顔認証の使用禁止措置や論争にもかかわらず同スタートアップには巨額の資金が注がれている

顔認証の使用を抑制するプライバシー規制の導入という地方自治体による取り組みを考えると、顔認証テクノロジーを開発している企業の最悪の事態を想像するかもしれない。しかし最近の投資資金の流入からするに、顔認証スタートアップ業界は苦境に陥るどころか、むしろ繁栄している。

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顔認証は最も議論を呼び、また複雑な政策分野の1つだ。このテクノロジーはあなたがどこにいるのか、何をしているのかを追跡するのに使うことができる。公的機関や店舗などの民間企業によって使用されている。しかし顔認証は往々にして非白人の顔を誤認したり、有色人種のコミュニティに偏った影響を与えるなど、欠陥があり、また不正確であることが示されてきた。欠陥のあるアルゴリズムは無実の人を刑務所に送るのに使われ、プライバシープライバシー擁護派はこの種の生体認証データの保存・使用法について数え切れないほどの懸念を示してきた。

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連邦法の制定が迫っているという恐れから、AmazonやIBM、Microsoftといった最大の顔認証会社の一部は投資家、顧客、そして米政府や入国管理局によるそうしたテクノロジーの使用に抗議した自社社員の怒りを和らげようと、顔認証技術の警察部門への販売を停止すると発表した

顔認証への抵抗はそこで止まらなかった。年初以来、メイン州マサチューセッツ州ミネアポリス市は何らかの形で顔認証の使用を制限したり禁止したりする法案を可決した。他の多くの市や州に続く動きで、ニューヨーク市も独自の規制を導入している。

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そうした動きと重なるここ6カ月ほど、投資家らはいくつかの顔認証スタートアップに数億ドル(数百億円)もの金を注いできた。FindBiometricsによるCrunchbaseデータの分析では、顔認証企業へのベンチャーファンディング額は2020年に通年で6億2200万ドル(約686億円)だったのに対し、2021年はこれまでのところ5億ドル(約551億円)を超えている。

5億ドルのおおよそ半分はスタートアップ1社のものだ。イスラエル拠点のスタートアップAnyVisionは7月上旬、学校やスタジアム、カジノ、小売店などで使われている顔認証技術のためにシリーズCでソフトバンクのVision Fund 2から2億3500万ドル(約259億円)を調達した。顧客の1社として知られているのがMacy’sで、同社は万引き犯を特定するために顔スキャニング技術を使用している。MicrosoftがAnyVisionのシリーズAでの投資を撤回した1年前に比べ、投資ラウンドの規模は急拡大している。Microsoftは、イスラエル政府によるヨルダン川西岸の住民の監視にAnyVisionのテクノロジーが使用されていた、という報道についての元米司法長官Eric Holder(エリック・ホルダー)氏による調査を受けて投資を撤回した。

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ユーザーに通知することなくユーザーの顔認証を使用していたと非難され、論争によって評判を落としたParavisionはJ2 Venturesがリードしたラウンドで2300万ドル(約25億円)を調達した。

そして先週、議論の的となっている顔認証スタートアップのClearview AIは「名前を公表しないで欲しい」と依頼されて「機関投資家とプライベートなファミリーオフィス」とした投資家から3000万ドル(約33億円)を調達したことをニューヨークタイムズ紙に認めた。Clearview AIはいくつかの政府による調査の対象となっていて、ソーシャルメディアサイトから何十億枚というプロフィール写真をスクレイピングしていた疑いで複数の集団訴訟も起こされている。つまり、投資家らは顔認証システムの構築に喜んで金を注いでいる一方で、そのテクノロジーに自分の名前を絡ませることのリスクと論争をしっかりと認識している。

顔認証の応用と顧客は幅広く、このテクノロジーに関しては大きなマーケットが広がっている。

顔認証を禁止した自治体の多くは、特定の状況での使用、あるいはそのテクノロジーを自由に購入して使用することができる民間企業向けに幅広い免除も設けている。米政府が新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグルのイスラム教徒に対する人権侵害に関係づけているHikvisionやDahuaといった中国拠点の多くの顔認証企業、そして米政府がブラックリストに載せている何十ものスタートアップの排除は、政府などを顧客とする最も儲けの多い米国マーケットで競争を促すのに一役買った。

しかし顔認証には引き続き厳しい目が向けられていて、テクノロジーが誤って使用されることがないよう一層の取り組みを投資家らは企業に促している。

合計4兆5000億ドル(約496兆5075億円)超の資産を持つ投資家50人のグループは6月、AmazonやFacebook、Alibaba、Huaweiなど何十もの顔認証企業に倫理的にテクノロジーを構築するよう要求した。

「一部のケースでは、顔認証のような新しいテクノロジーは私たちの基本的権利を損なっています。このテクノロジーはほぼ制約のない方法でデザイン・使用されていて、基本的人権にとってリスクとなっています」と声明文には書かれた。

倫理の問題だけではない。さらなる政治的な逆風が不可避である業界の将来性を証明しようという問題でもある。欧州連合のデータ保護当局は4月、域内の公共の場での顔認証の使用停止を要求した。

声明文には「大規模な監視が拡大するにつれ、テクノロジー面でのイノベーションは人権保護をしのいでいます。顔認証テクノロジー使用の禁止、使用に対する罰金、そしてブラックリスト掲載は増えています。こうした疑問を考慮する差し迫った必要性があります」とも書かれている。

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カテゴリー:人工知能・AI
タグ:顔認証プライバシー

画像クレジット:TechCrunch

原文へ

(文:Zack Whittaker、翻訳:Nariko Mizoguchi

投稿者:

TechCrunch Japan

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