開発期間も費用も短縮させるAI創薬プラットフォームのInsilico Medicine、大正製薬も協業

医薬品開発と創薬のためのAIベースのプラットフォームInsilico Medicine(インシリコ・メディスン)は現地時間時間6月22日、2億5500万ドル(約282億円)のシリーズC資金調達を発表した。この巨額のラウンドは同社の最近のブレイクスルーを反映している。そのブレイクスルーとは、AIベースのプラットフォームが病気の新たなターゲットを生み、その問題を解決するためにオーダーメードの分子を開発し、臨床試験プロセスを開始できると証明したことだ。

また、このラウンドはAIと創薬が引き続き投資家にとって特に魅力的であるという別のサインでもある。

Insilico Medicineは、1つの前提を中心に据えて2014年に創業された香港拠点の会社だ。その前提とは、AIがアシストするシステムが治療法のない病気のための新規創薬ターゲットを特定して新しい治療法の開発をアシストし、ゆくゆくはそうした治療法が臨床試験でどのような成果をあげるかを予想できるというものだ。Crunchbaseによると、同社は以前5130万ドル(約57億円)を調達した。

創薬を促進するためにAIを使うというInsilico Medicineの目標は特に目新しいものではないが、同社が実際に試験予知の初めから終わりまでを通じて新薬発見を実際に達成できるかもしれないことをうかがわせる、いくらかのデータがある。2020年に同社は特発性肺線維症という、肺の中の小さな気嚢が傷つき呼吸が困難になるという病気のための新薬ターゲットを特定した。

2つのAIベースのプラットフォームはまず可能性のある20のターゲットを特定し、そこから1つに絞った。そして動物実験で有望性が認められた小分子治療をデザインした。同社はFDA(米食品医薬品局)に新薬治験の開始届を提出しており、2021年後半あるいは2022年初めに臨床試験を始めることを目指している。

しかしここで注目すべきは薬ではなく、そのプロセスだ。プロジェクトは、通常複数の年にまたがり数億ドル(数百億円)もかかる前臨床医薬品開発のプロセスを期間18カ月、費用約260万ドル(約2億9000万円)に圧縮した。それでも創業者のAlex Zhavoronkov(アレックス・ザボロンコフ)氏は、Insilico Medicineの強みが主に前臨床医薬品開発を加速させたりコストを削減したりすることだとは考えていない。主な魅力は創薬における推測の要素をなくすことにある、と同氏は示唆する。

「現在当社はIPF(特発性肺線維症)だけでなく、16の治療に関する資産を持っています。それは間違いなく人々を驚かせました」と同氏は語る。

「成功の確率がすべてです。すばらしい分子で正しいターゲットを正しい病気につなげることに成功する確率は極めて低いです。当社がIPFやまだ話せない他の病気でそれを行うことができるという事実は、一般的にAIにおける自信を高めます」。

部分的にはIPFのプロジェクトとAIベースの創薬をめぐる熱狂によって展開された概念実証によって支えられて、Insilico Medicineは直近のラウンドでかなり多くの投資家を引きつけた。

ラウンドはWarburg Pincusがリードし、Qiming Venture Partners、Pavilion Capital、Eight Roads Ventures、Lilly Asia Ventures、Sinovation Ventures、BOLD Capital Partners、Formic Ventures、Baidu Ventures、そして新規投資家が参加した。新規投資家にはCPE、OrbiMed、Mirae Asset Capital、B Capital Group、Deerfield Management、Maison Capital、Lake Bleu Capital、President International Development Corporation、Sequoia Capital China、Sage Partnersが含まれる。

ザボロンコフ氏によると、このラウンドには4倍の申し込みがあった。

2009年から2018年にかけてFDAによって承認された63の薬にかかる2018年の研究で、薬をマーケットに投入するのに必要なR&D投資の中央値は9億8500万ドル(約1090億円)だったことが明らかになった。この額には失敗に終わった臨床試験の費用も含まれる。

そうした費用と薬が承認される可能性の低さは当初、創薬プロセスを減速させていた。2021Deloitteレポートによると、バイオ医薬品のR&Dの見返りは2019年に1.6%という低さを記録し、2020年にわずか2.5%に立ち直った。

AIベースのプラットフォームが、試験の失敗を減らすことができる豊富なデータで訓練されるのが理想だとザボロンコフ氏は思い描く。そのパズルの2つの主要なピースがある。ターゲットを特定できるAIプラットフォームのPandaOmicsと、ターゲットに結合するための分子を製造できるプラットフォームChemistry 42だ。

「我々をターゲット発見のための60超の原理を有するツールを持っています」とザボロンコフ氏は話す。

「あなたは斬新な何かに賭けますが、と同時にあなたの仮説を強化する証拠のポケットも持っています。それが我々のAIがうまくこなしているものです」。

IPFプロジェクトは論文審査のある専門誌で全文掲載されていないが、似たようなプロジェクトがNature Biotechnologyで発表された。その論文では、Insilcoの深層学習モデルは可能性を持つ化合物をわずか21日で特定することができた。

IPFプロジェクトはこのアイデアの拡大版だ。ザボロンコフ氏は知られているターゲットの分子を特定するだけでなく、新しいターゲットも見つけて臨床試験に導きたいと考えている。そして、将来の創薬プロジェクトを向上させるかもしれないそうした臨床試験のデータを引き続き集めている。

「これまで、提携して病気を治そうと誰も当社に申し込んでいません。もし実現すれば、かなりうれしいです」。

とはいえ、新しいターゲット発見へのInsilico Medicineのアプローチは断片的だった。例えばInsilico Medicineは新しいターゲット発見でPfizerと、小分子デザインでJohnson and Johnsonと、大正製薬とはこの2つで協業してきた。Insilico Medicineは6月22日にTeva Branded Pharmaceutical Products R&Dとの提携も発表した。Tevaは新薬ターゲットを特定するのにPandaOmicsを使うつもりだ。

2019年にNatureは、大手製薬会社とAI創薬テック企業の間で少なくとも20の提携があった、と指摘した。スタンフォード大学のArtificial Intelligence Index年次レポートによると、医薬品開発を追求しているAI企業の投資は2020年に前年の4倍の139億ドル(約1兆5390億円)に増えた。

創薬プロジェクトには2020年、民間AI投資から最も多い額が注がれた。これは部分的に、パンデミックによる迅速な医薬品開発に対する需要に起因している。しかしながら、創薬における過熱傾向は新型コロナ前からあった。

ザボロンコフ氏はAIベースの医薬品開発が現在やや誇大宣伝の傾向にあることに気づいている。「AIで動く創薬を支える実質的な証拠を持たない企業が迅速に調達できると主張しています」と同氏は指摘する。

Insilico Medicineは投資家の質で他社よりも優れている、と同氏は話す。「当社の投資家は賭け事をしません」。

しかし他のAIベースの創薬プラットフォームの多くと同じく、そうしたプラットフォームが臨床試験のふるいを抜けることができるのか、様子を見る必要がある。

関連記事
HACARUSと東京大学がアルツハイマー病やパーキンソン病の治療法開発を目指すAI創薬研究を開始
腸の免疫調節に作用するメカニズムを発見し免疫医薬品を開発するアイバイオズが7.7億円を調達
新薬発見のために膨大な数の化学合成を機械学習でテストするMolecule.one

カテゴリー:バイオテック
タグ:Insilico Medicine資金調達創薬大正製薬人工知能

画像クレジット:phuttaphat tipsana / Getty Images

原文へ

(文:Emma Betuel、翻訳:Nariko Mizoguchi

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。