F1のテクノロジーは、外科医の訓練にも使われている

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編集部注:Mary Gorgesはサンフランシスコ在住のフリーランス・ライター。

先週日曜日のモナコグランプリは数多くのドラマを生み、メルセデスのニコ・ロスバーグがレース終盤チームメートのルイス・ハミルトンからトップの座を奪い優勝した。しかし、サーキットの外でも常に戦いは続けられ、レースエンジニアたちはあらゆるレースの前にも最中にもデータを分析しチームに送信している。

英国ウォーキンに拠点を置くマクラーレンは、F1最大のビッグネームの1 つだが、今彼らのリアルタイムデータのノウハウは、外科医のために役立てている。Dr. Caroline Hargroveは18年前にマクラーレンに加わり、現在マクラーレン・テクノロジーグループの子会社、マクラーレン応用テクノロジー(MAT)のテクノロジー・ディレクターを務める。

Hargroveの説明によると、F1レーシングカーには何百というセンサーが付けられ、遠く離れたウォーキンの地までライブデータがストリーミングされ、レース戦略のリアルタイム判断を助けている。しかしMATはこの専門知識を外科手術に応用する ― 同じく1秒が重要な意味を持つ専門分野だ。

先月マクラーレンはオックスフォード大学と、重要な医療業務を高度化する分析および意志決定支援ツールを共同開発する契約を交わしたことを発表した。提携はマクラーレンのシミュレーション技術、データ管理、および予測分析に関する専門知識を活用する。プロジェクトには50人の外科医が参加しており、メンバーは主に研修医だが経験を積んだ医師も含まれている。

F1テクノロジーが手術室でどう働いているのか

手術中執刀医の肘にはセンサーが取付けられている。データはBluetooth経由でコンピューターに送られる。Hargroveによると、そのセンサーからストリーミングされたデータはリアルタイムに分析されて直ちに執刀医にフィードバックされる。「偉大な外科医には他と一線を画す特徴がいくつかある。スピード、器用さ ― メスを入れる時の動きがぎこちないかスムーズなのか。外科医の教育には常に主観的要素が入る。このシステムは客観性を加える…別の外科医からのフィードバックも」と彼女は言う。

あらゆる訓練段階にある様々な外科医 ― 初心者から高度な経験者まで ― のデータを比較することによって、訓練の進捗状況や発展目標の達成可否を予測することが可能になる。彼女によると、この種の分析は手術時間だけでなく、新人外科医の教育時間も短縮できる。「その医師はこの手順を踏んだ最近2~3回で改善したか?得意、不得意はあるか? あるいは、十分熟練しているのであと10回練習する必要はない」。

「偉大な外科医には他と一線を画す特徴がいくつかある。スピード、器用さ ― メスを入れる時の動きがぎこちないかスムーズなのか。外科医の教育には常に主観的要素が入る。このシステムは客観性を加える…別の外科医からのフィードバックも」

— Dr. Caroline Hargrove

さらにHargroveは、医師経験の初期段階により多くのフィードバックを与えることによって、外科医は果たして自分にとって外科が最適な専門分野であるかを知ることができる(あるいは、目がいいので放射線医学の方が向いているのか)と言う、「外科は医療界のロックスターのように考えられているが、外科医の訓練には多大な費用がかかる」。

Hargroveは、このオックスフォードとの提携は現在ベータテスト中だと言っているが、最終的にマクラーレンは商用化したいと考えている。彼女は、数千例の手術を(定性でなく)定量的に評価したデータベースの可能性と価値を主張する。

外科医の視点

Dr. Freddie Hamdyは、オックスフォード大学外科学部長兼オックスフォード大学病院NHSトラスト腫瘍・外科部長だ。「私の仕事の一つは、外科医になるべき人物を選ぶこと、および彼らが適切な訓練を受けるようにすることだ」。

MATと提携する理由を尋ねられたDr. Hamdyは、「彼らは専門的シミュレーションの経験を多く持っている。外科でもそれを再現する必要があり、研修医を評価したり、経験ある医師を検証する機会を得るために、外科医の進捗を見極める方法が必要だ」。

F1テクノロジーはどう患者を助けるのか:

F1レースでは、チームに最適な戦略を見つけるためにデータが瞬時に分析され、毎分何千回ものシミュレーションが実施される。例えば、『今ピットインしたら何が起きるか?』あるいは『フェラーリのドライバーが今ピットインしたら、自分にどう影響するのか?』」

マクラーレン/オックスフォードの提携プロジェクトでは規範データも収集され、この場合センサーは〈患者〉に付けられる…手術前、手術後に。Hargroveによると、手術数日前から在宅患者のデータを監視することによって、患者が手術に適した状態にあるか、あるいは身体状態が良くなるまで待つべきなのかを医師が決めることができる。

「データを使って、傾向を特定できる ― なぜ食事を変えていないのにこの人の体重は上昇したのか。あるいは、人の歩き方を監視することもできる。歩行の変化は医療状態によるものが多い。しかし、視覚ではわからない」

— Geoff McGrath

Hargroveは、手術〈中〉患者にはセンサーは付けないと指摘する。「その部分は既に十分行われている」ためだ。麻酔医は血中酸素濃度や血圧等の伝統的患者監視システムから山のようなデータをすでに受け取っている。

規範的健康データ

MATのイノベーション最高責任者Geoff McGrathは、医療データに関する最大の課題は「民間アルゴリズムに基づく規範行動を用いる人々」だとよく指摘する。「自分が1日に1万歩歩いたと知ることに意味はない。それが健康に重要な影響を与えるのか?どれだけ強い運動をしたかはわからないし、違うやり方をすべきかどうかもわからない。やがて人々はデータへの信頼を失い始める」。

McGrath曰く、F1レースと同じく、数学データ、シミュレーションおよびモデリングを組み合わせることによって、人の行動のわずかな異常を発見できる…その人が患者であれ、レースカーのドライバーであれ。「データを使って、傾向を特定できる ― なぜ食事を変えていないのにこの人の体重は上昇したのか。あるいは、人の歩き方を監視することもできる。歩行の変化は医療状態によるものが多い。しかし、視覚ではわからない」とMcGrathは言う。

彼は皮肉な点も指摘した。「世界中のあらゆる病院の集中治療室では、様々なアラームが鳴り続け、その複雑さも様々だ。しかしF1レースの監視室に入ると、そこは非常に静かだ。しかし、われわれははるかに多くのデータをそこで処理している…そして正確で詳細な情報を提供し、その情報は直ちにレースに反映される」。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook

投稿者:

TechCrunch Japan

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