島氏について「最初は大学院のお兄ちゃんだったが、IPOを経験して、一番成長した」と評価する。

「自動的に伸びていく組織」こそ美しい経営

創業間もなく、サブ・アンド・リミナルという社名でダイレクトメールの発送代行などを手がけていたのがセプテーニ。そこに社員として入社し、ネット広告事業を立ち上げて現在の同社の基盤を作ったのが佐藤氏。同氏はIPOを通じて経営者としての意識が大きく変化したと語る。

「数えてみたら四半期決算をもう60数回発表していて、それで学んだことはたくさんある。当時は現コロプラの長谷部さん(コロプラ取締役CSOの長谷部潤氏。以前は大和証券のアナリストだった)にアナリストとして詰められ、逆に市場のことを教わったりもした。『経営』とは何か? となっていたことが鮮明になってきた」(佐藤氏)

佐藤氏は、売上高100億円程度の頃まで組織を階層化せず、「力で引っ張る」という経営手法が成果に繋がっていたと振り返る。だがある時期を境に、「オートマティカル(自動的に)に伸びていく組織」を作ることこそが正しい経営ではないかと考えようになったという。「『ハイパフォーマーがめちゃくちゃ働いてすごい成果を出す』というのを『普通の人を普通以上にして成果を出す』に。そうなるよう、自分のリソースを作る方が会社にとっての価値になるのではないか」(佐藤氏)

そうやって組織の仕組み化を進めていった佐藤氏だが、現在、自身のリソースの半分を新規ビジネスであるモバイルマンガ事業「GANMA!」に費やしているという。

「権限委譲で生まれた成長のカーブはとても連続的。良くも悪くも成長しやすく、売上や利益が見える。だが非連続な成長のためには物足りなさが出てきた。非連続な成長のためには、行動を変えないといけないのではないかと思った」

「マネジメントの仕事は経営陣の成熟を感じていたので他(の経営メンバー)でもできる。逆に自分は1つのプロダクトにこだわり抜いて、サービスのエコチェーンを作る。自分の中にあるイメージは、別の人には作れない」(佐藤氏)

新しいチャレンジは「ヒリヒリしている」

他部署の事業担当社と横並びで、自ら新規事業に取り組む佐藤氏。その挑戦について、「結構ヒリヒリしている」と心境を吐露する。

「なまじトラクションがあると、2回目を外すのが格好悪いじゃないですか。それでも自分がしたことがないことに挑戦する。キツい状況に身を置いた方が成長率が上がるので、過去の実績をアンラーン(脱学習)して、一度ゼロに戻した」(佐藤氏)

佐藤氏の発言をうなずきながら聞いていた木村氏も、続けて自身の思いを語る。「やはりすごく怖い。Gunosyもそうだ。アトランティスがうまくいって、(次のチャレンジに)失敗したら恥ずかしいな、と思うんです。だから寝ないんですよ。寝てる間も考えているだけ。とにかく成功に持っていく」

「それだけ怖いのだから、価値あるものだけをやる。また企業として大きくなるためには市場もあるが、会社のバリュー(になるか?)、社会の役に立つモノであるか? ということがある。恐怖よりリターンがあるかというのが自分の中の(チャレンジするかどうかの)物差し。だからあえて外に『やります』と言っている。でないと逃げてしまうので。でもやっぱり怖いですよ」(木村氏)。

これに対して赤坂氏は「自分にプレッシャーかけられるのは才能だ」と語った。通常であれば逃げてしまいたいものにチャレンジするからこそ、その先に進めるのだと。

起業家から経営者へ、非連続な成長を生み出すには

木村氏はエンジェル投資家としての現在20社ほどのスタートアップに出資しているという。投資先の若き起業家に対してはどのようなコミュニケーションを取るのか。

「基本的に戦略には口に出さない。口を出すと投資先は『何でこんなことを言うのか』と思うし、現場のことは現場の方が知っているからだ」(木村氏)。だがその一方で、どのレベルで事業理解が必要なのか、ビジョンや行動規範はどうやって定めるか、会議の進め方に予算作り、評価制度の設計まで、組織をどう「仕組み」にしていくかについては徹底して伝えているのだという。

組織が100人を超えたばかりのエウレカ。冒頭で権限委譲を行うフェーズだと語っていた赤坂氏も、「細かい施策は現場の方がプロフェッショナル」だと同意。会議などでも可能な限り発言を控えるなどしているのだという。「意思決定をさせることの訓練。ケツを持たないと人は成長しない。僕も事業を作ってる中で、10個のうち1個が当たったようなもの」(赤坂氏)

また、自身が新しいチャレンジを行う必要性については、次のように語った。「そうやって(権限委譲で)できる組織は、連続的な成長しかない。非連続な成長のためには圧倒的なチャレンジをしないと。あと0を1個増やす(売り上げの桁を1つ上げる)には何をするか。以前に木村さんは、それを『たがを外す』と言っていた」(赤坂氏)

また、木村氏とは以前から親交があるという赤坂氏は、木村氏から教わったこととして、「事業」「経営」「投資」という3つのステージを経験することがプロの経営者に求められると語った。木村氏もこう続ける。「非連続な成長というのは、事業もあるし、投資もできないといけない。さらに投資先のバリューアップもしないといけない。そういうことを突き詰めていかないと」(木村氏)

佐藤氏はさらに、新しいチャレンジのためには経験を武器にしつつも、初心を忘れないようにと続けた。「僕は41歳で、会社経営としては(登山に例えて)やっと一合目。それは一緒に登る強い仲間ができて、装備についても何が必要か分かって、複数のルートが見えている状態。それを登っているのが今。デイワン(1日目の気持ち)で居続けることが一番大変で、価値が高い。フレッシュで居続けたい」(佐藤氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。