米国にソフトパワーもたらす大手テックが逆に国の影響力を弱めていないか?

TechCrunch Global Affairs Projectとは、ますます複雑に絡み合うテクノロジー分野と世界政治の関係性を検証するためのプロジェクトである。

約30年前、政治学者Joseph Nye(ジョセフ・ナイ)氏は、国家が軍事力のような「ハード」パワーを行使するだけはでなく「ソフト」パワーも行使することを提唱し、慣例を覆した。ソフトパワーとは「ある国が自国の望むものを他国に求めさせるときのもので【略】自国の望むものを他国にさせるハードパワーや命令パワーとは対照的である」とナイ氏は記している。

言い換えれば、ソフトパワーは、勢力ではなく誘引力による統治である。文化的、経済的、科学的、道徳的影響力の大きい国々は、その影響力を実質的な利得に変換し「彼らの重みを超えて効力を発揮する」とその理論では述べられている。これには、銃、兵士、軍需品以外のすべてが含まれる。エリザベス2世は、リアーナがそうであるように、ソフトパワーのオールスターである。ハリウッドや寿司、ルイ・ヴィトン、コパカバーナビーチもそうであろう。

ブロードウェイ、マイケル・ジョーダン、ハーバード、スターバックスのような存在は、長きにわたって、伝統的手段によるスーパーパワー(超大国)の米国をソフトパワーの国にもしてきた。しかし、近年の米国のソフトパワーの多くは、私たちのテクノロジーの創造性に起因している。つまるところ、テクノロジー業界の最大手であるAmazon(アマゾン)、Facebook(フェイスブック)、Google(グーグル)は米国の企業である。世界の富裕層はほぼ例外なくiPhone(アイフォン)を使っており、世界のトップ企業たちがMicrosoft Windows(マイクロソフト・ウィンドウズ)を使用している。ナレンドラ・モディ首相からローマ法王まで、世界のリーダーたちはTwitter(ツイッター)やInstagram(インスタグラム)を使ってフォロワーにリーチしている。

世界のOSは、いわば米国のOSだ。つまり、世界の大部分が、言論の自由、プライバシー、多様性の尊重、地方分権といった米国の価値観に基づいたテクノロジーを基盤に生活しているということである。

一方、シリコンバレーは米国にとって最大の海外向け呼び物かもしれない。ソフトウェア労働者の40%もが移民である。Google、Tesla(テスラ)、Stripe(ストライプ)はいずれも移民出身の創業者だ。筆者は10年前にスタンフォード大学に通っていたとき、訪問代表団の果てしない行進を目の当たりにした。ドイツ人もオーストラリア人も、ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領でさえも、同じ問いに対する何らかの考えを携えてやって来た。シリコンバレーを自国でどう再現するか?

米国の政治家たちは、テックセクターが米国の最も優れた輸出品の1つであるという当を得た指摘を繰り返してきた。しかしそれが永遠の勢力ではなくなったらどうなるだろうか?ソフトパワーが実際に逆転し、国の影響力を弱めることはあり得るだろうか。

結局のところ、テクノロジーの有害な外部性は十分に裏づけられている。インドのフェイクニュース扇動が見られたミャンマーのジェノサイド(大量虐殺)、英国のISISプロパガンダなどだ。欧州は、Apple(アップル)やGoogleなどのテック大手が税金を回避し、プライバシーを侵害していることで追撃しており、英国ではAmazonが従業員による人権侵害で非難されている。そして、テクノロジーが子どもたちや10代の若者たちに及ぼす不健康なインパクトは、当然ながらますます厳しく精査されるようになっている。

関連記事:米国会議員がSnap、TikTok、YouTubeに対して子供と安全に関する公聴会を開催

テクノロジーとハードパワーの結びつきが強まり、米国の覇権がテック大手に大きく依存するようになる中、ワシントンには難題が投げかけられている。ナイ氏が2012年に提言したように「信頼性は最も乏しい資源」であるなら、米国は、テック企業にまつわる有害な行為(および評判)の数々とUSAというブランドを切り離すことができるのだろうか。

この全体的な状況は、2021年10月末から11月にかけてグラスゴーで閉幕されたCOP26気候変動交渉を思い起こさせる。多くが主張するように、豊かな国がエネルギー会社の行動に対して責任を負うのではないか。賛否両論ある問いだが、1つ確かなことは、Exxon Mobil(エクソン・モービル)はもはや米国のイメージを磨くことはないということだ。実際、気候変動の経済的コストはますます価格付けされるようになっており、それは資産よりも負債である可能性が高い。

巨大石油企業とは異なり、米国のテック産業は文明の危機を引き起こしてはいない。彼らのプロダクトは一般的に有用であると認識されている。こうした企業は大規模な経済活動を生み出してきた。そして正の外部性を有している。それほど仮説的ではない例を挙げると、AppleのiPhoneは人権侵害の記録に使われており、それらはAlphabet(アルファベット)のYouTube(ユーチューブ)に投稿され、Meta(メタ)のFacebookとWhatsAp(ワッツアップ)で共有されている。

だが米国のテック企業が他の国々における憎悪や暴力を助長すれば、彼らは米国に対して良くない印象を抱く。もし米国が彼らの満足感に浸ろうとしているなら、自分たちの評判以外の理由がなければ、彼らの欠点についても責任を負うべきであろう。

もちろん、ビッグテックを服従させようとするワシントンの政治家には事欠かない。バイデン政権は、数多くの規制措置に関する同盟国との調整に精力的に取り組んでいる。議会やFCC(連邦通信委員会)、FTC(連邦取引委員会)などの機関は、意味のある反トラスト法訴訟を起こす構えだ。

関連記事:巨大テック企業を規制する米国の新たな独占禁止法案の方針

こうした動きは、最近のG20での世界的な法人税協定のような広範な改革と同様に、企業の濫用を改善する上である程度の効果をもたらす。しかしながら、規制の取り組みが米国の消費者保護に焦点を当てているのは当然であるにしても、海外で実際に被害を受けている人々の生活に対しても何らかの責任を負うべきである。

それはどういうものになるだろうか。例えば、反トラスト調査では、海外市場におけるテック企業の独占が調査対象になり得る。米国の言論の自由に関する基準は全面的に適用されるものではないかもしれないが、規制当局は、まず外国語によるコンテンツの節度向上を図り、米国のテック企業に対し貧しい海外市場にも国内同様の注意を払うよう促すことが考えられる。彼らはまた、外国市場におけるより地域的に繊細なルールの採用を検討すべきである(一方で、いずれの担当者の入札も避けるべきである)。

さらに各国政府は、テック大手と協力して、そのプロダクトがどのように使われているかについての情報を共有すべきであろう。有機的に悪影響を及ぼしたり、外国の当事者によって悪意を持って使われたりすることに関するものだ。現地の米国の外交官は、定期的にテック企業の幹部に彼らのプロダクトの現地へのインパクトについて伝え、より害の少ない政策を提案できるかもしれない。FacebookがOversight Board(監督委員会)で行ってきたように、より多くの形態の外部監督による検証が必要になるかもしれない。少なくとも、現在エチオピアで起きているように、米国のテクノロジーが新たな危機や進行中の危機を煽ることがないよう、積極的に協働することはできるだろう。一方で米国は、人権侵害に関与する企業に制裁を加えるために、自国のエンティティリストをより積極的に利用することをためらうべきではない。

企業が主体的にできることも多くある。LinkedIn(リンクトイン)の名誉のために言っておくと、自社のプラットフォームに対する検閲の増加に直面した際、中国でのビジネスを停止した。圧力を受け、同プラットフォームは自らの(リベラルな)価値があまりにも重要であり、それを犠牲にすることはできないと判断したのだ。反体制派のユーザーデータを中国当局に引き渡してから14年を経たYahoo(ヤフー)も同様に、中国でのビジネスから撤退している。またテック企業の従業員も声を上げるべきであろう。多くの人が、自分たちの会社とペンダゴン(国防総省)やその他の国家安全保障機関が協力していることに対し、異議を唱えてきた。それを超えないまでも、権威主義的な政府との仕事には批判的であることが求められる。

テック企業は自分たちが考える以上の力を持っている。彼らは、非民主的な政府によるコンテンツの検閲、反体制派へのスパイ活動、民主主義活動家へのテクノロジーの提供拒否などの常軌を逸した要求の実行を放置することで、元来米国のテック企業を魅力的なものにしている魔法を弱めてしまう危険を冒すことになる。米国企業がすでに行っている自己検閲(最後に中国を否定的に描いた映画があったのはいつ頃だろうか?)を考えると、私たちは皆、より劣ってきている。自己検閲されたテクノロジーの輸出は、指数関数的に悪い方へ進む可能性がある。

テック系のエグゼクティブたちは近年、愛国心を背景に自分たちの会社(とその独占状態)を擁護する方向に向かっている。しかし、テクノロジーが誤ると、不快な映画を作るよりもはるかに有害となる。政策立案者は、米国のテック企業がワシントンに好意的な態度を期待しているのであれば、彼らは自らの言葉の責任を果たし、彼らの行動がいかに米国の利益や価値を直接損なうかについて熟考すべきであることを、明確に示す必要がある。彼らは、テクノロジーの評判が米国のものでもあることを認識しなければならない。

編集部注:本稿の執筆者Scott Bade(スコット・ベイド)はTechCrunch Global Affairs Projectの特別シリーズエディターで、外交問題についての定期的な寄稿者。Mike Bloomberg(マイク・ブルームバーグ)の元スピーチライターで、「More Human:Designing a World Where People Come First」の共著者でもある。

画像クレジット:

原文へ

(文:Scott Bade、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。