日本のVCが予想する2016年のスタートアップ・トレンド(前編)

2015年にもさまざまなスタートアップ企業が登場したが、来年はどんな1年になるだろうか。TechCrunch Japanでは、2016年のテック業界とスタートアップのトレンドについて、VCとエンジェル投資家にアンケートを実施。計19人から回答を得た。

回答いただいた質問は2つ。「2015年のスタートアップシーンを象徴するキーワードは何ですか(選択式、自由回答可)」というものと「2016年に盛り上がりが予想される分野やサービス、企業名など理由とともに教えてください(自由回答)」というものだ。では早速国内VCたちの意見に耳を傾けてみよう。

前編では、インキュベーターやシード、シリーズAでの投資を行うVCを中心に紹介する。シリーズA以降など比較的投資額の大きいVCの意見については、以下の記事後編を見てほしい。

日本のVCが予想する2016年のスタートアップ・トレンド(後編)

※各VCから回答を得ているとはいえ、投資担当者は通常カバー範囲が決まっている。だから各回答は必ずしもそのVCを代表する意見ではない。

サムライインキュベート

榊原健太郎(代表取締役CEO)
2015年のキーワード:AI、FinTech、VR

2016年のトレンド:ITを活用した遠隔医療サービスが伸びると予想します。医療の業界においては、地方における医師・看護師の確保、医療費の削減、予防医療への取組み等、様々な課題に直面しており、厚生労働省より平成27年8月10日に「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」という通知が発表されました。

英会話スクールにおいて、スカイプ英会話でディスラプトが起きたように、医療業界にもMEDI-TECHによるディスラプトが起きると思っております。

コーチ・ユナイテッド

有安伸宏(代表取締役社長)
2015年のキーワード:FinTech

2016年のトレンド:“動画の消費スタイルの変化”が面白いと思っています。例えば、musical.lyのタテ動画を数秒間単位でスワイプすることに慣れてしまうと、YouTubeをはじめとしたテレビのメタファーを引きずっている動画サービスが非常に古臭く感じられます。ユーザーの時間の使い方が全くの別物であり、全く異なるユーザー体験なので、「動画」と呼ばない方がいいくらい。Facebookがプロフィールに動画をアップロードできるようにしたように、様々なサイトが動画に侵食されていくと思います。「◯◯のスマホ動画版」の、◯◯の中に、大手サービスの名前を入れてみるだけでも、色々なチャンスがあることに気づきます。

そして、たった今、大企業の中の偉い人へ、上記の文章をチャットで送りつけて「何かコメントある?」と聞いてみたところ、次のような声をもらいました。

「タテ動画やりたいんだよね。社内の動画ツールが縦対応してないんだけど、いい加減やれよーという話をしてる。そういう、技術的負債みたいのが残り続けてるのが悔しい。あんなの体験してみれば、すぐわかるのに。友だちから送られてくる写真だって大半が縦なんだもの。スマホ最適化されてるコンテンツに囲まれてるはずなのに、作る側に一歩回るとなぜか忘れてしまう。」

そう。気づいていることと、事業を立ち上げられることとは大違い。ということで、スタートアップの皆さん、チャンスですよ!(この領域についてフリーディスカッションしたいので、お気軽に連絡ください!)※編集部注:今回有安氏は個人投資家としての視点で回答頂いている

iSGインベストメントワークス

五嶋一人(代表取締役 マネージング・ディレクター)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、AI、FinTech、IoT

2016年のトレンド:「スマートフォン+追加デバイス」「インターネット+追加デバイス」による非言語サービス(特にヘルスケア領域とエンターテイメント領域)、銀行の三大機能(為替・決済・与信)を代替する狭義のFintech、インターネットを活用してリアルの生活や仕事をより豊かに、より便利にする「インターネット+α」のサービスの3点。

なお「2015年のキーワード」はポジティブな意味だけではなく、ネガティブなバズワード的な意味を含みます。「ユニコーン」もそうですが、メディアが“伝え易さ”を重視して多用するのはよいとしても、バズワードによる安易なカテゴライズは事業・サービスの本質とは全く無関係であり、起業家や我々プロフェッショナルの投資家は、このようなバズワードに左右されることなく、個別の事業・サービスの本質を見極め、成長させていく力がより求められるようになるのではないでしょうか。

Genuine Startups

伊藤健吾(Managing Director)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、FinTech、IoT

2016年のトレンド:スマホアプリ、特にコンシューマーインターネット領域におけるゴールドラッシュとも言える時代は終焉に近づいていると思います。これからは「産業×IT・インターネット」による新しいイノベーションがどんどん出てくる時代に変わってきています。

これはスマホを中心とするスマートデバイスの登場、LTEなどモバイル通信のスピードアップ、クラウドによるコンピューティング等のリソースの低廉化といったこれまでの技術革新の結果が、本格的にこれまで適用されていなかった産業分野に使われることによって起こるトレンドです。2016年はその中でも適用しやすい領域としてエンタープライズソリューションが盛り上がると思います。過去3年間のシリコンバレーの投資領域でも投資金額・件数で多いのがAccounting/Finance、HR Tech、BI、CRMといったところで、その流れは日本にも来ると思います。

TLM

木暮圭佑(General Partners)
2015年のキーワード:動画サービス、FinTech、IoT

2016年のトレンド:2015年後半に土壌が育ったな、と思うのはFintechとVRではないでしょうか。前者は参入障壁が大きいとはいえ、法律面も含めてクリアになってきたので、2016年には新しく出てくる会社が多いかなと思っています。後者に関してはメガベンチャーがこぞって支援するアクセレーションを立ち上げているので、そこを利用したベンチャーが生まれ、日の目を見るのは2016年かなと思っております。

またBtoBのサービス——特にニッチで、あまりインターネットやテクノロジーが普及していなかった分野のサービスが増えるのではないかと思っています。米国などでもPlanGridのように工事現場にテクノロジーを持ち込むようなサービスは伸びていますし、識者によるFacebookのグループなどでの議論を見ていても、比較的BtoBに目が向いているという感じもしています。もちろん営業力勝負になる領域ではありますが。

個人的に興味を持っているのはAIです。テクノロジードリブンではありますが、「AIの信用性」というものがある程度形成されれば、人を置き換えるような事業が生まれてもいいかなと思っています。海外ではすでに弁護士をリプレイスできると豪語するサービスがProduct Huntに掲載されていて話題になりました。

また、結局のところトレンドとして使われるかどうかよりもユーザーが使うかどうかがすべてと思っています。競合が少なく新規性があるのでユーザーに使われる可能性があり、それを狙う人が多いのでトレンドになります。個人的には、トレンドに入らなくてもユーザーに使われるものを見つけられる会社を応援することができればいいなと思っています。

Mistletoe

山口冬樹(チーフ・インベストメント・オフィサー)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、IoT

2016年のトレンド:2015年は「IoT」という言葉が根付いた年となったが、IoTスタートアップの多くはハードウェアがネットにつながった段階にとどまっている。2016年はハードウェアに限らず、コア技術ベースのスタートアップが躍進するのではないかと期待している。

日本でも大手企業OBエンジニアや博士号ホルダーが起業したスタートアップが大学発ベンチャーを含め増えてきている。シリコンバレーでは機械学習や画像解析といったコア技術を生かしたスタートアップがすでに台頭しているが、日本ではそうした分野に加え、得意とするモノづくり・ハードウェア、材料、再生医療等のバイオテックなどの技術を生かした、潜在的に質の高いスタートアップが増えてきている。

IoTでも、フィンランドのEnevoのように、今後はセンシングとビッグデータ解析を組み合わせ、付加価値の高いフィードバックを提供するIoTスタートアップが、BtoBや、BtoCではヘルスケア領域等から数多く出てくるのではないかと期待している。

具体的には、大手自動車メーカー出身のエンジニアが開発する小型EVのFOMM、パーソナルモビリティのcocoa motors.、自動車・ドローンなどの自動運転技術への適用が期待できる高精度GPSシステムのマゼランシステムズジャパン、ExaScaler等ビッグデータ解析やAIの進化に対応するためのスパコン・サーバーの処理・ストレージ能力を飛躍的に増大させる技術、等の発展を期待したい。

一方で、こうしたコア技術ベースのスタートアップは、従来のスタートアップに比べサービス・製品を作るまでより多額の資金が必要な傾向にあり、また顧客不在の技術志向に陥らないための経営知見や事業開発力が求められるため、インキュベーターや投資家の幅広い支援が不可欠であり、当社もスタートアップと二人三脚で事業発展に注力していきたいと思っている。

アーキタイプ

中嶋淳(代表取締役)
2015年のキーワード:AI

2016年のトレンド:(1)経理・人事・労務といった企業内業務におけるAI・SaaSモデル、(2)大箱化する既存エンタープライズ向けサービスに対抗するSMB向けサービス(ちきゅう)、(3)FinTech全般、特にAI活用モデル(AlpacaDB

DGインキュベーション

林口哲也(マネージング・ディレクター)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、FinTech、IoT

2016年のトレンド:DGインキュベーションでは日本・アメリカ・東南アジアと3つの地域で投資を行っており、「インターネット分野」という大枠はあるものの、日本においてはそれ以上あえて注力分野を絞り過ぎないようにしているため、あくまで案件毎に投資検討・実行をしています。ですが、その中でも期待しているのは「IoT」と「エンタープライズ向けクラウド」の2つの分野です。

IoTは、その定義が難しい面もありますが、アプリケーション先が豊富に見込め、2016年あたりからより普及が進むのではないかと考えています。弊社ではO2Oのプロダクトやビーコンを用いたプロダクト、センサーネットワークのソリューションなど日米で複数の投資先があります。実際に日米の投資先同士が事業連携を行ったり、日本の大手企業との共同プロジェクトを先日発表した投資先もあり、IoT分野の今後の伸びが非常に楽しみです。

エンタープライズ向けクラウドについては、例えば米国では、「クラウドとは何か」「その信頼性は」といったことを論ずるフェーズはとうの昔に過ぎ去っており、「クラウドのプロダクトを使っていかに顧客に付加価値を提供するのか」が議論の主題となっています。しかし日本はまだ米国に追いついていないのが現状ではないでしょうか。

またニーズがあるにも関わらず、日本でこの分野に取り組んでいるスタートアップの社数はまだまだ少なく、需給ギャップ=チャンスも大きいと考えています。コンシューマー向けプロダクトのような華やかさは決してないですが、渋いながらも堅調で着実な伸びが見込めるとも言えます。2016年はこういった分野には、積極的に投資を行っていきたいと考えています。

プライマルキャピタル

佐々木浩史(代表パートナー)
2015年のキーワード:シェアリングエコノミー、動画サービス、ロボット、AI、C2C、FinTech、IoT

2016年のトレンド:盛り上がるの定義を“事業が形になる”とした場合、以下のような分野が挙げます。
・ロボット/IoT分野:ハードウェアをソフトウェア的に開発する環境も整いつつあり、プレイヤーが増えることが考えられます。スマホの次のUIとしてのロボット、自動車で実践されているようなセンサー×データのサービスへの応用が、ヘルスケア分野やマーケティング分野等でも活用されていくと思います。
・動画分野:この数年間の投資が形になっていく1年と思います。
・スマホコマース:CtoCアプリを中心により活性化していくものと思います。難しいと言われているバーティカルメディア×コマース等も立ち上がってくるのではないでしょうか。
・BtoBソリューション:特定業界の既存商習慣をテクノロジーで変えていく、問題解決していくようなスタートアップが増えるのではないでしょうか。インターネット技術がコモディティ化した昨今、非IT業界からの起業が加速するものと思います。また、これまでにたまっているデータ×AIによる作業効率化等も進むと思います。

投資環境の変化を鑑みるに、トレンドやバズワードに流されることのない本質的な事業開発、やみくもな投資ではなく収益を意識した事業開発が、これまで以上に重要になってくると思います。

そのためにはグローバルで先行事例を研究し、特に失敗事例を分析することが必要になるでしょう。それを踏まえた上で自分が事業を展開する領域・業界の特性を見極め、勝ち筋を見つけたらポイントを絞って早く参入することが重要ではないでしょうか。また、バリューの高騰も落ち着くのではないでしょうか。さらに優先株やCB/CEがもっと活用も含めて、資金調達の手段も多様化すると考えられます。

日本のVCが予想する2016年のスタートアップ・トレンド(後編)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。