製造業のアナログな購買業務をITで変革、元キーエンスの起業家が作った「RFQクラウド」

「元々新卒で入社したキーエンスで、営業として主に中部地方の自動車関連メーカーを担当していた。当時実際に体験したのが、同じ企業でも工場や部門、担当者が変わるだけで同一製品が違う価格で売れるということ。そこにずっと違和感を感じていたからこそ、今の事業を立ち上げた」

そう話すのは、テクノロジーを用いて製造業の課題解決に取り組むA1A代表取締役社長の松原脩平氏だ。

松原氏が着目したのは製造業において競争力の源泉となる“モノの仕入れ”の領域。従来各社の購買調達部門が担ってきたが、多くの担当者が「購入品目の価格が妥当なのか、そもそも最適な価格はいくらなのかがわからない」という共通の悩みを持っているという。

その解決策となるのがA1Aの開発する購買調達部門向けの見積もり査定システム「RFQクラウド」だ。本日3月12日にβ版がローンチされた同サービスは、煩雑な見積プロセスをクラウド上で完結させる仕組みを通じて「価格の透明化」を実現し、最適価格での購買と担当者の業務効率化を支援する。

100社にヒアリングした結果を集約したプロダクト

一般的に製造業の購買担当者は適切な価格でモノの仕入れを行うべく、数社のサプライヤに見積を依頼した上で明細や図面の内容を精査し、類似品と比較した後に発注先を決定する。この業務は高度な専門性と経験が求めらる一方で、現在もアナログ的な要素が多く効率化が進んでいない。

結果として「個別品目ごとに十分な見積査定を実施できていないという企業が多いのが実情」(松原氏)なのだそう。担当者間で見積のデータが共有されていないため、業務が属人的になったり、ブラックボックス化したりといった課題もある。

「プロダクトを立ち上げるにあたって約100社にインタビューを実施したところ、各担当者が似たようなことを言う。そもそも製造業は部品がものすごく多く、車だと3万点ほど。1人あたりが数百〜数千の取引先を持ち、膨大な品目数を担当している。ただでさえ各見積の項目数が多いことに加え、サプライヤごとにフォーマットもバラバラでどうしようもない状況に陥っている」(松原氏)

A1Aが購買担当者にヒアリングをした中で見つかった代表的な課題

RFQクラウドでは見積査定に必要な情報をデータベース化することで、これらの課題を解決する。

複数のサプライヤの見積を横並びで比較できるように情報の粒度を統一し、クラウド上に蓄積。データを貯めていくことで、簡単に過去の見積とも比べられる環境を整える。加えてエクセルとメールが主流だった一連の業務フローをクラウド上で行うことによって、属人化を解消するとともに工数の大幅削減も実現する。

大雑把に紹介するとRFQクラウドはそんなプロダクトだ。A1Aではこのサービスを購買担当者の使用ID数による月額課金モデルで展開する計画。1IDあたりの料金は月額2万円からだ。

見積プロセスをクラウド上で完結させ、価格を透明化

ここからは同サービスの特徴的な機能をもう少しだけ詳しく紹介していきたい。

まず複数の見積を比較する上でボトルネックになっていた「見積フォーマットや項目がサプライヤごとに異なる」問題を解決するために、“バイヤー指定統一フォーマット”を取り入れているのがポイントだ。

そもそも従来は見積をサプライヤ側から提出するのが一般的だったため、フォーマットにズレが生じていた。RFQクラウドでは見積プロセスをバイヤー(購買担当者)起点に置き換え、同一のフォーマットを複数のサプライヤに送付することで、戻ってきた見積をそのまま比較できるようにする。

見積の回答をシステム上で受け付けることにより、各社ごとにメールのやりとりを何往復もしたり、送られてきた見積の内容をエクセルなどに転記する手間もない。フォーマットの項目はカスタマイズできるので、自社にとって必要な項目を効率よく把握することが可能だ。

また、これまではフォーマットがバラバラだったり、見積データのファイル形式が紙やエクセル、PDFなど異なっていたため過去の見積と比べるのも難しかった。RFQクラウドの場合は各社の見積が同じ形式でクラウド上に貯まっていくので、見積データベースが自動で構築されるようなイメージに近い。

松原氏いわく「価格の妥当性を見極めるには、相見積もりだけでは不十分。過去の見積と比較することも非常に重要」なのだそう。同サービスは一度データベースを作ってしまえば、明細検索機能や抽出したデータの横並び比較表示機能を通じて、複数社の見積や過去のデータを簡単に参照できるのがウリだ。

これらの特徴に加えて、見積プロセス全体をクラウド化することで、属人化しがちだった工程やブラックボックスとなっていた部分がクリアになる。出し直しなどにかかる余計な工数を大幅に削減できる利点もあり、テスト的にクローズドで提供していたα版の導入企業では見積査定工数が1/5程度に短縮された例もあるという。

「購買担当者は原価を何パーセント下げたかをKPIとしていることが多く、とにかく原価を下げたいという思いが強い一方で、これまでは下げる材料がなかった。自分たちは業務効率化が主目的ではなく、あくまで原価を下げることにコミットしている」(松原氏)

売り上げの規模が大きい企業ほど、わずか1%の原価の変動でも業績に多大な影響を及ぼす。だからこそ最適価格での購買をサポートするシステムには明確なニーズがあるようで、β版についてもすでに大手企業を中心に約20社での導入が決まっているという。

ゆくゆくは「企業間取引」を支えるプラットフォームへ

A1A代表取締役社長の松原脩平氏

冒頭でも触れた通り、松原氏はキーエンスの出身。同社を経てコロプラの子会社であるコロプラネクストでベンチャーキャピタリストとして働いた後、2018年6月にA1Aを創業している。

RFQクラウドの原案となるアイデアはキーエンス時代から考えていたそう。2018年7月にはBEENEXT、PKSHA Technology、コロプラネクスト及び複数名の個人投資家から5300万円の資金調達も実施し、プロダクトの開発を着々と進めてきた。

松原氏によると、購買担当者向けの既存プロダクトとしては大手Sierが手がける「発注システム」がメインとなるが、その前段階の「サプライヤの選定から見積依頼・査定、発注先の決定」に至るプロセスを最適化するようなソリューションはほとんどなかったという。

一部の発注システムベンダーはオプションとして発注前のプロセスに対応した機能も提供するが、これは発注システムの拡張機能として利用するのが基本。これまでオンプレ型のシステムが中心だった市場にSaaS型のプロダクトとして挑む格好になり、コスト面や導入ハードルの低さでも大きな違いがあるということだった。

A1Aでは今回紹介したようにRFQクラウドを通じて「価格の透明化」を進めていくが「これはあくまでファーストステップにすぎない」(松原氏)とのこと。次のステップでは価格以外の軸で取引の妥当性を評価できる機能のほか、サプライヤ企業向けの機能も提供していく方針。最終的にはシステム上でバイヤー企業とサプライヤ企業の最適なマッチングをサポートする「企業間取引プラットフォーム」を見据えている。

「もともとA1Aという社名も『B2B取引をワンランク上にしたい』という思いからきたもの。バイヤー向けの見積査定システムから始めることで、1社のバイヤーに紐づく数百〜数千のサプライヤーをサービス上に巻き込めるというメリットもある。まずは企業間取引の入口である『見積』のデータ化を通じて最適価格での取引を支援しつつ、ゆくゆくはB2B取引の基盤となるプラットフォームを目指していきたい」(松原氏)

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TechCrunch Japan

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