Apple Watchで心疾患発見を目指す、慶應医学部 木村雄弘先生に訊く(WWDC 2021)

Apple Watchで心疾患発見を目指す、慶應医学部 木村雄弘先生に訊く(WWDC 2021)

アップルの開発者イベントWWDC 2021は、日本時間6月8日午前2時から始まります。世界開発者会議WWDCといえば、 iOS / macOS / watchOS等の新機能に加え、これから登場するデバイスやサービスの可能性をいち早く開発者に紹介する場です。

「アップル史上もっともパーソナルな製品」として2015年に登場した Apple Watch も、世代を重ねるごとに心電計や血中酸素濃度計、睡眠計測など新たな機能を導入し、フィットネスやヘルスケアの分野で新たなアプリやサービスの可能性を開いてきました。

WWDC 2021を前に、そうしたアップルのテクノロジーで社会を変える取り組みとして、一般のApple Watchユーザーを対象にした心疾患の臨床研究アプリ Apple Watch Heart Study をリリースした慶應義塾大学医学部の循環器内科特任講師 木村雄弘先生にお話をうかがいました。

ウェアラブルで心疾患の早期発見を目指す

まずは臨床研究 Apple Watch Heart Study と同名のアプリについて。慶應義塾大学医学部が2021年2月から開始した Apple Watch Heart Study は、Apple Watch の睡眠計測・心電図記録・心拍計と、着用者が手動で回答する質問表を組み合わせて「心電図はいつ計測するのがもっとも有効なのか?」を解明するための研究。

Apple Watch は日本国内では2021年1月末に心電図アプリが解禁されましたが、常時着用するウォッチでも心電図は常時計測できないため、ユーザーが手動でアプリを起動して30秒間指を当てる必要があります。

しかし木村先生によると、たまたま心電図をとったときに異常が見つかることは稀。心筋梗塞などの予防には、異常が出ているときの心電図が手がかりとして役立ちますが、診療に役立つタイミングで都合よく取得できるとは限りません。

「調子が良いときに測っても良いと出るのは当たり前。一度計測して結果が良かったからといって、必ずしも病気がないって話にはならないんですね。いかに異常があるときを捉えるか? が非常に大事で、その心電図一枚で治療の方針が変わることもあります」(木村)。

Apple Watchで心疾患発見を目指す、慶應医学部 木村雄弘先生に訊く(WWDC 2021)

Apple Watch

Apple Watch Heart Study ではこの問題に対して、Watchの心拍計と睡眠検出、毎朝の質問票、自覚症状があった場合に手動入力する動悸記録を組み合わせて、ライフスタイルや生活パターンとの関連性を見つけ出し、将来の心疾患予防や診断に役立てることを狙います。

対象は一般のApple Watchユーザーすべて(20歳以上、日本語が理解できること。心電図記録は22歳以上)。具体的には、アプリをインストールして説明の確認と同意を済ませたら、あとは毎晩就寝時にApple Watchを着けること、毎朝質問票に答えること、もし脈が飛んだ、胸が痛い等の症状があったら手動で選択肢を選んで入力することで参加できます。今回の取り組みで収集するのは7日分のデータ。

一般のApple Watchユーザーを対象とした研究とは別に、慶応義塾大学病院で心房細動患者を対象にした研究も実施しています。そちらでは臨床の現場で使われる医療機器での計測と、Apple Watchを使ったデータとを比較し、機械学習で不整脈が発生しやすい条件を推定するアルゴリズムを構築します。一般のApple Watchユーザーを対象とした研究は、この患者グループの研究で得られたアルゴリズムが一般にどれほど適用できるのかの答え合わせともいえます。

あくまで臨床研究へ協力するためのアプリなので、参加しても個人の診療に役立ったり、健康改善につながるわけではありません。ただし記録へのモチベーション維持のために、毎日の計測結果には睡眠中・日中の心拍数などを元にシンプルなロジックで生成された「コメント」がつくため、睡眠中の心拍傾向を見て飲酒・寝不足などを見直す契機にはなるかもしれません。

医療のDXとWWDCへの期待

Apple Watch Heart Study の実務責任者である木村先生と、アプリを開発した株式会社アツラエの担当者お二方にお話をうかがいました。

Apple Watchを使った臨床研究に取り組んだきっかけは?

・個人的に、Apple Watchは心拍計が使える初代モデルから利用していた。健康のためを意識しなくても、時計として着けているだけで心拍や運動など役立つデータを常時記録できることが大事。

・一度の検査だけではなかなか分からない。「病院で良い検査結果を出そうと思うと、たとえば一週間酒を止めたとか、そういうことができてしまうんですよ」。家庭で実際にどういう生活をしているかを医療に反映させるためには、常時計測できるApple Watchを使う必要がある。

・特に心電図アプリケーションについては、医療機器ではないApple Watchである程度信頼できるデータが取得できる、本当に革命的なことが起きた。一回測って終わりではなく、継続して有意義に使ってもらうにはどうするか、が今回の研究に至る経緯。

心疾患は高齢者に多いと思いますが、Apple Watchを着けている高齢者は多くありませんね

「高齢者こそApple Watchだ!と思います」。慶應で臨床研究をする際は、意図的に高齢の方にお願いすることもある。たしかに操作から覚えてもらう必要はあり、利用者と医療従事者の双方にもっとデジタルリテラシーが必要になるが、自分の健康状態を意識するきっかけにもなる。高齢者こそ使ったほうが良いんだよ、ということを啓発していきたい。

高齢者といえば、Watchを使った「見守り」のアプリケーションについてはどうでしょうか

・ICT技術的には非常に簡単。医療者としても、電子カルテにプラスアルファのヘルスケアデータとして管理できれば非常に有用。

・ただ簡単にできたとしても、異常があったときに誰が対応するのか、具体的にどこまでの緊急性をもって対応するのか? など、リソースの配分やマネジメントをどうするかのルールが統一できていない。体制づくりが必要。

(注:Apple Watchを使った見守りサービスを独自に提供している企業はあります)

セコムがApple Watchで見守りサービスなどを開発。今年秋より順次提供

アプリ作成について。実際のアプリ開発を担当したアツラエとはどんなふうに仕事を進めたんでしょうか。苦労した点があれば教えてください

・ユーザーからすれば、医学研究って堅苦しいとか、たくさん質問票が出てきて面倒くさい! といった点が問題になる。打破するにはユーザーインターフェース、UXできれいなデザイン性を持たせることが重要。それができるデベロッパーを探していて辿り着いたのがアツラエ。研究参加にあたっての同意など、必須のステップをユーザーフレンドリーに構築していただけた。苦労としては、オンラインの打ち合わせを中心に進めざるを得なかったこと。(木村)

・アツラエは前身の会社に遡れば2008年から、クライアント向けのiOSアプリ開発をお手伝いしてきた。iOS / iPadOSと使いやすいデザインには自負もあった。苦労したのは、このコロナ禍でなかなか先生にもお会いできずオンライン打ち合わせで進めたこと。

・UI、UXの開発については、木村先生が求めるものに対してどこまで省略できるのか、遊びをもたせるか、を汲み取るのが重要だが、対面ならば表情や口調も大きな手がかりになる。オンラインでは、本当に喜んでくれているのだろうか? ユーザーに役立つものができているのだろうか? を探り探りで進める必要があった(アツラエ有海)。

・技術的には、開発時点で国内での心電図アプリケーションがまだ解禁されておらず、テストに苦労した(アツラエ早川)。

(日本国内での心電図アプリケーション解禁は1月22日、Apple Watch Heart Studyアプリ配信はわずか一週間後の2月1日)

今回の臨床研究で得られた成果は、今後具体的にどのような形で活かされるのか。「心臓病予防アプリ」への課題は

「最終的な結果はただ研究で終わらせることなく、医療のDXとして提供できるような形を考えています」(木村)。一つ大きな壁は、医学的なアドバイスや計測結果を出すとして、どこまで言えるのか、(認可的な意味で)医療機器の扱いになるか否か。診断を与えることではなく、日々の生活を見守り、自分の変化に気づかせることがおそらく一番重要。長い時間をかけて医療機器を作るんだ! ではなくても、ヘルスケアに貢献できるソリューションは色々ある。

・必ずしも医療機器の精度でないとしても、個々のユーザーに対していま測ったほうがいいのかな、いま病院にいったほうがいいかなという気づきを与えること。知らないうちに見守られていて、変化を教えてくれるものが増えていけば、早期発見や健康寿命に貢献していくことになる。今回の研究も、ソリューションはとしてはそうしたところを目指したい。

Apple Watch Series 6からは、医療機器としての数字ではないものの「血中酸素ウェルネス」でSpO2も取得できるようになりました。今後さらにこんなデータが取れればと期待しているものは

・色々とうわさはあり、今度のWWDCでもジェスチャ検出など新しいものが出てくるようだが、大事なのは同じ機械で計測し続けること。

・計測したデータに医療機器と同じ精度があるかどうかまで立ち戻らなくても、同じ機器で計測し続けた変化量は、その個人にとっては評価できるものになる。もちろん、これが欲しいあれが欲しいという期待はあるが、いずれにしても個人に紐付けられたデータであれば非常に貴重なものになると考えている。

次のWWDCへの期待をお願いします

「WWDCには毎年驚かされていて、素人ながら分かる範囲の開発者向け動画はすべて見るようにしています」。毎年大幅に変わるが、今回のアプリでも睡眠計測やウィジェットなど、新しい機能をできるだけ使うようにお願いした。うわさの血糖値やジェスチャは大変興味深いと思っている。(木村)

・アクセシビリティ・デイで発表済みのジェスチャ操作はどうなるのか、自分たちのアプリに組み込めるか? は注目。日本国内のアプリはアクセシビリティが行き届いていないことが多く、いちデベロッパーとして注目していきたい。過去でいえば、watchOS 2でガラリと変わったこと、6でできることが一気に増えたのが印象深い。Apple Watchのアプリ開発は今後もっと注目されてくるのではないかと思っている(アツラエ早川)。

・プランニングの観点から。毎年WWDCの時期には、クライアントから自社のアプリにこの新機能は使えるんじゃないか、どう変わるのかと問い合わせや提案が増える。応えるためにいち早くプロトタイピングをしたり、社内でディスカッションするのが恒例行事 (アツラエ有海)。

WWDC 2021 のキーノートは日本時間で6月8日午前2時から。Engadgetでも速報体制でお伝えします。

病院がアプリを処方する時代。iOS活用で進む未来の医療
Apple Watch Heart Study

Engadget日本版より転載)

関連記事
慶應病院が全国のApple Watchユーザーを対象とする睡眠中・安静時の脈拍に関する臨床研究開始
Googleが感染症の数理モデルとAIを組み合わせた都道府県別の新型コロナ感染予測を公開、慶応大監修
IBMが量子コンピューターの競技型オンライン・プログラミング・コンテスト開催、慶応大とコラボ

カテゴリー:ヘルステック
タグ:Apple / アップル(企業)Apple Watch(製品・サービス)医療(用語)慶應義塾大学(組織)ビッグデータ(用語)日本(国・地域)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。