Facebookの仮想通貨「Libra」の登場で考える、お金とはどうあるべきものか?

Facebookコンソーシアムから、プロジェクトLibraのホワイトペーパーが発表されたことを受けて、インターネット、ハイテク業界、金融サービス業界、そして政策界のすべてが、プロジェクトの可能性についての大激論を重ねている。

私たちはまだ、Libraのある世界の、極めて初期段階に立っているだけだ。なにしろまだこれは提案書段階なのだ。そして、答えを待つ疑問がまだ山積している状態なのだ。このプロジェクトは、私たちのお金に対する認識を再定義することができるかもしれないし、あるいは完全に失敗してしまうかもしれない。どちらになるかがはっきりするには、この先何年もかかるだろう。

より詳しい内容が明らかになるまで、(他の何千人もの)評論家たちの並べるプロジェクトへの意見に、特に付け加えられることはないのだが、この瞬間の私たちには一歩後ろに下がって、お金そのものについて考え直す機会が与えられている。私たちは自分自身に問いかけるべきだろう。現在お金はどのように働いていて、将来どのように働くべきなのだろうか。

お金は、日々の生活の中にある、時代遅れのアナログな部分である。過去25年間には、通信(Eメール)から書店(Amazon)、そしてタクシー(Uber)に至るまで、ほとんどのサービスビジネスがデジタル化されてきた。だが、フィンテックが隆盛を誇り、消費者金融における著しい技術革新があったにもかかわらず、お金自体は不思議なくらい変わっていない。

お金の未来は始まったばかりだ

お金が変わらずにいたままだったのには、正当な理由がある。通貨は国家によって管理および発行が行われており、そして多くの理由から、通貨は国家によって管理および発行される必要がある。しかしその理由は、現行の「既成事実」を反映したものに過ぎない。私たちが、他の資産でみてきたものと同じレベルでの破壊的なイノベーションを許すには、お金というものは影響が大きすぎ、また重要すぎるものなのだ。しかし、もし今私たちが、ロールズ(Rawls)博士の言う原初状態(original position)から新しくお金をデザインしたならば、おそらくかなり異なるものになるだろう。

Libraは、お金について、単にそれが何であるかだけでなく、それがどういうものであるべきかを、私たちがオープンに語る機会を与えてくれる。そして規制や競争といった激しい逆風に直面しているLibraが、この先どうなるかにかかわらず、私たちがお金の未来に関して熟考した時間は、決して無駄にはならない。以下に示したものは(決して網羅的ではないが)いくつかの議論のネタである。レベルは基本的なものから風変わりなものまで様々なものが含まれている。

お金は無料で使えるべきだ

最も明らかなことから始めよう。簡単に言えば、お金を使うために誰かにお金がかかってはならないということだ。金融機関やフィンテックは(ゆっくりと)この合意に向かって進んでいるものの、多くの場合に、人びとは自分のお金にアクセスするだけのために支払いを行う必要がある。

ATMは引き出し手数料を請求する。小切手は印刷するのにお金がかかる(そして米国が先進的な国だと思っているひともいると思うが、世界の小切手の90%は米国内で書かれているのだ)。海外送金には送金手数料、銀行間送金にも手数料、小切手の換金にも手数料、PayPalで仕入先に支払うにも手数料など、枚挙に暇(いとま)がない。

Venmo、Square Cash、WeChat Pay(そしてそれ以前のClinkle)のようなアプリの当初からの約束は、送金や支払いを無料で行うことができるというものだ。Apple PayとGoogle Payは、ドルではなく携帯電話を対面購入のための主要手段にすることで、その約束をさらに一歩進めている。手数料なしで銀行もしくはクレジットカードから引き落としを行うのだ。

しかし、こうしたアプリは多くの国で同等のものが提供されているわけではない。M-Pesaのようなモバイルマネーサービスは、ケニアやその近隣諸国で広く普及しているが、アフリカ最大の経済規模を誇るナイジェリアのような国では、依然としてかなりのキャッシュコスト問題を抱えており、現金の利用に対する高価な政策的制限がかけられている。私はアフリカ東部で何度も「キャッシュを出すことができない」というエラーメッセージに遭遇した。ここでは銀行口座を持っているだけで、少なくないコストがかかる可能性があるのだ。

ただお金を使うためだけに手数料を支払うのは、時代遅れの標準なのだ。

お金は即座に送金されるべきだ

この記事を読んでいるほとんどの人にとっては、即時支払いと数日かかる支払いの違いは重要ではない。給料の支払いは金曜日もしくは月曜日に行われることが多い。Venmoのキャッシュアウトは、銀行口座への入金に1日か2日かかることがある。

しかしBrookings研究所のアーロン・クライン(Aaron Klein)氏が指摘しているように、遅い支払いは貧しい人々に不当な影響を与える。小切手の決済、送金資金の決済、または給与の支払いが行われるのに時間がかかるということは、請求書に対する支払いのために、当座貸越利息(一時的に口座がマイナスになるときにかかる利息)が発生することを意味する。つまり週末の食料品の買い物のために、十分なお金がないということにつながるかもしれない。こうした現実のために、消費者たちは給料担保金融業者(年間に徴収する利息は70億ドル/約7500億円)や小切手換金業者(年間手数料20億ドル/約215億円)に向かったり、もしくは貸越利息(年間240億ドル!/約2兆5700億円)を払ったりしているのだ。

アイデンティティはお金の中にプログラムされるべきだ

NPRはKickstarterの支払いを待っていたときに、次のように指摘した「Chase銀行の当座預金口座に電子的に送金するために、私たちが必要としているのはAmazon並に使いやすい銀行です。それは単なる情報伝達に過ぎないのです。どれくらい時間がかかるのでしょう。1分?1時間?いや、かかったのは5日でした」。こうなる理由は、米国でお金が動くレールが40年以上前に作られたものだからだ。クライン氏が指摘するように、今やワシントンDCからフィラデルフィアへの送金よりも、スロバキアからフランスへの送金の方が迅速に行えるようになっている。そしてこの遅延を修正することこそが、米国内での富の不平等と戦うための最も手っ取り早い手段である可能性があるのだ。

これはお金の将来にとっての、もう一つの明らかな勝利だ。

そしてその将来の兆候は現れ始めている。Earninのようなアプリや、ウォルマートなどの雇用主たちが、リアルタイムに労働者たちへの支払いを始めている。このことによって、人びとは自分が稼いだお金をすぐに使えるようになるのだ。Libraは自身のウェブサイト上で、お金を得ることそして使うことが「テキストメッセージを送信するのと同じくらい簡単で安価でなければならない」と述べている。お金はコミュニケーションと同じスピードで動くべきなのだ。

お金は「ワンクリック」で使えるべきだ

Amazonはワンクリック購入技術を追求し 、消費者と購入決断の間の最後の小さな障害を取り除いたことで有名だ。お金そのものもそうであって良いはずだ。お金を貯金し、友達に送り、融資や投資をしたり、請求書の支払いをしたり…こうした活動はみな使い勝手のよいUIに置き換えられるべきなのだ。しかし残念ながら、現在、あなたのお金にアクセスするためには、しばしばパスワード、PIN、ID、または2段階認証が必要になる。これらはすべてセキュリティにとって絶対に重要なものだが、不便を誘発しがちだ。

幸いなことに、過去数年のデジタルIDシステムはイノベーションの成熟が進んだ分野だった。現在スマートフォンのOSは、指紋やFace IDのようなバイオメトリック識別方法を使って、利用者のお金の使用承認をすることを可能にしている(成功の度合いは様々だが)。3Boxのような分散型IDシステムは、その上に構築された任意のサービスの許可に利用できる1つの汎用的な、自己所有IDプロファイルを売り込んでいる。

アイデンティティはお金の中にプログラムされるべきだ。もし通貨単位が「所有権」フィールドを持つことができるなら、ユーザーに結びついたより面倒の少ない識別子を用いてアンロックして、所有権が変わったときに再コードすることで、ワンクリック利用が可能になる。(これはEverledgerのダイヤモンド登録プログラムと同様に機能する)。これによって盗難も防ぐことができる。もし「所有権」IDフィールドが十分に守られていて、正当な譲渡でしか変更されないとするならば、仮にフィールドが不正に書き換えられた(つまり盗まれた)場合には、お金が使えないようにプログラムすることもできる。これは関連したある点を思い出させる…

お金は安全であるべきだ

モバイル決済の最も速い導入率を誇る都市の1つは、ソマリアのモガディシュだ。それは何故か?モバイルマネーが安全だからだ。モガディシュでは致命的な路上強盗が頻発しており、現金を持ち歩くことは生死に関わる問題なのだ。未来のお金は安全にデジタル化されているために、物理的な盗難がもはや不可能になっている。

お金は安定しているべきだ

ソマリアで、盗難がモバイルマネーの普及を促進している一方で、BBCによるレポート「 The surprising place where cash is going extinct (現金が絶滅する驚くべき場所)」は、近隣のソマリランドにおける、また別のキャッシュレス支払い促進要因を指摘している。ソマリランドシリングの急速な切り下げによって、以前は買うことができた商品が2倍の値段になってしまった。こうしたことから、買い物客たちは現金の束を使う代わりにモバイルドルを選ぶようになったのだ。

急激な変動がないこと。これは、Libraやその他のステーブルコイン(例えばGemini Dollarや、不幸な命運を辿ったBasisなど)たちが表明している約束の1つである。ケイトリン・ロング(Caitlin Long)氏は「発展途上国の中央銀行は、法定通貨の価値を維持する規律に欠けていることで悪名高いものたちです。このため購買力を失うこともしばしばあるのです」と指摘している。世界的なコンソーシアムが管理する通貨は、その不安定さを弱めることができる。

現在お金はどのように働いていて、将来どのように働くべきなのだろうか?

ハイパーインフレはそれほど珍しいことではない。私は2年前にジンバブエを訪れたときには、商品が3種類の価格で提示されている状況だった。昨年ヨーロッパでは1年の間に、トルコのリラが自身の危機によって、その価値を25%落とした。そして現在のベネズエラでは、インフレ率が100万%を超え、商品が買えない状況に陥っている。こうした出来事に対する最も一般的な説明は、国民がその通貨の価値を守る政府に対しての信頼を失ったときに、それは起きるというものだ。こうした価値の低下は、皮肉なことに、Bitcoinに安定を求めて、大量の資本逃避を引き起こした(ジンバブエの首都ハラレのBitcoin ATMもその1つだ)。

興味深いことに、Libraは提案された史上初の超国家的通貨ではない(経済学者ケインズ卿のバンコール計画を参照)。またLibraはバスケット方式に基づく最初の国際準備通貨でさえない。IMFはドル、ユーロ、人民元、円、そしてポンドに対して固定された混合国際準備資産であるXDRを管理している(Libraは人民元を除いた同じ通貨に対して固定される)。だがLibraは、非国家管理型としては世界初の国際準備通貨候補であり、個人が実際に使える初めてのものである。

米ドルが金本位制をやめたように、いつの日かLibra自身が(マット・リバイン氏が「共同フィクション」と呼ぶ)十分な固有の価値を持つようになり、その基礎となる通貨のバスケットから切り離すことができるようになるかどうかは、まだ不明である。

未来のお金は、個々の政府への信用に結びつくべきではない。急速な切り下げの危機に直面しないように、それ自身の価値と安定性を独立して保つべきなのだ。

お金は相互運用可能であるべきだ

インターネットの発展は全く違う形で行われたかもしれない。インターネットの黎明期を振り返ってみると、複数の競合する「囲われた庭」としてのインターネットたちが並行して成長し、ユーザーを奪い合い、そして相互の通信を拒むというシナリオは常に発生する可能性があった。幸いなことに、ICANNのような非営利団体の活動のおかげで、世界はほぼ1つのインターネット上で運営されている。中国のような特定のウェブサイトを利用できない国でさえも、インターネットのページは、世界中のあらゆる場所で使われているものと同じ一連のプロトコルを使用して、互いに通信している。

お金でも違いはないはずだ。ある通貨を使ってある国でランチ買うことと、同じ通貨を使って他の国でランチを買うことが、同じくらい簡単に行えるべきなのだ。物理通貨なのかデジタル通貨なのかを問わず、どんな購入行為に対しても、同じ支払いプロトコルが根底にあるべきだ。通貨間の移動は瞬時に無料で行われるべきであり(オンラインあるいはデジタルの)通貨取引所を訪れる必要はない。

極めて狭い用途向けに構築された暗号通貨(仮想通貨)の急増は、注目に値する。しかし真の相互運用は、利用者たちが手作業でそれぞれの通貨を交換することなく、面倒なく交換が行えるユースケースを実現する、世界共通の交換機構が登場することでしか実現しない。

異なる種類のお金は、地域別のものではなく、用途別のものであるべきだ

前項のポイントから派生した話題だ。もしお金が自分自身が何に使えるかを決定するルールを組み込んでいたとしたらどうだろうか?ダン・ジェフリース(Dan Jeffries)氏は、これがどのように見えるかについて、参考になる例をいくつか提供している:デフレーションコインはインフレーションに連動し、自動的に自身の価値を調整するだろう。またインフレーショントークンは、支払いを奨励するために、すぐに価値を失うように構成することができる。

政府は、環境にやさしい商品への支払いの際に、商品の価格を自動的に割り引く通貨を作成することによって、そうした商品の購入に報いることができる。通貨には、(例えばスターバックスなどが)特典やロイヤルティプログラムを自動的に組み込むことができる。特定の期間に使わなければ無効になってしまう通貨や、特定の日程になったり、特定のきっかけが与えられないうちは有効にならない通貨を考えることもできる。これは、単なる「デジタルゴールド」ではない「プログラマブルマネー」としての暗号通貨が行っている約束だ(これはEthereum/Bitcoinの議論である)。

お金はオープンな開発プラットフォームであるべきだ

もしお金がプログラム可能なものになれば、お金の上に構築できるものの可能性は、果てしなく広がる未踏の空間となる。最も明らかな例のいくつかは金融アプリケーションだ(例えば、プロジェクトLibraのウォレットであるCalibraのように)。

単一デジタル通貨の誕生と普及は、最初のステップにすぎない。そのステップに続いて、融資(機関投資家やピアツーピア)、投資、貯蓄、贈答などのアプリケーションが登場する。例えばユースケースとして、銀行にSMSで問い合わせて大きな買い物を行うための1週間のマイクロローンを申し込むことを想像してみよう、ローンは承認されてSMSで返信が返されてくる。あるいは、毎週子供への小遣いを自動的にSMSで送ることを想像してみよう、お小遣いを使い切ってしまわずに、一部を貯金に取り分けることができた場合には、それに対して「ボーナス」小遣いを与えることもできる。デビッド・グレーバー(David Graeber)氏が指摘するように、金融エコシステムの真の成長の可能性を生み出すのは、クレジット供与および投資アプリケーションだ。

多くの人びとはLibraを、その上に潜在的に無限のアプリケーションを構築して収容できる、iOSのApp Storeのような未来のプラットフォームとして捉えている。例えばこれらは、共通配車アプリ、航空リワードアカウント、eコマースエクスペリエンスなどで、みなお金が組み込まれた同じレールの上にプラグインされ、アカウント間のお金の移動を一切必要とせず、UIは完全にユーザーの(例えば何かを買いたいといった)意図によって駆動される。

お金は(なんらかの)ガードレールを持っているべきだ

お金が持っているべき最後の機能は、組み込みのガードレールだ。これは最も物議を醸している議論であり、検閲に抵抗する人たちや、自治的暗号通貨コミュニティの人たちの気持ちをざわつかせるようなものだ。

デジタルマネーには、安全ガードレールを作ったり、例えば、テロリストへの融資、ブラックマーケットの購入、マネーロンダリング、盗んだ資金の送金などを防いだりするための、トレーサビリティやプログラム可能なルールを、持たせられる可能性がある(たとえ、立法者たちの初期の反応が、懐疑から激怒までのすべてを含むとしても)。

それでも、デジタルマネーのガードレールに懐疑的になるべき正当な理由がある。抑圧的政権は、それらを資本逃避とオフショアリングを封じ込めるために使うことができる(これが中国におけるBitcoin向けの主要なユースケースだ)。彼らは個人の財布を狙って、移動や購入の自由を遮断し、個人の正確な物理的位置を追跡することができる。お金を無効にするために、ガードレール機能を悪用するバックドアハックは、国のインフラを完全に凍結し、金融システムをダウンさせるという影響を与える可能性がある。ガードレールをどこに設定するか、そしてそれらは国境を越えて異なるかどうかを検討する際には、そうした負の可能性も計算に入れることが重要だ。

お金の未来は始まったばかりだ。

なんと刺激的な時代だろう。何世紀にもわたる金融サービスのゆっくりとした進歩が、乗り越えられる可能性はこれまでになく高まっている。ブロックチェーンと暗号システムの創意工夫が組み合わされたインターネットは、世界を1つの金融標準に導く共通グルーバルネットワークのためのフレームワークを、構築できる可能性がある。ここからそこにたどり着く前には、答えなければならない疑問が山積している。だが触媒として振る舞うLibraを前にして、私たちはついに問いかけを始めているのだ。この先のさらなるイノベーションに備えよう。それはまだ始まったばかりなのだ。

【編集部注】著者のニック・ミラノビック(Nik Milanovic)氏は、モバイルペイメント、オンライン融資、クレジット、そしてマイクロファイナンスなどの分野で10年の経験をもつ、フィンテックならびにファイナンシャルインクルージョン(金融包摂)の信奉者である。

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(翻訳:sako)

投稿者:

TechCrunch Japan

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