IBM、過熱するヘルスケアビジネスの「Watson Health」を手放すとの報道

Axiosの記事によると、IBMはそのWatson Health事業部をわずか10億ドル(約1156億円)で売却するすることを検討している可能性があるという。このところますますホットなヘルスケアの分野からIBMはなぜ逃げていくのか、しかもそんなに安い金額で。

2021年12月は、Oracleが280億ドル(約3兆2365億円)を投じて、デジタルの健康記録企業であるCernerを買収した。またMicrosoftはこの春、200億ドル(約2兆3118億円)近くを費やしてNuanceを買収した。ここは医療分野で広く利用され、ヘルスケア関連の顧客が1万社ある。これは巨額な資金であり、企業各社が医療分野への参入を目指し、そのために巨額の資金を投じていることを示唆している。

IBMは2015年4月にWatson Healthを立ち上げて、大きな話題になった。それは、IBMの人工知能プラットフォームWatsonを、ヘルスケアの目的に使用するはずだった。論旨は次のようなものだった。どんなに優秀な医師でも、世の中の文献をすべて読むことはできないが、コンピューターならすばやく読むことができ、医師の専門知識を補強し、より良い結果をもたらすための行動指針を提案することができるだろう。

そしてIBMが何かやるときのお決まりのパターンとして、同年9月にはケンブリッジに豪華な本部をオープンした。パートナーシップの発表も始めた。すべての候補をチェックして、CVSやApple、Johnson & Johnsonなどとパートナーした。

そして、企業の買収を始めた。最初の買収は、医療データの企業PhytelとExplorysだった。それも、パターンの一環だ。次は医療画像データを提供するMerge Healthcareの10億ドル(約1156億円)の買収だった。さらにその後、同社の最高額の買い物である26億ドル(約3005億円)のTruven Health Analyticsの買収があった。それは合計で40億ドル(約4624億円)の買収だったが、今のOracleやMicrosoftが払った額に比べると、慎ましい額かもしれない。しかしWatson Healthが態勢を整えようとしていた2015年から2016年の頃には、巨額だった。

これらの動きはすべて、データ中心型のアプローチをWatson Healthの機械学習モデルに注ぎ込むためだった。理由はともかくとして、それは狙い通りに動かなかったが、前CEOであるGinni Rometty(ジニー・ロメッティ)氏のクラウドとAIへの注力によって会社をモダナイズする計画の一環だった。

ロメッティ氏は、2017年のHarvard Business Reviewで楽観的に語っている。

私たちのムーンショットは、世界水準の医療を世界の隅々まで届けることです。その一部はすでに実現しています。Watsonは世界最高のがんセンターで訓練を受け、中国やインドの何百もの病院に展開されています。その中には、100人程度の患者に対して、腫瘍医が1人しかいない地域もあります。そのような地域の人々は、これまで世界レベルの医療を受けるチャンスがなかったのです。Watsonは腫瘍学のアドバイザーとして、医師の意思決定をサポートします。そして、これはまだ始まりに過ぎません。

しかしロメッティ氏は2019年に去り、彼女の後を継いだArvind Krishna(アルビンド・クリシュナ)氏は異なる目標を掲げた。彼はAxiosに、ヘルスケアの大きなビジョンは楽観的すぎるかもしれない、と述べている。Constellation ResearchのアナリストHolger Mueller(ホルガー・ミューラー)氏は、その言葉がIBMの撤退の理由を説明しているだろう、という。

「IBMはハイブリッドクラウド戦略に注力しています。その過程で、注目と資本をそらし、風評被害のリスクを抱えるすべての資産を処分しようとしています。Watson Healthは確かにこの3つに当てはまるため、IBMがこの部門を売却しても不思議ではありません」とミューラー氏はいう。

IBMは今後も全社的に他の方法でヘルスケア事業を追求すると思われるが、仮にWatson Healthを捨てることになったとしても、これだけの資金を注ぎ込みながらほとんど回収できなかったため、失敗した戦略だと考えざるを得ないだろう。もちろん、それが実現しても大きな驚きではないにせよ、これはまだ噂の範疇に入るものだ。

画像クレジット:Boston Globe/Getty Images

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(文:Ron Miller、翻訳:Hiroshi Iwatani)

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TechCrunch Japan

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