AIで「がん」の病理をマッピングするPaigeが約49億円を調達

人工知能を使ってがんを理解し、がんと戦う注目すべきスタートアップの1つが、4500万ドル(約49億円)を調達した。資金は、事業を拡大し商業化を急ぐために使用する。

Paige(ペイジ)は、機械学習などのAIベースの方法をがんの病理診断におけるマッピング(生検から摘出した標本から読み取れる情報を、文章や図などわかりやすいかたちで表現すること)に応用する。マッピングは、突然変異が際限なく続くように見える疾患の起源と進行を理解する重要な役割を果たす。会社名はPathology AI Guidance Engine(病理学AIガイダンスエンジン)の頭文字をとったものだ。調達した資金は、バイオマーカーや予後予測能力(病状の見通しを予測する能力)といった分野で開発している製品のFDA(米食品医薬品局)承認のために使われる。

また資金は病気を診断し、究極的には病気を克服する優れた治療法の開発だけでなく、特にバイオ医薬品の領域でこれまで行われてきた同社研究の商業化の機会を模索するために使われる予定だ。現時点では、同社はまだ商業用の商品をリリースしていない。

このラウンドはHealthcare Venture Partnersがリードし、既存の投資家であるBreyer CapitalやKenan Turnacioglu、その他のファンドも参加した。Paigeは企業価値評価を明らかにしていないが、PitchBookによると、3300万ドル(約36億円)を調達したこのラウンドにおける最初のクロージングで、2億800万ドル(約230億円)の評価がついたという。この評価を踏襲するなら、現在の企業価値評価は約2億2000万ドル(約240億円)となる。今回のラウンドでは合計4500万ドル(約49億円)を調達。企業価値評価は前回ラウンドの3倍以上となった。

Paigeは、2018年にステルスモードから初めて姿を現した。

Paige.AI(当時はそう呼ばれていた)はMemorial Sloan Kettering Cancer Center(MSK、スローン・ケタリング記念がんセンター)で生まれた。同センターは、がんの治療法開発とがん患者の治療の両方を行う世界有数の施設だ。Paigeは、Jim Breyer(ジム・ブレイヤー)氏が率いる2500万ドル(約27億円)の投資を受け、MSKが持つ2500万件もの病理標本群への独占的アクセスと、その後のPaigeの事業基盤となるAIベースの計量病理学に関する知的財産を確保した。病理標本群は、この種のものとしては世界最大級だ。また、機械学習に基づいて構築したすべてのソリューションとサービスは、それらに供給されるデータと同様に重要だ。いずれも同社の立ち上げに不可欠だった。

Paigeの立ち上げには優秀な才能が関わった。

同社が使用する計量病理学の多くは、「計量病理学の父」として知られるThomas Fuchs(トーマス・フックス)博士が開発した。同氏は現在、MSKのデジタル計量病理学のWarren Alpert Center(ウォーレン・アルパート・センター)の計量病理学のディレクターとWeill Cornell Graduate School of Medical Sciences(ウェイルコーネル大学院医学研究科)で機械学習の教授を務めている。

フックス氏は、PaigeをMSKの病理学部門の会長であるDavid Klimstra(デビッド・クリムストラ)博士と共同で設立した。フックス氏はもともと同社のCEOだったが、2019年初めに他のバイオスタートアップ、Heartflow(この会社もHealthcare Venture Partnersが支援する)から来たLeo Grady(レオ・グレイディ)氏と交代した。フックス氏はまだ会社を支えているが、役員としての役割は果たしていない。

立ち上げから約2年で、いくつかのマイルストーンに到達した。現在、約30人の従業員を抱える同社は、腫瘍病理学でAIを使用するためのFDAの「ブレークスルー・セラピー指定」(患者に選択肢がない、もしくはほとんどない緊急の事態に、本来は薬剤承認に必要な長いプロセスを短縮する制度)を最初に獲得した会社となった。同じカテゴリーで初めてCEマークを取得したことも、欧州での展開への扉を開いた。Paigeはこれまでに120万枚の画像をスライドデータベースに取り込み、診断ソリューションの開発に取り組んでいる。データベースにはゲノムデータ、薬物反応データ、結果データも取り込むアルゴリズムを使っている。

医療関連のあらゆる新製品と同じく、典型的なハイテクスタートアップのように四半期ごとに同社の進捗が評価されるわけではない。医療の世界において、すばやく行動し破壊せよという考え方は避けるべきものなのだ。

そのため、上述したような進歩はあったものの、まだ市販された製品はない。グレイディ氏は新製品が発売される時期を明らかにしていない。 また、腫瘍病理学に関する識見が製品としてかたちになるのか、それにはどうすれば良いのかもまだはっきりしていない。製品化が可能なら、がんの診断と治療方法に大きな飛躍をもたらすはずだ。

さらに、同社が2018年にステルスモードをやめた際、乳がん、前立腺がんなどの主要ながんに焦点を当てると表明したが、いまだに市販品を発売する際のターゲットを特定するには至っていない。

これらのいくかに関して、これまで以上の説明がなされない間、ペイジはもう1つの面について明確な発言をしている。それは現在、主としてきた臨床環境だけでなく製薬環境にまで課題を拡大していることだ。

「臨床環境は依然として当社のターゲットだが、現在拡大を図っており、より広範に影響を与えたい。そこには医薬品の顧客も含まれる」とグレイディ氏は述べた。

同氏によると、資金調達ラウンドは戦略的投資家(ファンドとは異なり自ら事業を営む投資主体)から多くの関心を集めたが、Paigeは意図的に彼らからの投資を避けている。

「当社はスキャナーのベンダーといくつかのバイオ医薬品会社からアプローチを受けた」とグレイディ氏は明らかにした。「しかし当社は、このラウンドでは戦略的投資家からの投資は受けないことに決めた。ハードウェアベンダーに対して中立であり、どのベンダーにも縛られたくないためだ」

同氏はまた、最先端の分野で働いているときに、投資家と会話する難しさについても指摘した。例えば、投資家が騙されてTheranos(セラノス)のような間違った選択を支援することもある。

「私たちはテクノロジー、医療機器と臨床医学、ライフサイエンスとバイオテクノロジーという3つの分野が交わるところにいる」とグレイディ氏は説明した。「多くの投資家は1つの分野に正面から取り組んでおり、他の分野には自信がない。それが対話を難しく、短いものにしてしまう。しかし、この3つの分野のブレンドは増え続けている」

Healthcare Venture Partnersはまさにこの混合に最適だ。「Paigeはデジタル病理学の利点を示しており、AIを推進力とする医療診断の明るい未来の姿だ」とHealthcare Venture PartnersのJeff Lightcap(ジェフ・ライトキャップ)氏は声明で述べた。

「病院はデジタル化に伴い課題に直面する。Paigeは臨床チームと病理学者の協力体制を強化して、課題の多くに対処できると考えている。Paigeの将来に自信がある。Paigeは最先端の技術を開発し続け、前世紀からほとんど変わっていない病理学部門の実務を変革できると信じている」

 「診断プロセスと患者のケアを改善する臨床AI製品開発に対するPaigeのコミットメントを称賛する」とBreyer Capitalのブレイヤー氏は声明で付け加えた。「病理学者はこれまで以上に重い作業負荷を抱えるようになっており、現在は、病理学にとって重要な時期だ。Paigeは病理学者のニーズを理解しており、それに応える最先端の技術を開発した。 Paigeは計量病理学の未来であり、彼らの継続的な成長と成功に期待している」

Paigeがその名前に「AI」を入れたことは注目に値する。グレイディ氏は、これは意図的であり、昨今のAIの隆盛を反映した部分もあると述べた。

「基本的な誤解があると思うのは、AIは製品であって技術ではないと考えられている点だ」とグレイディ氏は言う。「AIは、これまでできなかった多くのことを可能にするテクノロジーの集合だが、意味のある方法で適用する必要がある。 優れたAIを開発し市場に投入しても、それがただちに臨床で採用されるというわけではない」

画像クレジット:suedhang / Getty Images

[原文へ]

(翻訳:Mizoguchi)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。