日本の若者の「夢の実現」か「やりがい搾取」か、米VC・Fenoxの騒動で見えたシリコンバレーインターンの実情

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IT業界で働きたい若い人にとっては、「シリコンバレーのスタートアップやベンチャーキャピタル(VC)でインターンシップをした」という経験、そしてその肩書きは喉から手が出るほど欲しいものではないだろうか。僕もこれまで何度か海外取材を経験したが、シリコンバレーやサンフランシスコといった西海岸のスタートアップコミュニティの空気は独特だ。見た目ではなく実利が尊重され、多様性を受け入れ、変化が速い。そして勝負に関して非常にシビアな環境だと思っている。今となっちゃスタートアップのすべてが西海岸にあるわけではないけれども、それでも学生のうちにその空気を感じられることは、今後のチャレンジにとって非常に大事な経験になると思う。昨年数年ぶりにサンフランシスコやシリコンバレーに行った僕でも、いまだにそう感じるんだから。

だが米国でインターンをするということはすなわち「海外で働く」ということ。履歴書を持っていって面接すれば「明日からシフトに入って」なんて言われる町のコンビニでのアルバイトとは全く意味が異なる。たとえインターンであっても、有給であれば労働可能なビザを取得する必要があるし、逆にESTA(米国渡航のビザ免除のプログラム)を申請して訪米しているのであれば、「労働」をしてはいけないのだ。

そんな中で米国メディアが今週(確認できたところではWSJ:Wall Street journalが現地時間の2月22日に最初に報じた)、シリコンバレーのVCであるFenox Venture Capitalの無給インターンシップ問題について報じた。Fenoxは米国や日本を含むアジア、欧州などで投資を行うVCだ。国内ではテラモーターズやメタップス、ZUU、PR TIMESなどへの投資を行っている。投資実績についても話はいろいろと聞くが、今回はそこには触れない。今回はインターンシップの話だ。米国のDoL(労働省)はそんなFenoxに対して、インターンシップに参加する日本人を中心とした若者56人を無給で違法に働かせていたとして、33万1269ドル(約3700万円)の未払い給与を支払うように命じたという。

この件について、昨晩ちょうど日本に訪れていたアニス・ウッザマンCEOに直接話を聞くことができた。また並行して日米のスタートアップ関係者、また同社の元インターンやその環境を知る人物らにも話を聞いた。アニス氏の主張、そして現場の声、それぞれの視点からこの話について伝える。

米・労働省の判断「正しいと思っていない」

2月25日に東京・六本木で出会ったウッザマン氏は、今回の報道について事実を認めた上で、大きく2つの主張をしている。1つは労働省の判断について、無給インターンに関する法的な見解では合意しておらず、「DoLの判断は正しいと思っていない」ということ。そしてもう1つ、今回報じられた話は「命令を受けて支払いをしており、すでに解決済み」だということだ。

まず1つめの話だ。ウッザマン氏は「これまで(労働省の命令以前)は、『シリコンバレーに1週間いたい、2週間いたい、1カ月いたい』と言われることがあれば、そういう人たちには(インターンの)機会を与えてきた。(現地に)来るのは貴重な機会。リサーチャーもしてもらうし、ミーティングにだって参加してもらってきた」と語る。つまり、無給インターンは存在していたということだ。

冒頭のWSJの記事では、Fenoxが無給インターンに業界レポートを作成させ、日本のクライアント(FenoxのLP)に送付していると報じられている。日本のVC界隈ではこれは少し前からウワサとしては流れていた話だ。アニス氏はまず、同社のインターンが「無給の研修プログラム」と説明。レポートについては「あくまでプログラムの一環として作成したもの」であるとした。労働局からの命令はこのレポート作成が労働に当たるというものだと指摘されたことに起因するのだという。「(無給のプログラムで)オブザーブ的なものはOK。だがレポートを作成したならそこにお金を払えという話だった」

インターンが作成したレポートがクライアントに提供されたという報道そのものについても、「フルタイムの社員が書いたレポートがクライアントのもとに届く。まさかインターンのレポートが届くことはない」と否定した。「我々がなぜ労働省に同意しなかったのかというと、 Fenoxは(インターンの)56人、皆さんからきちんと『無料のプログラムである』という契約書をもらっている。契約書の2行目には『free training program』と書いている」(ウッザマン氏)

2つめの話だ。今回労働局から指摘されたのは2011年から2014年までの無給インターンについての話であり、2015年5月には「支払いを行い、落ち着いている話」だという。

実はこの「期間」に触れている報道は僕が確認できたところでは米CNETくらい。最初に報じたWSJも触れていないし、日本のメディアとして初めて報じた日本経済新聞でも触れていない(ちなみに日経はFenoxのLPになっている)。

シリコンバレーに駐在員を置くメディアすら期間について報じないのはちょっと変だも思うんだけれど、あくまで2014年末までのことであり、あたかも昨日今日起こった出来事のように報じられるのはひどいミスリードであるというのが彼らの主張だ。このタイミングでWSJに記事化されたことについての疑問も語る。

少なくとも僕が行った関係者へのヒアリングでも、2014年末以前のケースは確認できたが、それ以降は確認できていない。取材には現役のFenoxスタッフも同席したのだが、その人物は有給のインターンであり、ビザ(J1ビザ:就業体験用の交流訪問者ビザ)の取得に際しても同社の支援を受けたと説明した。企業の口コミサイトである「glassdoor」では、2015年8月5日時点でも「Half the employees were on a unpaid internship(半数の社員は無給のインターンシップだった)」という投稿があった。もちろんこれは投稿日以前の話である可能性はある。

ウッザマン氏はインターンシップについて「今でも、ものすごい数の問い合わせがある。ある意味『ギブ』でやってきたことだと思っている。数週間(米国で)仕事の雰囲気を見たいという人は大勢いる。だが労働省のせいでを受け入れられない」と語る。

Fenoxの主張と食い違うインターン側の証言

Fenoxの主張は伝えたとおりだ。だがインターン側の声はちょっと違う。なお今回は米国の事情に詳しい起業家や投資家のほか、Fenoxの元インターン、その周囲の人物にも話を聞いている。

まず、無給のインターンシップが過去に存在していたのかだが、表現の違いこそあれ、これは同社も「トレーニングプログラム」として認めている紛れもない事実だ。そして学生らが「トレーニングプログラム」としての契約書にサインをしたのも事実だという。

プログラムの期間は、日本人であれば数週間からESTA期間上限の90日まで。もちろん現地採用でESTAの制限を受けない人間もいた。日本からの場合で言えば、90日以上のインターンを希望する場合はJ1ビザの取得も支援していた(取得費用はインターン持ちというケース、またインターン持ちだが給与に上乗せする形で実質的な会社負担というケースがあったことを確認している)。そしてビザ取得後に有給で業務に従事するというかたちだ。だが中には、「米国のNPOで働いていることにして、実態としてFenoxで働く」なんてスキームの提案を受けたような人も過去にはいたという。

ビザ発給、入国管理というのは僕らが考えている以上にシリアスなものだ。2011年にSearchMan創業者の柴田尚樹氏が自身の経験を元に米国のビザ事情についてTechCrunch Japanに寄稿してくれているのだが、あくまでESTAは観光目的のビザ免除が基本。それで何度も入国したり、「インターンをやってました」なんて言おうものなら今後のビザ発給にだって影響が出かねない。2011年前後にはデラウェア州登記をし、シリコンバレー発スタートアップをうたおうとした日本人起業家が複数いた。実はそのほとんどにはビザが発給されず、「本社登記は米国、実務は日本」という非常にお粗末な状況を生んでしまったこともある。

次にレポートについて。ウッザマン氏が否定した「インターンの書いたレポートがクライアントに渡されている」という話だが、関係者からは「学生を中心としたインターンがレポートを作成し、日本のクライアントに提供していた」という証言を複数得た。無給インターンも「アナリスト」という肩書きをもらってリサーチに従事していた。労働局が「給与を払え」と言ったのはそこだ。

またウッザマン氏はいずれも否定したが、「同氏の著書の執筆にも関与した人間もいる(つまり、ゴーストライターということだ)」「(トレーニングでなく)雑務も任された」という声も聞いた。正社員の雇用を削るような無給インターンは認められていないはずで、事実であれば問題だ。ただし前述の通りで、僕が確認できたのは2014年末までの話だ。もし事実と異なっているのであればタレコミ欄から是非コンタクトを取って欲しい。情報提供者の秘密を守って話を聞きたいと思っている。

このあたりの話を聞いている中で、ウッザマン氏からは「インターンは自分の仕事がインポータントなモノだと思っている。(だから自分のレポートが)クライアントに行ってしまっていると思っているのではないか」という発言があった。書き手の業界では著名な媒体に1本記事を書いただけで「○○で執筆経験アリ」とドヤ顔なプロフィールを書くライターなどもいる。そんな人も見てきた僕としては、ウッザマン氏の発言について言ってしまう気持ちは分からなくもない…というかよく分かるのだ。だけど、流暢な日本語で「日本の若者達に夢と希望を与えたい」と語ってくれた同氏の口からそんな発言を聞くと少し悲しくなる。何よりもまず、僕はインターン側からも話を聞いているのだから。

「やりがい搾取」の構造は少なくない

この段落は裏取りした事実でなく、裏取りした内容を元にしたあくまで「想像」だ。僕個人としては実際のところ、Fenoxの言う「トレーニング用のレポート」の少なくとも一部に関しては…クライアントにも提供されていると思う。リサーチは読書感想文ではなくファクトを調べたものだ。社員が精査して内容を追加筆修正しようが、56人、いやそれ以上のインターンが書いたものベースとなるものがあるケースがゼロと言い切れないと思う。

匿名を条件に語ってくれたあるVCは、Fenoxのレポートについて「ボリュームの割に情報が薄かった」なんて辛辣に語っていたし、インターン関係者も「多くは学生が書いてるので、大学の授業のレポートと大きな差はない」と語っていた。前述の僕の想像は、そういったコメントを元にしたものだ。ただ再三お伝えしているとおり、Fenoxの主張は「インターンのレポートはトレーニングであり、ビジネスには使用していない」ということなので、そこはちゃんと両論を書いておく。現在では有給インターンに対して、社内でファンドのストラクチャーを学ぶような勉強会を開催するなど、若者の支援・育成に力を入れていると聞く。

本件に限らず「シリコンバレー体験」を希望する学生を都合良く扱う「やりがい搾取」の構造は少なくないと聞いた。これはあくまで氷山の一角だと。だから米国に憧れる未来の起業家の背中は押したいが、「シリコンバレーのスタートアップから、VCからインターンやらないかと呼ばれたの」というだけで浮かれてすぐに渡米することはやめた方がいいと言いたい。

無給か有給か、ビザはどうするのか。そんな当たり前のことをまず確認すべきだ。在米の起業家や投資家からは、将来のビザをエサに苦しい条件を飲まされる人だっているようだ。またESTAで米国に行って有給インターンだったら、それはそれで不法滞在者扱いだ。米国で働くどころか二度と米国に入国できなくなるのだ。もちろん国内でも無給インターンのやりがい搾取問題というのは存在するらしいが、ビザについてはもっと慎重になるべきと多くの関係者に指摘された。

自身の経験を積むためのチャレンジは大事だ。だがそれがどういう意味を持つか。スタートアップを志す若い人にはそういったことも考えて欲しい。もちろん価値のある体験ができる、有給のインターンだっていくらでもある。ただしそこには高いスキルも求められるだろう。そしてスタートアップコミュニティを支える起業家や投資家も、そんな若い人たちをやりがいだけで使おうなんて考えず、次の世代を育てていって欲しい。ある関係者はこう話した。

「別に右翼でもないけれど、日本人がカモにされているなら腹が立つ話。でも『これだからシリコンバレーに手を出してもロクなことにならないね』というのも違う話だ」

photo by
Christian Rondeau

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。