CTOオブ・ザ・イヤー2017は1人開発体制からクラシルを立ち上げた大竹雅登氏に

テック系のスタートアップにとって、技術の立場から経営に参加するCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)は重要な役職だ。そのCTOにスポットライトをあてる企画が、TechCrunch Tokyo 2017の初日である2017年11月16日に開催された「TechCrunch Tokyo CTO Night powered by AWS」。LT(ライトニングトーク)を審査し、CTOオブ・ザ・イヤーを選出する。4回目となる今年は8社のCTOが登壇した。

結果からお伝えすると、今年の優勝者は料理動画「kurashiru(クラシル)」を運営するdelyの大竹雅登氏。まだ24歳の若さである。エンジニアが全員退職した後に1人開発体制を続けた大竹氏のチャレンジについては、ぜひ記事の続きに目を通していただきたい。

CTOオブ・ザ・イヤー2017に選ばれたdelyの大竹雅登氏

今年の審査員は、グリーCTOの藤本真樹氏、アマゾン ウェブ サービス ジャパン ソリューションアーキテクトの松尾康博氏、サイバーエージェントSGE統括室CTOの白井英氏、竹内秀行氏(ユーザーベース、インキュベーション担当 専門役員)の4名である。竹内氏は第1回CTOオブ・ザ・イヤーに選出されている。

空港設置のSIM自販機を3カ月で立ち上げる

最初のLTは「WAmazing」のCTOである舘野祐一氏。舘野氏の前職はクックパッドCTOで、「CTO Night」で審査員を務めた経験を持つ。現職は「CTO2周目」にあたる。

WAmazingは外国人旅行者をターゲットとする観光プラットフォームだ。サービスを知ってもらう手段としてSIMを無償提供する。そこで空港に「SIM受取機」を設置する形としている。

舘野氏がフルタイムでWAmazingにジョインしたのは2016年11月頭。着任と同時に「3カ月で空港設置のSIM受け取り機を立ち上げる」という高難易度のタスクを抱えることになった。ハードウェア開発はやったことがない。そこでハードは協力会社に頼り、できるかぎりの処理はサーバーサイドで実現した。それでも完成したのは期限の「2日前」。まだまだ万全といえる状態ではなかった。

ソフトウェア開発では開発サイクルを素早く回転させることが大事だ。この考え方を適用できる環境を用意した。社員が持ち回りでSIM受け取り機を設置する空港に常駐し、その場で問題対応できるようにする。必ずしも技術的な問題ばかりではなかったが、エンジニアでなければ切り分けられない種類の問題も多かったとのことだ。問題が発生するたびに原因調査とフィードバックを繰り返すことで「2〜3週間後には完全になった」。SIM受取機を最初に設置した成田空港での経験を元に、その後は日本各地の空港へのSIM受取機の設置を進めている。

質疑応答では、審査員の竹内氏が「僕も自動販売機のサービスをやったことがあり、大変でした」と意外な経験を披露しつつ、舘野氏から「改善の余力を残しつつ早めに改修していった」との方針を聞き出していた。不完全なサービスの完成度を上げていくやり方に、舘野のソフトウェアエンジニアとしての経験、そしてCTOとしての経験が活かされた形だ。

1人体制で開発開始、リリース直後にデータ分析基盤を整備

2番目のLTは、CTOオブ・ザ・イヤーに選ばれることになるdelyの大竹雅登氏である。料理動画(レシピ動画)サービス「kurashiru(クラシル)」は、dely社にとって3個目のプロダクトだ。1回目は配達サービス、2回目はメディア。「最初のプロダクトでは開発メンバーをけっこう集めたが全員辞め、しばらく1人で開発する体制が続いた」。「狭いオフィスで、手を伸ばせば届くところで料理人がスイーツを作っている」厳しい環境からkurashiruが生みだされた。

kurashiruではアプリのリリースの初期の段階から「Logpose」と名づけた独自のデータ分析基盤を構築した。「サービスを伸ばす、ユーザーを深く知る、PDCAを速く回す」ためにはデータ分析が欠かせないと考えたからだ。データ分析では「人の言葉で説明する」方針をとる。言葉で説明できなければ施策の納得感が得られないし、相関関係と因果関係を取り違える危険もある。分析結果を言葉で説明できるなら「大筋間違った方向にいかない」と話す。

「楽しければ嬉々として開発するはず」と環境整備

女性向け動画サービスC Channelの西村昭彦氏は、「コンテンツ×運営×開発」の重要性について語った。同社の今の規模は社員が約130名、月間動画再生数6億件以上。技術面でも新たな課題が出てきていた。

開発速度を上げる上で「楽しければ嬉々として開発するはず」と考え、開発言語とフレームワークを、それまでのPHPとZF1から、PythonとFalconに変更した。生産性、保守性が向上したほか、募集文面に「Python」と付けたことで「濃いエンジニアに来てもらえた」。また言語と開発フレームワークを切り替えた結果「コードをどう書くか」といった「宗教論争から卒業できた」。

開発インフラはAWS(Amazon Web Services)に移管した。従来のインフラでは「眠れない日々」が続いたが、AWS移管の後は工数削減と睡眠時間確保が可能となった。分析系ではGoogle BigQueryを活用している。

質疑では、女性向けメディアの特性を男性エンジニアが理解することの難しさへの質問も出た。女性向けメディアはコンテンツの消費速度や属性の違いが顕著とのことだ。「趣味や世界観が違うと見てくれない」。西村氏のスタンスは「男性エンジニアには理解できないと開き直って、とにかく作る」というものだ。

建築現場を支援するサービスを作る

CONCORE’S(コンコアーズ)の藤田雄太氏は、建築業向けの写真共有アプリ「Photoruction」への取り組みについて語った。同社は建築業向けの「建設IT」に詳しいエンジニアで起業した。今は写真共有サービスだが、「建築現場のすべての課題に対応するサービスを目指す」としている。今取り組んでいるのが図面の共有である。

建築図面の分野では、「1ページ、ベクターデータなのに400MバイトもあるPDFファイル」を取り扱う必要がある。従来の建築現場がどうしていたかというと、パソコンでPDFを開くのに時間がかかるので、その間にコーヒーで一服して時間を過ごしていた。そこで表示の高速化を図った。基本的な方針は、地図アプリのように、タイル状に分割して画面表示に必要な部分だけを描画するというものだ。LTで見せたデモでは、情報量が多い図面をなめらかに表示、スクロールできる様子を見せた。

証券会社にとってクラウド移行は「火星行き片道切符」

オンライン証券FOLIOの椎野孝弘氏は3社の起業経験を持つ。企業買収を経てヤフー ジャパンに在籍した時期もある。一方、FOLIOは創業2年弱で「第2創業期」にあたる時期だ。そこで椎野氏は、自分のミッションを「第2創業期をうまく離陸させること。そのためにエンジニア、デザイナーが実力を出せるよう環境を整備すること」と位置づける。

環境整備で大きかったのは、クラウドへの移行だ。「証券会社にとってクラウド移行は火星行きに等しい高いハードルだ」と表現する。これを「火星行きの片道切符を買った」との意識で乗り切った。

同社のシステムは、マイクロサービスの種類が30近くと複雑だ。マイクロサービスの弱点は、サービスをまたいで発生する障害の検出が難しいこと。そこでメトリクスを監視ツールPrometheusに集約した。利用言語は、フロントエンドではSwift、Kotlin、Node.js、バックエンドはScalaを中心にPythonとRuby on Railsに集約した。

椎野氏は「第2創業期の離陸はできた」と振り返る。今後の取り組みとして、FOLIOを起点とした新しいエコシステムを目指してAPI公開を目指していく。

排泄予知デバイスの未来を考え生データを保管

排泄予知デバイス「DFree」を開発するトリプル・ダブリュー・ジャパンの九頭龍雄一郎氏は、「100年続くTECH COMPANYへ」と題してLTに臨んだ。

DFreeは、介護施設で排尿時期を予知するデバイスとして利用できることを目指している。現状はビジネスの世界展開へ向け取り組んでいるところだ。技術面での難しさは、ハードウェアもサービスも両方とも新たに創り出さなければならなかったことだ。サーバー側ではAWSのS3、Dynamoなどクラウドサービス群を活用する。DFreeは超音波により腹部を調べるが、測定結果の時系列データはすべてS3上に格納している。「解析後のデータなら何十分の一かのデータ量になるが、あえて生データを入れている」。これは、将来は排尿時期の予知だけでなく、より多様な人体データの活用を視野に入れているからだ。

「FinTechは攻めと守りのバランスが大事」

個人間決済サービスAnyPayの中村智浩氏は、ゴールドマン・サックス、エレクトロニック・アーツなどを経て同社に参加した。スマートフォンによる決済サービスを提供する。個人向けサービスのpaymoと事業者向けサービスのPaymo bizを今年(2017年)ローンチした。

「FinTechは攻めと守りのバランスが大事。一発で信用を失ってしまう」と中村氏は語る。守りとPDCAを回すスピードの両方が大事だ。例えば、クレジットカードの情報をアプリケーションのほとんどの部分が持たない仕組みとした。「比較的安心してPDCAをRails上で回せる」。

同社の社員は投資銀行、広告代理店、コンサルティングファームなどからの転職組も多い。そこで開発に携わる気持ちを会社全体に浸透させることを狙い、GitHubアカウントをみんなに持ってもらった。ビジネス側もGitHub上の議論に参加してもらい、また「ちょっとしたランディングページの変更ぐらいはマーケティングの人がプルリクエストを出す」形とした。ほか、SQLの社内勉強会をして「ちょっとしたデータ分析はエンジニアに頼まなくてもできる」ことを目指す。

質疑では、外部の会社とのやりとりにもGitHubを活用しているという興味深い話が出た。FinTechサービスでは規制への対応が重要となるが、「資格を取得するための業者とのやりとりをGitHub Issueにした。けっこう効率的になった。相見積もりをしてGitHubに対応できる事業者を選んだ」。

技術力で「事業について考える時間」を作り出す

Tunnelの平山知宏氏は、住生活の実例写真の投稿・閲覧サービス「RoomClip」に取り組んでいる。自分の部屋をどう改善すればいいのか、それを考える上で他人の部屋を見る回数が普通の人は少ない。そこを埋めるサービスがRoomClipだ。

平山氏は、エンジニアを忙しくさせる要素を排除することで、エンジニアがユーザーの課題について悩む時間を作り出すことを狙った。「品質が高い開発環境を支える技術力は、考える時間を与えてくれる」。その時間を使い、エンジニア各人もビジネス側の会議に出席して「KPIを追い、一緒にPL(損益)を作り、CMJ(カスタマージャーニーマップ)を作る」ようにした。「エンジニアにとっても事業に責任を持てるポジションが開かれている」。

以上、8社のCTOのLTを紹介した。審査員を代表して、グリー 藤本真樹CTOは「今年特徴的だったのは、2周目、3周目の方々がいたこと。いいことなので、がんばっていきましょう」と締めくくった。

 

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。