日本の量子コンピュータ系スタートアップQunaSysが2.8億円調達、量子化学計算を軸に研究開発加速へ

量子コンピュータ向けのアルゴリズムとアプリケーションを開発するQunaSysは11月25日、グローバル・ブレイン、新生企業投資、ANRIを引受先とした第三者割当増資により総額2.8億円を調達したことを明らかにした。

同社にとっては2018年4月にANRIから数千万円を調達して以来の資金調達。今後はエンジニアを中心に人材採用を強化しながらアルゴリズム・ツールの開発を加速させるほか、量子情報・量子化学の研究者コミュニティの活性化など、量子コンピュータ技術の社会実装に向けたエコシステム作りも行っていく計画だ。

QunaSysは東京大学で機械学習分野の研究をしていた現CEOの楊天任氏や大阪大学で量子アルゴリズムの研究に携わっていた御手洗光祐氏らを中心として、2018年2月に設立されたスタートアップ。近年GoogleやIBM、Microsoftを始めとした世界的なIT企業が量子コンピュータのハードウェア開発に力を入れているが、QunaSysではそのパワーを存分に引き出すためのソフトウェアやアルゴリズム開発に取り組む。

量子コンピュータは量子力学の「重ね合わせ」の特徴を上手く活用することで特定の問題を解くのに必要な計算量を減らし、計算のスピードを高速化させるマシンとして将来的に様々な分野での応用が期待されている。応用先は機械学習や最適化計算、暗号解読など幅広いが、中でも実用化が近いと言われる領域の1つが量子化学計算だ。

たとえば化学メーカーが新しい材料を開発する場合、どんな素材をどのように組み合わせることで目的にかなった物質をなるべく低コストで生成できるのか。その緻密なシミュレーションには膨大な計算パワーが必要になり、そこに量子コンピューターを活用できないかという研究が進んでいる。

「化学メーカーの研究者からよく聞くのは、今まで実験を通じて材料開発に取り組んできたもののその方法でやれる範囲には限りがあり、ある程度やり尽くしたということ。今後新たな材料を開発していく上で、今までとは違った『計算パワーを拡張する』ようなアプローチとして期待されている」(楊氏)

最近ではデータと機械学習などのテクノロジーを組み合わせて材料開発を効率化するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)なども注目を集めているが、MIとは異なるアプローチとして量子コンピュータへの期待も高まっているようだ。

QunaSysでもまずはこの分野に注力して事業を展開。すでに昨年のシードラウンド以降、JSRやJXTGホールディングス、三菱ケミカルといった大手の化学メーカーと共同研究契約を締結し、量子コンピュータの活用についての研究を始めている。

並行して基礎的なアルゴリズムや、主に化学メーカーの研究担当者が使うことを想定した量子化学計算ライブラリも開発中だ。これらは共同研究で用いるだけでなく、有償のツールとしてそれ以外の企業に提供していくことも計画しているという。

Google「量子超越」の意義

ここ数年、グローバル規模で量子コンピュータ領域の研究開発が急速に進み関連するニュースに触れる機会が増えたように思う。特に直近では10月にGoogleがNature誌において「量子超越」を発表したことで大きな話題を呼んだ。

量子超越(Quantum Supremacy)とは簡単に言うと、従来のコンピュータでは膨大な時間を要する計算を量子コンピュータであれば高速に計算できることを指す。楊氏によると「量子超越を示せるのであれば実生活では何の役にも立たない問題設定でもよいことがポイント」だ。

先日のGoogleの発表では「量子コンピュータを用いて量子コンピュータの動作をシミュレーション」した上で、従来のコンピュータであれば1万年かかる計算をGoogleの53量子ビットの量子コンピュータでは約10億倍速い200秒で解けることを示した(技術的な詳細はQunaSysのメディアで詳しく紹介されているので興味がある方はそちらをチェックしてみてほしい)

「(量子超越性が示されたからといって)現時点で産業上何かの役に立つわけではないが、この業界にとっては確実に大きなブレークスルーになる。これはいろいろな所でも言われているが、今回の成果はライト兄弟の有人飛行実験が初めて成功した時と同じようなもの。最初の段階では空中に浮遊している時間はほんの数秒だったかもしれないが、浮かないことには何も始まらない。そこから飛行機が大きな進化を遂げたように、今後量子コンピュータの社会実装を進めていく上でも重要な出来事になった」(楊氏)

各国が量子技術へ積極的に投資していることもあり、今後量子コンピュータ領域への関心はさらに高まっていくのではないだろうか

楊氏によると、次の大きなマイルストーンになるのは実際に量子コンピュータが産業上の役に立つ「量子加速(Quantum Advantage)」が達成されるタイミングだ。

これから数年で実現されると考えられている「NISQデバイス」と呼ばれる量子コンピュータは、サイズが数百量子ビット程度と中規模で誤り訂正機能を持たない。2022年ごろにNISQの最初の活用事例が生まれると予想されていて、まさに上述した量子化学計算は期待値が高い分野だ。

QunaSysとしても、当然それを見据えながら事業を拡大していく計画。調達した資金を用いてエンジニアを中心にチームを強化するほか、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムへの参画なども通じてコアとなる技術の研究開発を加速させる。

今後は世界初の量子コンピュータ実用例(量子加速)の確立を目指すことに加え、量子情報・量子化学の研究者コミュニティの活性化や、素材業界における計算科学活用の支援等を通じて、量子コンピュータ業界全体としての開発力の底上げも図っていくという。

QunaSysではアルゴリズムやソフトウェアの開発・共同研究などに加えてメディアを通じた量子技術の開発や、量子コンピュータの勉強教材の提供などにも取り組んでいる

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TechCrunch Japan

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