面倒な“行政手続き”をITでスマートにするグラファーが1.8億円を調達

近年FinTechやHR Tech、リーガルテックなどテクノロジーを用いて“レガシー”な産業をアップデートしようと立ち上がったスタートアップが存在感を放っている。

1月21日に複数の投資家から1.8億円を調達したグラファーもその1社。同社が挑むのは個人や事業者が日常的に直面する様々な「行政手続き」の最適化であり、いわゆる「Govtech(ガブテック / 政府×テクノロジー)」領域のスタートアップだ。

プレシリーズAとなる今回のラウンドでは500 Startups Japan、インキュベイトファンド、および個人投資家を引受先とした第三者割当増資を実施。法人登記簿謄本の取得手続きがオンライン上でスピーディーに完結する「Graffer法人登記簿謄本取寄せ」など既存サービスの機能拡充に加え、2月に予定している新サービスに向けて開発面を中心に組織体制を強化する。

なおグラファーは2017年7月の創業期にもインキュベイトファンドから9000万円を調達済みだ。

アナログが主流の行政手続きをアップデートする

世の中であらゆるサービスのオンライン化が急速に進む中で、行政手続きは未だにアナログな要素が多い領域だ。

僕も昨年パスポートの更新のために最寄りの地域振興局に行ってきたけれど、住民票の写しなど「各種証明書の取得」や転出・転入、結婚、出生を始めとした「ライフイベントにまつわる関連手続き」といった目的で、誰しも一度は自治体の窓口を訪れた経験があるのではないだろうか。

もちろん行政手続きの対象は個人だけではない。事業者にも登記申請や登記事項証明書の取得、印鑑証明書の取得など様々な手続きが存在する。

これらの多くは市役所や法務局などの担当窓口に足を運び、紙の書類に手書きで記入するのが主流だ。ウェブサイトから電子申請ができる手続きもあるが、そもそも知られていなかったり、使い勝手に改善の余地があったりと十分に浸透しているとは言えないだろう。

また各手続きごとに別々のサイトや窓口で個別に進める必要がある、自治体によって進め方が異なる、など利用者にしてみればもっとわかりやすくなればいいなと感じる部分も多い。

そこに目をつけたのがグラファーだ。同社では行政手続きに関する「そもそもどんな手続きが必要なのかがわからない」という悩みと、それにまつわる膨大な手間をテクノロジーを活用しながら解決する。

行政手続きの「わからない」と「めんどくさい」を解決

2018年1月にリリースしたGraffer法人登記簿謄本取寄せはその代表例だ。プロダクト自体は非常にシンプル。ウェブサイトから謄本の取得手続きを実施でき、指定の住所まで届けてくれる(PDFで登記情報を閲覧することも可能)。

謄本を取得するためだけにスケジュールを調整してわざわざ法務局まで出向くことなく、スマホやPCから1〜2分で必要な手続きが完結。以前入力した情報を引き継ぐことで2回目以降は1クリックで済む。支払いはクレジットカード決済で、24時間365日受付可能だ。

以前から法務省でも「かんたん証明書請求」というサービスを公開してはいるものの、スマホからサクッと使える設計にはなっていない。支払い手段も銀行振込で、かつ平日の限られた時間帯にしか支払いできないなど、ユーザービリティの面で改善できる余地があった。

Graffer法人登記簿謄本取寄せは代行料という形でユーザーから直接利用料をもらう仕組みのため、ユーザーの視点では通常の取得手数料よりも高くなる構造。ただそれでも不便だと感じている人が多いようで、開始約1年で1400以上の企業・団体に利用されたという。

利用者からの要望に応じて、2月5日には法人印鑑証明書の取得請求をオンライン化する「Graffer法人証明書請求」のリリースも予定している。

通常この手続きは法務局の窓口に行くほか、手数料分の収入印紙を同封し書留等にて郵送申請を行う、もしくは法人の電子証明書を事前に取得した上で平日の8時〜21時に法務局の申請用総合ソフトで申請を行い、ネットバンクかATMで手数料を納付する必要があった。

今回のサービスでは登記簿謄本と同様にシンプルなインターフェースから手続きを進めることができ、カード決済にも対応。電子証明が必要にはなるものの、専用ソフトのインストールをする手間なくオンラインで印鑑証明書の取得請求が完結する。

裏側では独自のBotが法務省のサイトやアプリケーションを動かし、面倒な処理を実行。ユーザーとしては最低限の作業をするだけで、これまで手間だと感じていた複雑な手続きから解放されるのが特徴だ。

これは事業者向けのサービスならず、グラファーが運営する他のサービスにも共通する。2018年10月にリリースした「Grafferフォーム」は、住民票など各種証明書の請求をスムーズにする個人向けのサービス。書類作成から決済まで全てオンライン上で行えるのがウリで、郵送手続きが可能な1733自治体の3414手続きに対応する。

こちらも裏側では各自治体の手続き書式データを集め、オンライン上で入力できるフォームに転換。ユーザーからの申込情報を基に書類を作り、印刷や役所への郵送作業をグラファーで代行する仕組みだ。

返信用封筒や定額小為替など、場合によっては必要となる同封物の準備もお任せできる。

個人の手続きをサポートするサービスとしては行政手続き情報メディア「くらしのてつづき」も運営。wikiのような形で各手続きの解説がまとめられているほか、質問に答えていくと「転入」や「結婚」など各ライフイベントごとに必要な手続きを洗い出せる「手続きガイド(全国版)」を備える。

ただ各手続きに関しては、フローや窓口が自治体ごとでも異なるため、利用者にとっては自分が住む町のやり方をパパッと調べたいというニーズが強い。そこで“自治体向けのSaaS”のような形で、各自治体が内容をカスタマイズできるように「Graffer手続きガイド」として展開している。

1枚のエクセルシートで質問の順番や出し方を調整できるほか、ToDO管理の機能や書類の作成機能なども今後搭載していく計画。3自治体で導入決定済みとのことで、以下は鎌倉市の試験運用ページだ。

行政と利用者の接点を民間サービスとして提供

「マスに使われるようなサービスを作りたい」グラファーのアイデアはそんなディスカッションから生まれた。

ディスカッションの主は同社の創業者で代表取締役CEOを務める石井大地氏と、共同創業者でありインキュベイトファンドの代表パートナーでもある村田祐介氏だ。

石井氏は小説家としてプロデビューを果たした後で起業家に転身するという珍しい経歴の持ち主で、起業後に医療系スタートアップのメドレーで執行役員に就任。前職ではリクルートホールディングスで事業戦略の策定や国内外のテクノロジー企業へ投資をしていた経験もある。

父親が公務員だったため業界の課題を身近に感じる部分もあり、行政スタートアップは面白そうだと感じたと話す石井氏。一方で「それがビジネスとして成り立つのか、始めた当初は自分でも半信半疑だった」(石井氏)が、リサーチを進める中で海外の試算では多額の行政コストを事業者が負担していることがわかった。

日本国内においても事業者が年間数兆円規模の人件費を行政手続きに費やしていると推定できることから、このコストを市場と捉え“誰もが避けて通れない行政手続き”をテクノロジーで最適化するチャレンジを決めたという。

海外ではSeamlessDocsを始め大型の資金調達をしているGovtechスタートアップがあり、この領域に特化したGovtech Fundなども存在するなど、近年注目されている領域の1つだ。

日本でもグラファーのように行政手続きに関するサービスを次々と立ち上げているスタートアップは珍しいが、たとえば「SmartHR」や先日紹介した法人登記支援サービスの「AI-CON 登記」なども広い意味でこの領域に関連するプロダクトだと言えるだろう。

「今手掛けているサービスだけをやりたくて会社を始めたわけではない」と石井氏が話すように、グラファーでは今後もユーザーやマーケットの状況を見ながら“行政と利用者の接点”となるようなサービスを増やしていく計画だ。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。