Emissaryはセールスネットワークの変革を狙う

セールスに必要なのは最高の製品ではない。スタートアップは、最高の製品、最高のビジョン、そして最も説得力のあるプレゼンテーションを持ちながら、結局営業チームが話していた相手が、間違った意思決定者だったり、相手に適切な種類の話題を振っていなかったことが後になって判明することがある。残念なことに、そうした重要な情報(キー人脈情報)はどこかの本やオンラインフォーラムには書かれておらす、通常は広範囲の人脈と噂を通して明らかになっていくのだ。

Emissaryを創業したDavid Hammerと彼のチームにとっては、それこそが解決すべき問題だった。「人脈作りに長けたものが勝つ世界が必ずしも良いとは思っていないのです」と彼は私に説明した。

Emissaryは、営業チームを、ターゲットとなる企業の営業プロセスをよく知り、ガイドできる人物(エミッサリーと呼ばれる)と結びつけるハイブリッドSaaS市場である(注:エミッサリーには使者の他に密偵という意味合いがある)。一般的には最高のエミッサリーとなるのは、対象となる企業を最近辞めたばかりの元幹部や従業員たちである。こうした人びとは意思決定プロセスや組織のポリシーを熟知しているからだ。「私たちの第一のミッションはとてもシンプルなものです:世の中の取引の全てに、エミッサリーがいるべきだ」とHammerは語る。

GLGのような専門家ネットワークは、何年も前から存在してきたが、こうした組織は伝統的に、対象企業の戦略思考を理解するために、喜んで大金を支払う投資家たちむけのものだった。Emissaryの目標は、より広い範囲の意思決定者と顧客を対象にした、より大衆化されたものである。そのプロダクトはインテリジェントに設計されており、販売プロセスの調子が悪くなる前に援助を求めるよう顧客たちに促す。Crunchbaseによれば、このスタートアップは現在までに1400万ドルを調達しており、最新のシリーズAラウンドはCanaanによって主導されている。

Emissaryは確かに創造的なスタートアップだが、私が最も興味深いと考えるのは、それが提起する、知識仲介、労働市場、倫理にわたる諸問題だ。

社会科学者たちは一般に、著名な学者マイケル・ポラニーの研究から生まれた、知識の2つの形態を区別する。最初の形態は明示的な知識である。書籍やTechCrunchで見つけることができるような知識だ。これらは事実と数字である ―― 資金調達ラウンドはこの金額だった、ある会社のCEOはこの人物であるといった知識である。他の形態は暗黙的な知識である。典型的な例は自転車に乗ることだ ―― それを学ぶには実際にやってみなければならない、そして乗り手が自転車から転落することを防いでくれる物理学の数字も、力学の教科書も存在しない。

組織図は明示的な知識かもしれないが、暗黙的な知識はすべての組織の中核をなすものだ。それは政治、人物、興味、そして文化である。こうしたトピックに関するハンドブックはないが、ある組織で十分に長い時間働いてきた人は、何かを成し遂げるために必要なプロセスを正確に知っている。

その知識は 重要かつ貴重であり、それゆえにマネタイズできる価値があるのだ。それこそがHammerが新しいスタートアップを設立する際に感じていた、元々のインスピレーションだった。「なぜGoogleが間違った決定を行うのだろう?」Hammerはそのとき自分自身に問いかけたのだ。ここには、世界で最も多くのデータを持ち、それを検索するツールを持つ会社がある。「どうして必要な情報を持っていないなどということがあるのだろうか?」。その答は、彼らは世界のすべての明示的な知識を持ってはいるが、必要とされる暗黙的な知識を何も持っていないということだ。

最終的にはその思索は、顧客とセールスパーソンとの間の情報の非対称性が明らかな、セールスという行為の考察へとつながった。「セールス関係者と話せば話すほど、彼らがその顧客の考え方を理解する必要があることが分かりました」とHammerは語る。セールスオートメーションツールは素晴らしいものだが、結局どんなメッセージを送るべきなのだろう、そしてそれを誰に対して?それこそが解決するのがもっと難しい問題だが、結局のところそれが契約書への署名につながる問題なのだ。Hammerが気が付いたことは、価値のある知識に、価格をつけて取引することのできる個人がいることだった。

そうしたマネタイズは、そうした種類のコンサルタントたちにとっての新しい労働市場を生み出す。大企業の従業員たちはいまや、退社したり、引退したあとに、その組織について知っていることを語ることで、収入を得られる可能性があるのだ。Hammerは「基本的に人びとは、自分が役に立つ方法を探しているのです」と語る。確かに報酬は重要だが、多くの人びとが単に関与する機会を探しているのだという。明らかにその命題は魅力的なようだ、なにしろプラットフォームには現在1万人以上のエミッサリーが登録されているのだ。

しかしこの市場を長期的により魅力的なものにできるかどうかは、転職の間に行う一時的な仕事から、より長期的でプロフェッショナルなものに変えていけるかどうかにかかっている。政府調達システムに関わる企業をサポートする人びとのネットワークと同様に、例えば「Oracleの購買はどのように機能しているのか」といった命題に特化することができるだろうか?

Hammerはこの点に関しては少々意義を唱えた「そうしたことに関わる多くのものが、壁の向こう側にあるのです」と指摘した。潜在的なコンサルタントが、セールス担当者よりも簡単に、会社外からその意思決定を学ぶなどということはできない。さらに、社内のプロセスに関する知識は、組織によって異なる速度ではあるものの、着実に劣化していく。いくつかの企業は急速な変化と変革を経験する一方で、他の企業の知識は10年以上続く可能性もある。

そうは言うものの、Hammerは企業が自社への売り込みを考えるセールスパーソンたちの支援に、エミッサリーを推薦し始める転換点がやってくると考えている。自社の複雑な調達プロセスを認識している企業の中には、最終的にはその調達プロセスを全ての側面から円滑に運んでくれる人物からのアドバイスを、セールパーソンが受けることを望むところも出てくるだろう。

明らかに、お金や知識をやりとりすることによって、重大な倫理的懸念が発生する。「倫理は私たちが行うことの中心になければなりません」とHammerは語る。「皆は大切な機密情報を共有しているわけではなく、組織の文化に関する知識を共有していのです」。Emissaryは、倫理的コンプライアンスを監視するための仕組みを導入している。「Emissariesは同時に競合他社と協力することはできません」と彼は言う。さらに、明らかにエミッサリーは会社を辞めていなければならないので、購入意志決定自身に介入することはできない。

人脈作りはすべてのセールス担当者の進むべきステップだった。それは時間のかかる作業であり、電話攻勢やコーヒー消費が売上を改善するのかに関するデータはほとんど存在していなかった。もし、Emissaryのビジョンを受け容れるならば、こうした作業はみな置き換えられていく可能性がある。知識を持つ人のガイドを受けることで、のらりくらりとしたセールスプロセスを、適切な話し合いポイントを適切なタイミングに行うことのできるスムーズなプロセスに変えることができるだろう。そうなれば結局最高の製品が勝てるかもしれない。

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(翻訳:sako)

画像クレジット:Prasit photo/Getty Images

投稿者:

TechCrunch Japan

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