特別目的買収会社について知っておくべきほぼすべてのこと

Special Purpose Acqusition Company(SPAC、特別目的買収会社)をもっとよく理解しておかねばと思っているだろうか。そう考えているのはあなた1人ではない。

見当もつかないというわけではないはずだ。Paul Ryan(ポール・ライアン)氏が現在SPACを保有していることはご存じだろう。野球界の経営者であるBilly Beane(ビリー・ビーン)氏やシリコンバレーの重鎮Kevin Hartz(ケビン・ハーツ)氏も保有している。

SPACは他社の合併・買収を目的に設立される「白紙小切手会社」(blank-check companies)だ。SPACの大流行のきっかけを作ったのが物議を醸した起業家のChamath Palihapitiya(チャマス・パリハピティヤ)氏だということもご存知かもしれない。同氏は2017年に、Social Capital Hedosophia Holdings(ソーシャル・キャピタル・ヘドソフィア・ホールディングス)というSPACで6億ドル(約640億円)を調達した。その資金で最終的に英国の宇宙飛行会社Virgin Galactic(ヴァージン・ギャラクティック)の49%の株を取得した。

だがSPACは最初にどう設立され、具体的にはどう機能するのか。あなたはSPACの設立を検討すべきなのか。TechCrunchは今週、目下ほぼSPACの仕事しかしていない何人かに我々の(そしておそらくあなたの)質問をぶつけてみた。

SPACが至る所で急に芽を出し始めたのはなぜか。

Kevin Hartz(ケビン・ハーツ)氏は、人気の原因は「サーベンス・オクスリー法と従来のルートで会社を公開することの難しさ」によるところもあると述べた。同氏は2億ドル(約210億円)の「白紙小切手会社」を8月18日に株式市場にデビューさせた。その後TechCrunchが話を聞いた。

新たに上場した会社でハーツ氏と提携し、事業を担当するTroy Steckenrider(トロイ・ステッケンライダー)氏は、SPACの人気の高まりが「スポンサーチームの質の変化」とも関連していると語る。ハーツ氏のような「これまでなら従来型ファンドの立ち上げは難しかったかもしれない」人がSPACのような投資ビークルの音頭を取り始めたというのだ。

忘れてはならないのは、数千万~数億ドル(数十億~数百億円)をベンチャーキャピタルから調達したが、新型コロナウイルスのパンデミックによりIPO計画が頓挫または遅延してしまった会社が実に多いということだ。その状況から脱け出すために比較的実行しやすい方法を必要としている会社もある。その方向に会社を動かしたいと考えている投資家も多数存在する。

SPACの設立手続きはどのように始めるのか。

「従来のIPOと手続面で違いは全くない」と投資銀行であるCowen(コーウェン)で資本市場グループのマネージングディレクターを務めるChris Weekes(クリス・ウィークズ)氏は説明する。募集への関心を高めるために「ヘッジファンドやプライベートエクイティファンドなどの機関投資家とSPACの経営陣との1対1のミーティングを組み込んだロードショーが行われる」。

ロードショーが終わると、機関投資家(その中には現在多くのファミリーオフィスが含まれる)と割合としては少ない個人投資家が募集に応じることになる。

SPACを設立できるのは誰か。

株主に株を買うよう説得できる人なら誰でも設立できる。

SPACが資金を調達した後に何が起こるのか。

資金は経営陣が取得したい会社を決定するまでブラインドトラスト(受託者が運用に完全な裁量権を持つ信託)に移動される。どの投資家も対象会社がどこになるのかを知らない(少なくとも知るべきではない)ため、ユニットプライスはこの期間中実際にはあまり変動しない。

SPACの持ち分はすべて1ピース10ドルで売られているようだが、なぜか。

会計処理が簡単になるからなのか、従来そうしてきたからなのか。はっきりとはわからないが、ウィークズ氏によると、極めて少数の例外を除き、10ドル(約1060円)が常にSPACのユニットプライスだった(ユニットは通常株式とワラントの組み合わせ)。例外の1つはヘッジファンドの億万長者であるBill Ackman(ビル・アックマン)氏のPershing Square Capital Management(パーシング・スクエア・キャピタル・マネジメント)だ。同社は先月、40億ドル(約4200億円)のSPACを立ち上げ、1ユニット20ドル(約2120円)で募集した。

SPACのストラクチャーにここ数年で変化はあったのか。

あった。何年も前は、SPACがNDA(秘密保持契約)に基づき、機関投資家に交渉が決着した買収案件について伝える場合、投資家は資金をそのまま投資したままにしたいなら「イエス」、払い戻しを受けて退出したい場合は「ノー」に投票した。だが、「設立者株式」(投資家が保有する株式よりも権利内容が良い)を入手できない場合や、合併新会社に対して優遇措置が与えられない場合などに、結託して「買収取引を潰す」と脅迫することもあった。「市場ではいじめとも言えるようなこともあった」とウィークズ氏は言う。

その後、規制当局は議決権と出資払戻権を分離した。つまり、今日の投資家は「イエス」「ノー」のいずれに投票しても、資金を払い戻してもらうことができる。そのため投票プロセスはより表面的になり、ほとんどの買収取引が計画どおりに進むことになる。

ワラント(新株予約権)について聞いたことがある。

SPACのユニットを購入すると、機関投資家は通常、普通株とワラント、またはワラントの端数を受け取る。ワラントとは、その保有者に発行会社の株を後日固定価格で購入する権利を与える証券だ。基本的には、SPACへの投資意欲を高めるために加えられる「甘味料」だ。

SPACは以前よりも安全な投資になったのか。かつては最高に評判が良いというわけではなかった。

「どうしようもないフェーズはもう終わったと思う」と、国際法律事務所Orrick(オリック)のテクノロジー企業グループの弁護士であるAlbert Vanderlaan(アルバート・バンダーラーン)氏は言う。「90年代にはどうしようもない状況だと考えられていた。SPACは外国人投資家の食い物にされていた。2000年代初めになってもまだ毛嫌いされていた」。同氏は、「物事は急に元に戻る可能性もあるが、ここ数年間はプレーヤーが良い方向に変化しており、従来とは状況が大きく異なる」と指摘する。

ハーツ氏やステッケンライダー氏のような経営陣は集めた資金のうちいくらを会社で使うのか。

大まかな経験則はSPACの価値の2%に200万ドル(約2億1000万円)を加えた金額だ、とステッケンライダー氏は言う。2%で当初引受料(イニシャルアンダーライティングフィー)を概ねカバーする。200万ドル(約2億1000万円)はSPACの運営費用、すなわちSPAC設立にかかる初期費用から、法律面の準備、会計、NYSE(ニューヨーク証券取引所)またはNASDAQ(ナスダック)への申請費用までカバーする。「進行中のデューデリジェンスプロセスのための準備金にもなる」と同氏は言う。

この金額はVCが受け取るキャリーのようなものなのか。SPACのマネージャーはSPACのパフォーマンスに関係なくそれを受け取るのか。

両方イエスだ。

ハーツ氏はこう説明する。「2億ドル(約210億円)のSPACには、5000万ドル(約53億円)の『プロモート』(設立者持ち分またはそれに相当する価値)が含まれている」。しかし、「会社が業績を上げられず、たとえば1年または18カ月で半分に落ち込んだとしても、持ち分にはまだ2500万ドル(約26.5億円)の価値がある」

ハーツ氏はこれを「悪質」だと言うが、かと言って同氏とステッケンライダー氏がそれとは異なる方法でSPACのストラクチャーを決めたわけではなく、むしろまったくその通りのストラクチャーを採用した。

ステッケンライダー氏は次のように述べた。「当社は最終的に、初めてのSPACスポンサーとしてプレーンバニラ(最も単純な仕組み)のストラクチャーを採用することに決めた。投資コミュニティがSPACをできるだけ簡単に理解できるようにしたかった。パートナー企業(買収対象会社)との合併取引を行うと決めたり実際に行ったりする際に、ストラクチャーの経済性について再交渉すると思う」

2億ドルのSPACは、ほぼ同額の価値の企業を買収するつもりなのか。

違う。法律事務所のVinson&Elkins(ビンソンアンドエルキンズ)によると、対象会社の規模に上限はなく、下限があるのみだ。下限はSPACトラストに預けた資金の約8割だ。

実際、設立者が保有する株式とワラントへの希薄化の影響を減らすため、SPACがIPOで得た資金のの2〜4倍の規模の会社と合併するのが一般的だ。

ハーツ氏とステッケンライダー氏のSPAC(会社名は「one」)の場合、「2億ドル(約210億円)の投資ビークルの約4〜6倍の規模の会社を探している」とハーツ氏は説明する。「つまりだいたい10億ドル(約1060億円)前後ということになる」

パートナー企業がSPACより何倍も大きい場合、残りの資金はどこから調達するのか。

PIPEで調達する。SPAC同様、従前から存在する制度であり流行の波がある。これは文字通り「private investments in public equities」(上場会社による私募増資)であり、経営陣が合併したい会社を決定するとSPACに資金が注入される。

機関投資家が個人投資家とは異なる扱いを受けるのはここだ。そのため、業界を注視する者の中にはSPACを警戒する向きもある

具体的に言えば、SPACの機関投資家(おそらくSPACにまだ投資していない新しい機関投資家も同じ)は秘密保持契約に基づき、世間に知れ渡る前に買収対象を知ることができる。その情報に基づき、PIPE取引による追加出資を行うべきか判断することになる。

情報の非対称性は不公平に思える。ただ機関投資家は情報の取扱いについて制約を受けるだけでなく、最初の企業結合が公開されてから少なくとも4カ月間は株の取引も制限される。暗闇に放置された個人投資家は、いつでも自分の株を取引することができる。

SPACがこれらの全てを完了すべき期間の制約は。

場合によるが標準的には約2年間だ。

決められた期間内に完了しない場合はどうなるのか。

資金は株主に返還される。

パートナー企業が特定され、合併に合意した後、合併が実際に起こる前のフェーズを何と呼ぶか。

これは「De-SPAC」プロセスと呼ばれる。この段階で、SPACは株主の承認を得る必要があり、その後SECによるレビュー及びコメントの期間に入る。De-SPACプロセスは全体で12〜18週間かかる。

直線コースの最後を目指し、バンカーは従来のロードショーのスタイルで新しい営業チームを引き連れ、業界をカバーするアナリストらにストーリーを伝え始める。合併新会社のお披露目の後も市場で需要を引き付け、株主に会社への関心を持ち続けてもらうためだ。

パリハピティヤ氏やハーツ氏のようにベンチャー業界出身者がもっとSPACを始めるようになるだろうか。

インベストメントバンカーであるウィークズ氏は、SPACのスポンサーになることへのベンチャーキャピタリストの関心は低下しており、ポートフォリオ企業をSPACに売却することへの関心は高まっていると語る。「ほとんどのベンチャーキャピタルは通常、どちらかと言えばアーリーステージの投資家であり、非公開市場の投資家だ。一方、プライベートエクイティファンド、ヘッジファンド、ロングオンリーのミューチュアルファンドなどからの関心が全体的に高まっている」

ハーツ氏が関わればそれは変わるかもしれない。「我々は今シリコンバレーであらゆるファンドと話している。ベンチャーファンドを教育することだけを考えている」と同氏は語る。「多くの要望が寄せられた。著名なベンチャーキャピタリストであるBill Gurley(ビル・ガーリー)氏を直接上場の擁護者からSPACの擁護者に早急に転向させるつもりだ」

ところで、ハーツ氏のSPACがすでに念頭に置いている特定の買収対象(ターゲット)はあるのか尋ねると、ハーツ氏は「ない」と答えた。同氏は「ターゲット」という言葉にも問題があると考えている。

「我々は『パートナー企業』という言葉を好む」とハーツ氏は言う。ターゲットという言葉は「まるで誰かを暗殺しようとしているかのようだ」と付け加えた。

カテゴリー:ニュース

タグ:SPAC 買収 / 合併 / M&A 投資

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(翻訳:Mizoguchi

投稿者:

TechCrunch Japan

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