10億円で事業売却したSkeb創業者インタビュー、「コミュニティのプレイヤーであること」が個人開発の極意

2月12日、イラストコミッションサービス「Skeb」を運営する株式会社スケブは、実業之日本社に株式を売却し、同社の子会社となったことを発表した。売却額は10億円。Skebのサービス開始は2018年11月で、およそ2年での売却だった。

2月1日には、こちらもまた個人開発のプロダクトである技術情報共有サービス「Zenn」がクラスメソッドに売却を発表している。この1カ月の間に、個人開発プロダクトのイグジットが相次いだ形だ。スタートアップが事業売却するケースはこれまでにもあったが、資金調達をせず、個人開発のままサービスを育て、イグジットしたケースはまだそんなに多くないだろう。

今回、スケブの代表取締役社長を務める喜田一成氏に、個人開発でサービスを作るコツ、そして事業売却する際に注意すべき点について話を聞いた。

喜田一成氏の近影。アバター「なるがみ」

喜田氏はドワンゴやDMMなどで新規事業に携わった経歴を持つ。2016年1月より、個人事業としてクリエイター向け税務相談サービス「ドージン・ドット・タックス」を提供。2018年11月より、Skebの提供を開始した。

まずは、Skebがどんなサービスかについて説明したい。Skebは一見するとイラストの受発注サービスのようだが、サービス内容もコンセプトもそうしたサービスとは一線を画す。Skebは、クリエイターが国内外のファンからイラストや音声データのリクエストを募集して、それに応えるサービスだ。金銭の授受は発生するが、それはイラスト作成に対する報酬ではなく、クリエイターへの投げ銭である。

仕事の募集ではないので、作品について打ち合わせをすることはできないし、クリエイターとクライアントとのやりとりは、リクエストと納品の1往復に限られている。イラストは基本的に個人鑑賞の利用のみ可能で、二次利用することはできない。

Skebがこのような仕組みなのは、もともと日本の同人誌即売会にあるスケブの文化をベースにしているため、と喜田氏は説明する。スケブは、クリエイターが自分の同人誌を買っていただいたお礼として、ファンのスケッチブックにイラストを即興で描く文化のことだ。ただ、最近は、同人誌を買いもしないのにたくさんのイラストを頼む、というようなトラブルが多発していて、これを変えたいと思ったのがSkebを開発するきっかけだったと言う。

ヒットプロダクトを作るには「コミュニティのプレイヤーであること」

登録者数100万人を超えるほどに成長したSkebだが、ヒットサービスを個人開発するコツはあるかと聞いたところ、喜田氏は重要な要素が3つあると説明した。

「1つ目はエンジニアリングの知識。2つ目は経営企画の知識。3つ目は、自身がそのコミュニティに属しているプレイヤーであることです」。

最初の2つは作りたいものができれば、後からでも覚えられるのでさほど重要ではない。本当に大事なのは3つ目、と喜田氏は強調する。

「自身がコミュニティに属しているプレイヤーであることが重要です。例えば、イラストレーターさん向けのサービスが作りたいなら、自身もイラストレーターになる必要があります。僕も同人作品だけで相当作りました。だからこそ問題点が見えてきたし、僕のことを知っているコミュニティの人がたくさんいるので、『この人がやっているなら信用できる』とプロダクトを使ってくれました。この分野で事業をやりたいからコミュニティを作ろう、そういう人が集まる場を作ろうというのは失敗します」。

スケブに関しても、喜田氏がいかにイラストレーターの立場になってサービス作りをしているかが窺える。クリエイターとクライアントに打ち合わせをさせないのは、クライアントの過度な要求からクリエイターを守る意味合いもあるという。

「日本では、お金を出す方が偉いとなりがちです」と喜田氏。「クライアントは後になってやっぱりここを変えてとか、無制限にリテイクを求め、クリエイターが直さないといけなくなる。そういうトラブルも多かったので、それをどうにかしたいという思いがありました」。

手数料に関しても、クラウドソース系のサービスは20%から30%というところが多いが、Skebは6.8%と良心的。さらにSkebではリクエスト金額の値崩れが起きないように気を配っているという。例えば、Skebのクリエイター検索にはキーワード検索しかなく、値段順のソートはない。クリエイターがリクエスト金額を安く設定しても、露出する機会は増えないので、安く設定する意味がなくなる。

価格が下がりそうな要素を排除しているのは、放っておくとクリエイターが自ら条件を下げてしまうためと喜田氏は説明する。その理由は、リクエストがほしいからというのもあるが、自分に自信がなく、お金を受け取ることにためらいを感じているのも大きいという。

「スケブで一番多い要望は、10円とか0円で募集させてほしいというものです。みなさん、自分に自信がないのです。なので、スケブでお金をもらう体験を通して、自分は求められていることを知り、イラストレーターとして自信をつけてほしいと思っています」。

個人開発の限界

クリエイターファーストの姿勢が支持され、Skebの平均取引単価は1万2000円、月間取引高約2億円を誇るサービスとなった。自動翻訳機能と越境決済機能により海外からの利用も増えている。サービスは好調だが、売却を考えたのは、1人で不正送金への対応や億単位の金額を扱うことへの不安が出てきたためだと喜田氏は説明する。

売却先に実業之日本社を選んだのは、彼らが歴史のある大企業で、Skebの事業とシナジーがあることに加え、実業之日本社の代表取締役社長を務める岩野裕一氏がSkebのコンセプトに理解があったことが決め手と話す。

「今回、10社以上からお声がけいただいていました。ただ、実際M&Aの交渉の中で経営者と話をすると、スケブのことをよく理解してもらえていないところもありました。けれど、岩野社長だけは『あー、推しね、なるほど』と一瞬で理解されたんです。だったら大丈夫かな、ということで決めました。理解がないとダメなので、その理解が一番あったのが岩野社長で、実業之日本社ということです。

また、株式は100%譲渡しますが、今後の方針決定も自由にやって欲しいと言われています。エンジニアの採用面とかはかなり協力に支援いただいていますが、運営方針は任されているので、そういった自由度の高さも決め手のひとつです」。

喜田氏は買収を機にSkebの開発業務から引退するが、引き続きスケブの代表取締役として事業の拡大と新たなクリエイター支援事業を行っていく予定だ。親会社からの採用支援に加え、社労士や就労規則を活用できることなど、さっそくグループ会社である強みを活かせていると喜田氏は話す。また、今後開発から身を引くことでできた時間で、VRアバター販売・改変代行プラットフォーム「ポリゴンテーラー」の開発を進める考えだという。

売却時に気をつけるべきこと

事業売却を検討する際に気をつけるべき点について聞いたところ、喜田氏は「契約書の確認」と「ゴールを決めること」の2つが重要と話した。

「契約書を作っているのは相手側の弁護士です。契約書の中身には、表明保証といって、数ページに渡り、これに間違いありません、絶対に御社に不利益はないです、のようにいろいろと保証を求められます。相手方に悪気はなく、その企業を守るために弁護士が入れている内容なのですが、そのままサインすると大変なことになります。なので、こちら側も顧問の弁護士と司法書士、税理士の3人にチェックしてもらう必要があります。必ず専門家に契約書を見てもらうというのがポイントの1つです」。

「もう1つ、自身のゴールを決めることが大事です。売り切って終わりなのか、それともその会社の子会社になって引き続き事業を拡大していくのか。それとも株を一部持ったまま上場を目指すのか。売る段階で自分がどうしたいのか決めてください。受け身でやっていてはダメです」。

スタートアップというとVCから調達して急拡大を目指す会社を指すことが多い。TechCrunch Japanでもそうしたスタートアップを多数取り上げてきた。けれど、VCから調達してサービスを成長させる道以外にも、個人開発を追求してイグジットを果たす事例が出てきたのは開発に携わる人たちにとって良い傾向なのではないかと思う。どちらの道の方が優れているということではないが、自身に合った道を選ぶ際の参考になるかもしれない。

カテゴリー:ネットサービス
タグ:Skebインタビュー売却

投稿者:

TechCrunch Japan

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