経験や直感よりデータ、人材採用に広がるデータ・ドリブンなアプローチ

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編集部注:この原稿は鈴木仁志氏による寄稿である。鈴木氏は人事・採用のコンサルティング・アウトソーシングのレジェンダ・グループのシンガポール法人の代表取締役社長を務めていて、シンガポールを拠点にクラウド採用管理システム「ACCUUM」(アキューム)をシンガポールと日本向けに提供している。

企業の人材採用活動において経験値や感覚値に頼るだけでなく、データ分析に基づいて採用を行う企業が増えてきている。アメリカでは、データ分析に基づいて採用活動のPDCAを回す「データ・ドリブン・リクルーティング」という概念が確立されていてソリューションも多く存在する。私自身がデータ・ドリブン・リクルーティングについて話す際に例として使う、映画「マネーボール」を交えながら、アメリカのソリューションを中心に紹介したい。

「マネーボール」は米国メジャーリーグベースボールでの実話を基にしている。主役であるオークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーンが、データに基づく選手分析手法「セイバーメトリクス」を用いて、当時資金もない弱小チームを2002年にはア・リーグ記録の20連勝を達成するチームに育てるというストーリーだ。TechCrunch Japan読者でこの映画を観た人は、「データ分析 x ベースボール」という部分に少なからず興味をひかれたのではないだろうか。

「マネーボール」の舞台となったアメリカでは、様々な領域においてビッグデータ活用が謳われており、ここ数年は人事にもビッグデータを活用するのは当たり前という風潮になってきている。それに伴い、データ・ドリブン・リクルーティングという言葉も頻繁に使われるようになってきた。

採用プロセスは細分化すればきりがないのだが、一番シンプルにするとこんな感じだろうか。

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上記の採用プロセスの順に、データ・ドリブン・リクルーティングについて説明したい。

必要な人を決める

「探す/集める」という行為の前には、必要な人を決める(リクルーターたちは”求める人物像の策定”と呼んだりする)必要がある。社内のハイパフォーマーを特定して共通する特徴を分析したり、成功するために必要なスキルや経験を明文化したりすることだ。カルチャーフィットなど含め、社内ディスカッションなどで定性的に行われる部分もあれば、人事システムのタレントマネジメントモジュールやアセスメントツールなどを活用して定量的に行われることも多い。

「マネーボール」では、「セイバーメトリクス」という選手をデータで分析する手法が用いられる。これはアメリカ人野球ライター・野球史研究家・野球統計家であるビル・ジェームズらによって提唱された分析手法で、主観的・伝統的な評価軸ではなく客観的・統計的に選手を評価するものだ。例えば投手の評価においては、当時は伝統的に重要とされていた防御率は野手の守備力の影響をうけるため純粋な投手の力ではないとし、被ホームラン数、奪三振数、与四球数などを重要視する。ビル・ジェームズがこのような指標をもとに上原浩治投手を高く評価し、アドバイザーを務めるボストン・レッドソックスに獲得を強く勧めた話は有名だ。

例えば「マネーボール」では、資金難を理由に放出せざるをえないジェイソン・ジアンビやジョニー・デイモンといった2001年シーズンのスター選手の穴をどう埋めるかについて、ブラッド・ピット演ずるGMビリー・ビーンが「セイバーメトリクス」を信じない古株のスカウトマン達と議論しているシーンがある。2001年のオークランド・アスレチックス選手の年俸総額は約3380万ドル(30チーム中29位)、選手一人当たり平均にしても125万ドルと、総額・選手平均ともにダントツ1位のヤンキースの3分の1だった。その中で、超主力選手だったジアンビ(年俸710万ドル)とデイモン(同410万ドル)は、2人だけでチーム年俸総額の3分の1をしめていたのだ。

2001年に38本のホームランを打ったジアンビの代わりに同じタイプの選手を探しているスカウトマン対して、GMビリーは主要3選手の出塁率を平均すると3割6分4厘(0.364)であることから、出塁率が0.364の選手を3人探して穴を埋めろと指示を出した。スカウトの勘・経験やプレイヤーの体格といった定性的な視点はもちろん、ホームラン数や打率といった従来信じられていたKPIに頼ることを否定し、チームが勝つために必要なプレイヤーは出塁率や長打率などの高い選手であるという結論を導き出し、それに基づいてトレードやドラフトリスト作成の基準を決めたのだ。

探す/集める

求める人物像が決まったら、それを集めるのはリクルーターだ。リクルーティングにおいて、求人サイトやソーシャル・リクルーティング・サービスなどに代表される「探す/集める」領域は、サービスプロバイダーが一番多い部分といえるだろう。探す/集めるの領域のプレイヤー数が多い理由の1つは、1社につき1システムしか導入することのない採用管理システムなどの業務サポートシステムとは違い、メディアとして1社が複数利用することが多く、市場が大きいということがあるのだろう。全国求人情報協会発表のデータによると、2014年は年間540万件の求人がネット求人サイトに掲載された。求人サイト利用による1人当たりの採用コストは幅が広く(中途正社員採用:20万円〜150万円程度、新卒採用:100万円〜300万円程度、パート・アルバイト採用:2万円〜100万円程度)、掲載無料&成功報酬モデルもある。仮に平均単価が10万円としても5000億円を超える市場規模がある。

掲載型の求人広告とは少し異なるアプローチで、ダイレクト・ソーシングとも呼ばれる「探す」という行為もある。このアプローチでは、Linkedinのようなデータベースを活用することも可能だが、アメリカでは「People Aggregator(人の情報収集システム)」なども注目されており、EnteloやMonsterに買収されたTalentBinなどが有名だ。「Google for Jobs」(求人版のGoogle)と言われるIndeedがあれば、このようなサービスは「Google for Talent」(タレント版のGoogle)と呼ばれたりする。Enteloのサービスは検索した個人のEmail、Facebook、Twitter、LinkedIn、あるいはエンジニア向けサイトで個々人の技術スキルも分かるGitHub、StackOverflowなどの様々なサービスのアカウントをEntelo上でまとめるだけでなく、「現職への転職から24カ月目の節目は転職率が高い」とか「LinkedInのプロフィールを更新してから一定期間は転職率が高い」といったソーシャルシグナルの分析に基づく独自アルゴリズムによりターゲット人物をランキングしたり、その個人の各種サービス利用頻度などから直接連絡を取るのにベストな手段をサジェストしたりする。この辺りは「マネーボール」の中で、GMビリーが他球団と電話でトレード交渉を進める横で、GM補佐であるイェール大学卒業のピーター・ブランドが、ラップトップでデータを見ながらトレードで取得すべき選手の名前を次々に挙げていくシーンなどが思い浮かぶだろう。

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そして「集める」という行為をデータ・ドリブンで行うには、現状のチャネル分析や候補者行動分析などの小さなPDCAを常に繰り返し実行する必要がある。エクセルやグーグルフォームでなく、 採用管理システムを上手く活用してリアルタイムにデータ分析を行うことが重要となる。チャネル毎の応募数や採用数だけでなく、利用デバイスやブラウザなども分析することでポジション毎に最適なチャネルを選ぶことができる。この領域にはJobviteを中心に、JibeGreenhouseSmartRecruitersなど2500万〜5500万ドルを調達して注目されているアメリカ発のサービスが多く、当社が提供するクラウド採用管理システム「ACCUUM(アキューム)」もこの領域でサービスを提供している。これらの採用システムに共通するコア機能としてはATS(Applicant Tracking System)と呼ばれる応募者管理機能があり、ウェブサイトや人材紹介会社からの候補者を一元管理しチャネル分析などを行えるが、それ以外のマネタイズの方法は各社異なる。例えばJobviteは後述するビデオ面接機能を最近強化して選考側を強化している一方、SmartRecruitersは管理画面からIndeedやLinkedInなど外部求人サイトへ簡単に掲載させる機能により母集団形成側を強化している。OracleのTaleoやSAPのSuccessfactorsなど大規模人事管理システムではこのような機能は、MultiPostingなどとAPIで連携しているケースが多いが、採用管理システムではこのような機能も自前で持つところが増えてきている。こういったサービスを活用すれば、採用企業は、いくつもの外部サービスにログインして一つひとつ求人情報の掲載をしなくて済む。のみならず、今後は外部サイトに簡単に掲載できるだけでなく、ビッグデータ分析によって職種毎に使うべき求人サービスをサジェストする機能なども強化されていくことだろう。

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前述の求人サイトの掲載価格は、アメリカの求人サイトMonsterが1職種月額5万円以下(375米ドル)、東南アジアで強いJobStreetが1職種月額1万円以下(100シンガポールドル)であることを考えると、日本の求人掲載料はまだまだ高い。無料掲載のビズリーチのスタンバイや、月額3万円から職種数無制限で掲載できるウォンテッドリーなどが市場に変化を与えているが、自社の応募データを分析して、データ・ドリブン・リクルーティングで自社に合ったチャネル戦略を立てることにより、採用単価や採用スピードを改善できる余地は大きい。

選ぶ

「探す/集める」の次は「選ぶ」ステップになる。この領域において注目されているリクルーティングサービスの1つがビデオインタビュープラットフォームのHireVueだ。既述の通りJobviteなどが追加機能として提供するだけでなく、GreenJobInterviewSparkHireなどスタンドアローンのサービスも多いが、9200万ドルを調達しているHireVueがプロダクトとしてもクライアントベースとしても抜きん出ている印象だ。サービスがスタートした当初の質の低いSkypeといった印象から大きく進化を続け、今では総合的な採用プラットフォームになっている。その強みのコアは、やはりビデオインタビュー部分だ。Fortune 500 企業などを含む500社以上のユーザー企業を誇るHireVueによると、平均して1ポジションに約100名の応募があるが、そのうち面接の機会を与えられるのはたったの6人だという。ビデオ録画機能を使ってより多くの候補者に質問に答えさせ、面接での質問に対する300万件以上の候補者の発言などの分析をもとにしたHireVue独自のアルゴリズムで、やる気・情熱・感情・性格などを予測する。履歴書や職務経歴書だけで100名から6名に絞り込むよりも、より正確に企業やポジションに合った候補者を選ぶことが可能という。

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GMのビリーがニューヨーク・ヤンキースからデイビット・ジャスティスという選手の獲得を提案した時、年齢による衰えから2001年シーズンでは打率はピーク時の0.329から0.241まで落ち、ホームラン数は41本から18本に落ちていること、そして足の故障や守備のまずさなどを理由にスカウト達は猛反対をした。ただし、既述の出塁率が0.333と目標値に近く、また、年俸700万ドルの半分をヤンキースが負担するという好条件もあり、アスレチックはジャスティスを獲得した。従来のKPIだけで見ていたら獲得リストにも載っていなかった選手だが、GMビリーとGM補佐ピーターのアプローチによって選ばれた選手の一人だ。

口説く

最後は当然「口説く」ことが必要になる。私の知人が経営する会社では、本年度は特に採用が最重要課題であるという理由から、会社のトップセールスを1年間限定でリクルーティングの責任者においた。最近は日本でもこのようなケースが見られるが、アメリカではマーケティングや営業のスーパースターをリクルーティングチームに移すことは珍しいことではなくなってきている。もちろんただ単にコミュニケーション能力があるというだけの話ではない。口説く相手が100人いれば100通りの異なるストーリーを考えることが必要になるからだ。

映画の最終的な脚本ではカットされてしまっているが、出回っている英語版の脚本ドラフトで印象に残るシーンがあった。GMのビリーとGM補佐のピーターが、一塁手のスコット・ハッテバーグと話しているシーンだ。ハッテバーグは怪我によりキャッチャーとしてのキャリアを捨てざるを得なくなり、スカウト達が獲得を反対した選手の一人だ。この選手を一塁手にコンバートして獲得するというオファーを出したのだが、 実はハッテバーグ本人ですら何故アスレチックスがそこまで興味を示したのか、分からずにいた。入団後になるが、本人の過去のバッティングデータからストライクやヒットの多いゾーンについての傾向を教えると、本人はなるほどという反応を示す。次に、打席平均の相手ピッチャー投球数の4球という数字は、バリー・ボンズやジェイソン・ジアンビといった超一流打者の5球という数字には及ばないものの非常に良い数字であり、相手ピッチャーを疲れさせるためには非常に重要であるという根拠とともに「One of the reasons why we love you.(僕たちが君を高く評価する理由のひとつだ。)」と伝えると、この数字の重要性に気付いていなかったハッテバーグも、驚きをもって興味を示す。

情熱やフィーリングはもちろん重要だが、ビリー・ビーンの様にリサーチデータを基に候補者一人ひとりに合わせたストーリーで口説けるようになることもリクルーターとして重要なスキルの1つであり、そのためにはいくつかのソリューションを使いこなすことも必要だろう。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。