IoTを妨害する最大の敵は当のプロダクトのオーナーだ

[筆者: Lisa Jackson]

編集者注記: Lisa Jacksonはfrogの役員で戦略部長。

物のインターネット(Internet of Things, IoT)は、確かに大きな好機だ。それにより、企業の場でも生活の場でも、これまでよりも正しいデータに基づいて意思決定ができるようになるだろう。企業の役員や管理職にとっては、新しいツールにより職場における無駄と非効率を減らせるようになる。

でもそんな未来が実際に訪れるためには、IoTの財務的妥当性や、そのための戦略的パートナーシップ、そしてプラットホームの複雑性が、IoTの最大の天敵であるプロダクトのオーナーに与える影響を、よく知らなければならない。

財務的妥当性

これまでプロダクトは、いくつかの段階から成る製品開発の過程を経てローンチし、ROIやマージンの計算が意思決定をガイドした。このような従来的なレンズを通して見ると、IoTデバイスはそのほかの投資対象候補と比べて全然魅力的に映らない。IoTはプロダクトのコストを急騰させ、しかもそれは使われるセンサの費用だけではない。そのほかに、既存の製品が新しい工業デザインを必要とし、電力や(インターネットへの)接続性の要求に対応するために製造ラインも更新しなければならない。

たとえばWhirlpoolの試算では、皿洗い機にインテリジェンスを加えると一台あたりのコストが5ドル上昇する。それにソフトウェアの費用(開発、運用、資本支出)が加わると、古典的なCFOの目の玉が飛び出るような、とてつもない回収期間になる。

Clay ChristensenがHarvard Business Reviewに寄稿した記事“The Capitalist’s Dilemma”(資本家のジレンマ)の中で、成功の測度として一般的によく使われる財務指標が、成長への投資を妨げている、と指摘している。そこでIoTの分野では、役員たちはむしろ、決算報告のためのレンズではなく、エコシステムのレンズを使って価値創造の機会を見つけるべきだ。

Philips社が 照明システムHueを作ったとき、必要な投資を営業利益だけで正当化しなかっただろう。むしろ同社は、デベロッパコミュニティの参加性に期待し、結果的にそのコミュニティは今日まで、Hueのプラットホーム上で200近いアプリケーションをローンチした。

物やサービスやドルやデータのフローに対しては、長期的な評価が必要であり、そしてその予想利益は、エコシステム内のすべての機会可能性に基づいて算出されなければならない。そういう、対象視野範囲の広い試算技術によってのみ、IoTへの投資の真の事業価値が認められ、実現され、そしてその長期的な計量が可能になる。

戦略的パートナー

IoTデバイスそのものの直接的な売上は少ないし、それは最初から当然視されていることも多い。そしてパートナーシップによる売上は、新たな見込み客生成やデータの収益化により相当大きいことが多い。正しいパートナーシップを確立するためには、起業家的取り組みが必要である。そういう路線で、NestはMercedes-Benzと、JawboneはWhirlpoolと組んだのだ。このような事業展開は、飛び込み営業や、シリアスな交渉の積み重ねを必要とする。IoTに死をもたらす天敵であるプロダクトのオーナーは、そういうB2B方面のやる気や能力を完全に欠いていることが多い。彼らが、時間がない、を、言い訳にするのは、もってのほかだ。

プロダクトのオーナーは事業展開における自己のロール(役割)に関してあらためて自覚とやる気を出し、同じくエコシステムのレンズを活用して、重要なパートナーシップを築くための機会を見つける必要がある。関係の構築に関して能力と経験のあるスタートアップの人材を、スカウトするのもよい。その場合、技術や製造過程に関して彼らにオープンにするリスクを覚悟しないと、彼らもパートナーとしての十分な活躍はできない。プロダクトのオーナーには、それまでのノンコミュニケーションでぬくぬく快適な繭(まゆ)を破って、自ら外へ出てくる元気が必要である。

プラットホームの複雑性

IoTデバイスはソフトウェアとクラウドプラットホームを必要とする。ソフトウェアという言葉を聞いてビビるようなハードウェアメーカーは、ソフトやクラウドがからむ開発過程や組織展開を、登頂不可能なヒマラヤの高峰のように感じる。物づくりは上手だがソフトウェアの能力を欠いていた企業(通信事業者や家電メーカーなど)は、インターネットに接続されたデバイス(コネクテッドデバイス, connected devices)を商業化するために完全なリストラをやるべきである。Honeywellは、温度計の製造とセキュリティシステムの制作が別事業部だったが、シームレスなスマートホームソリューションを売っていくために、組織と製品開発計画の、思い切った整理統合を行った。

インターネットに接続されたデバイスの未来は、新しい前向きの仕組みに基づく価値の測度を必要とする。

プラットホームというハードルを克服するために、ほかの業界から学ぶのもよい。たとえば成功事例の一つであるMedtronicのCareLinkプラットホームは、医師がインターネット経由で患者の医療器具をチェックできるシステムだ。成功企業の共通点は、できるかぎりアウトソーシングすること、組織の設計に戦略的投資を行うこと、そして買収をためらわないことだ。IoTの世界には敏捷なスタートアップたちが迅速に行動して価値あるリソースを提供している。Samsungが最近買収したSmartThingsなどは、その好例だ。

あらゆる業界で、プロダクトのオーナーは、1)財務的妥当性と2)戦略的パートナーシップの構築、および3)プラットホームの複雑性というハードルに直面している。企業のデジタル部門は、単純素朴なプロダクトマージン(という伝統的な視点)と、中核的事業が築くべき新しい価値との、違いを理解してもらう必要性に(社内的に)迫られている。私が見てきた小売企業たちは、組織改変をせずに個々のインターネット接続プロダクトをその都度ローンチしてきたため、いつまでもスケーラブルなプラットホームを欠き、行き詰まってしまった。組織を整理統合して、十分に大きくてスケーラビリティのあるプラットホームを持つべきである。また資本調達力が十分にある公益企業は、しかし事業展開のスキルがないため、小規模で実験的なIoTしかできないところが多い。

搾乳器のメーカーMedelaの場合は、顧客である多くのママさんたちが、センサを内蔵してインターネットに接続された搾乳器による、適切な授乳の指導(授乳量など)を期待していた。MITの研究室がたまたま、そんなコンセプトのための搾乳器ハッカソンを開催した。しかしMedelaは、市場で噂されたにもかかわらず、そんなイノベーションに乗らなかった。それは、現状で十分利益が上がっており、マーケットシェアも大きく、既存のパートナーシップは主に流通方面だけだったからだ。同社にはIoTに向かうインセンティブがなく、そのハードルが高すぎた。

IoTプロダクトのオーナーたちよ、同情はするけど許しはしない。コネクテッドデバイスの未来は、その価値が、新しい前向きの仕組みによって測られるようにならないかぎり、開けない。自分の事業をエコシステムのレンズを通して見ることによってのみ、IoTの真のポテンシャルを探求できる。戦略的パートナーシップと、複雑なプラットホームへの思慮深い投資によってのみ、そのポテンシャルを実らせることができる。

コネクテッドデバイスのネットワークが大きくブレークする臨界質量に達するためには、プロダクトのオーナーがこのチャレンジに取り組み、われわれみんなが待ち焦がれている未来のヒーローになる必要がある。

[原文へ]
(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))


投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。