機械学習でマーケティングはどう変化するか? MarTech USA 2016レポート

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編集部注:この原稿はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタントの冨永裕子氏による寄稿だ。冨永氏は2つのIT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウェアの調査プロジェクト、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタントとして活動中。ビジネスとテクノロジーのギャップを埋めることに関心があり、現在はマーケティングテクノロジーを始め、デジタルトランスフォメーション領域にフォーカスしている。

コンピューターの学習能力の指数関数的な向上が、意思決定の領域に変革をもたらすことは確実である。しかし、”The Future of Employment: How Susceptible are Jobs to Computerization?” や “The Second Machine Age” といった人工知能の将来に関する著作は、学習能力を持った機械が人間を追い越し、対立することになるかもしれないという問題を提起し、先進各国で論争を巻き起こすようになってきた。

3月21日から22日かけてサンフランシスコで開催されたMarTech USA 2016でも、テクノロジー関連テーマとして、マシンラーニング(以降、機械学習)が焦点となっていた。本稿では、このカンファレンスの討議内容を基に、機械学習がマーケティングに及ぼす影響について考えてみたい。

※MarTech:Marketing x Technologyから生まれた造語

ベンチャーキャピタリストが見る次のマーケティングテクノロジー

本論に入る前に、ベンチャーキャピタリスト達が最先端テクノロジーの機械学習をどのように見ているかを紹介する。現在のテクノロジー市場の発展には、スタートアップ企業が最も必要としている資本とマネジメント人材を供給するベンチャーキャピタルが大きな役割を果たしていることは、マーケティングテクノロジーに関しても同様である。カンファレンスの最後を締めくくったセッションは、マーケティングテクノロジーに特化したスタートアップ企業を支援しているベンチャーキャピタリスト達が集まるパネルディスカッションであり、カンファレンス主催者のScott Brinker氏が司会を務めた。登壇したのは、Scale Venture PartnersのStacey Bishop氏、Foundation CapitalのAshu Garg氏、AccelのKobie Fuller氏、Shasta VenturesのDoug Pepper氏である。

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現在のマーケティングテクノロジー市場では、マルチプラットフォーム戦略を採用するベンダーがM&Aを経てより大きなプラットフォームベンダーになるシナリオと、スタートアップ企業が新しいテクノロジー領域を開拓し、プラットフォーム製品を進化させていくシナリオが同時に進行している。さらに、まだ市場に参入していない新しいベンダーが参入可能な余地も残されており、マーケティングテクノロジー市場全体で成長トレンドが継続している。大手ベンダーのマルチプラットフォーム戦略を牽引してきたM&Aは今後も継続するとの予測があり、スタートアップ企業がフォーカスする事業領域と、多くの顧客を獲得するために実施する機能アップデートは出口戦略を左右することになりそうだ。

では、マーケティングテクノロジー市場で次の台風の目になるプラットフォーム領域はどこになるか。登壇者がよく知るスタートアップ企業の中には、株式公開を予定していないにもかかわらず、飛躍的な成長を遂げている企業があるかもしれない。注目しているプラットフォーム領域について、アナリティクス、コラボレーション、ソーシャル、モバイル、コンテンツ、メディアバイイングといった様々な意見が出た。

特に、アナリティクスやコンテンツプラットフォームの進化が大きな影響を及ぼしそうだ。これらのプラットフォームは、現在のマーケティング部門が抱えている業務課題解決に直結したソリューションを提供する。マーケティング部門がもっと予測的なインサイトを得るためには、今まで以上に洗練されたアルゴリズムが必要になるし、インサイトを得るためのデータも構造化データだけでなく、ソーシャルデータのような非構造化データに多様化している。また、個人個人に最適なコンテンツ(広告も含む)を提供するには、コンテンツの種類を増やすだけでなく、ルールを定義して作業を自動化しないと、人的リソースだけではとても運用できない。このようなマーケティング部門の負担の軽減に期待されているのが機械学習である。

マーケティング業務における機械学習のユースケース

この見解と、機械学習を取り上げたセッションで議論されていた内容とディスカッションとの関連性を見てみよう。今回のカンファレンスで機械学習を取り上げたセッションは2つあり、パネルディスカッションとは独立している。機械学習は既にマーケティングアプリケーションの深層にまで入り込んでいるという指摘は双方のセッションで共通するものであり、キャピタリスト達が認識している傾向を裏付けるものでもあった。

IDCのGerry Murray氏は、コグニティブマーケティングをテーマに登壇し、コグニティブソフトウェアの定義からマーケティングへの応用領域に至るまでを解説した。「コグニティブ」という言葉からは、マーケティング業務の中でも意思決定のプロセスにフォーカスしていることが伺える。Murray氏によれば、チャットボット、レコメンデーションエンジン、リアルタイムセンチメント分析、マイクロセグメンテーション、カスタマージャーニーの可視化、アトリビューション分析などが代表的なユースケースだと言う。

また、Raab Associates Inc.のDavid Raab氏は、機械学習(Raab氏によるとマシンインテリジェンス)がマーケティングをどのように変えるかをテーマに登壇し、Marketing Technology Landscapeと同様に、マーケター向けに機械学習ソリューションを提供しているベンダーマップを提示し、適用領域を解説した。Raab氏は、5つの大分類「Strategy/Help」「Design/Help」「Design/Decide」「Data & Analytics/Help」「Data & Analytics/Decide」と23の小分類を用いて140のテクノロジーベンダーを整理した。

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マーケティング業務におけるMachine Intelligence Landscape(出典

この図を見れば、ロゴの数で特定領域の競争概況を把握することができる。また、マーケターが時間を費やす作業の種類に基づく分類をRaab氏が採用しているため、合理化できる作業領域も把握しやすい。ベンダー数が多い分野は競争が激しいが、機械学習が定着しやすい作業領域であり、「Design/Decide」「Data & Analytics/Assist」「Data & Analytics/Decide」が該当する。その反対に、ベンダー数が少ない分野は機械学習が定着していない、もしくは定着しにくい作業領域ということになり、「Strategy/Assist」「Design/Assist」が該当する。

細部を検分して気付くのは、「Personalization」「Programmatic Ads」のように、自動化すれば配信効率の向上が見込める分野だけでなく、これまでコンピューターに任せることは考えられなかった「Write Headlines」「Write Copy」「Create Web Site」「Auto Generated Campaign」などのクリエイティブな領域にまで、機械学習のサポート範囲が広がっていることだ。また、データと高度なアナリティクスのためのテクノロジーに機械学習が浸透している。データ準備のためのテクノロジーの他、「Lead Scoring」「Customer Success」「Sales Enablement」「Algorithmic Attribution」領域にプレディクティブアナリティクスが適用されるようになり、顧客を理解することや売上を増やすための意思決定をこれまで以上にサポートしてくれるようになってきた。

機械学習はマーケターにとっての敵か味方か?

では、マーケターという職種は機械に置き換わってしまうのだろうか。この疑問に対して「今のところは大丈夫」とRaab氏は断言する。ただし、マーケターの仕事のやり方は、データとテクノロジーの積極的な活用を進める過程で大きく変わっていくことになるだろう。

Raab氏が「Data & Analytics/Assist」に分類したテクノロジーは、マーケターが自分でやるには難しく、IT部門や外部のパートナーに委託していたアナリティクスの前処理にフォーカスしている。また、「Data & Analytics/Decide」に関しても、市場調査は伝統的に外部の調査会社に業務を委託してきたし、大量のデータや高度な統計知識が必要な解析にはデータサイエンティストに作業を委託している。今後10〜20年後を見据えると、アナリティクスのように、ソフトウェアとサービスの境界が曖昧な領域を機械が人間以上に支援できるのであれば、人間がこれまでサービスとして提供してきた機能が機械に置き換わる可能性は高い。その反面、マーケティング戦略立案やキャンペーン計画策定などの企業のコアコンピタンスに直結する業務を機械が担当することにはならないだろう。

その意味で、マーケターには、機械を擬人化して敵視するのではなく、パートナーとして進化するテクノロジーと協働していくシナリオが現実的に思えてくる。そして機械学習との共生を選ぶなら尚のこと、企業にはデータやテクノロジーを活用しながらも、数学的アルゴリズムに過度に依存せず、人間的側面を軽視しないマーケティング人材に投資をすることが求められるようになるだろう。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。