ITで21世紀を代表するビールをつくる——元Tech in Asia日本編集長が創業したBest Beer Japanが1500万円調達

「ITで21世紀を代表するビールをつくる」。“ビール好き?”と書かれたTシャツを着たその男性は、創業したばかりの会社について、そう説明を始めた。彼の名はPeter Rothenberg。今年の初めまでTech in Asia日本編集長を務めていた人物だ。

Rothenberg氏が2018年5月に設立したBest Beer Japanは7月31日、エンジェルラウンドで1500万円の資金調達を実施した。調達には、家入一真氏と梶谷亮介氏が6月に設立したベンチャー投資ファンドNOW、谷家衛氏(ライフネット生命やお金のデザイン、CAMPFIREなどの創業に携わってきた)、Forbes JAPAN CEO/編集長でD4V Founder/CEOの髙野真氏が率いるMTパートナーズ、AppBroadCastを創業し、KDDIグループのmedibaへ株式譲渡した小原聖誉氏が代表を務めるStartPoint、グーグル日本法人で広告事業立ち上げに携わった小川淳氏ら、15のファンドやVC、企業、個人投資家が名を連ねる。

「直近の1年はまず、日本のクラフトビールの流通をよくすることと、20本という小ロットから注文できるオーダーメイドのクラフトビールづくりに取り組む」と話すRothenberg氏。ビールカンパニー設立にまつわる背景と「21世紀を代表するビールづくり」までの今後の構想について、彼に聞いた。

「今ここで起業しなければ5年後後悔する」

Rothenberg氏はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の出身。学生時代に国際基督教大学の交換留学プログラムで来日したことをきっかけに、大学卒業後に再度日本へ。2010年から2012年の2年間、群馬県嬬恋村の小学校で外国語指導助手(ALT)職に就いていた。

2011年からはチャット型の英語学習サービス「Eigooo!」をスタート。2013年には法人化して翌2014年アプリをリリースした。このアプリはAppStoreでベスト新着アプリにも選ばれている。

その後、Rothenberg氏はEigooo事業を2015年に譲渡。2014年から2016年まではデジタルハリウッド大学大学院に在籍しながら、浅草で人力車の車夫としても働いていた(Rothenberg氏は車夫を体験したことで「お客さんを観察する眼、営業力が鍛えられた」と話している)。

デジタルハリウッド大学大学院を2016年に首席で卒業したRothenberg氏は、Tech in Asiaの日本編集長・コミュニティーヘッドに就任。イベントチケットの売上を50%アップするなどの実績を残した後、2018年にBest Beer Japanを創業した。

日本のビール製造業は、最近でこそ地ビール、クラフトビールブームでさまざまな小規模メーカーのビールが飲めるようになってきているが、大手5社が99%以上の量のビール系飲料を生産する寡占状態だ。Rothenberg氏がなぜ、これまでの経歴とは一見無関係に思えるビールの会社を今、日本で立ち上げたのか。率直な疑問をぶつけてみた。

Rothenberg氏は「もちろん第一にはビールが好きだということ。そして妻もビールが好きだということ」と言う。「以前起業したEigoooには、妻は興味がなかった。でもビールの事業なら、妻も応援してくれる。これはスタートアップでは大事なこと」(Rothenberg氏)。スタートアップあるあるの“妻ブロック”がビール事業なら発動しないらしい。

「そしてもうひとつ」とRothenberg氏は続けた。「日本のビールを取り巻く市場環境がこれまでになく、よい条件だからだ。今が起業するならベストタイミング。ここで起業しなければ、5年後にきっと後悔すると思った」

Rothenberg氏によれば、日本のクラフトビール市場は2010年から2015年の間に売上ベースで10.5%の成長率で「今後もっと加速すると思う」という。「今の日本の状況は米国の2004年ごろのクラフトビール市場の動向と似ている。その後の米国市場の伸びと同じ成長が米国の数年遅れで日本に来ると考えれば、2018年から2022年の5年では19.2%の成長率、売上規模では1000億円を超えるのではないか」

また「ビール類の酒税が変わることも追い風になる」とRothenberg氏は考えている。現在ビール類は麦芽の使用比率や原料により、ビール、発泡酒、第3のビールの3種類に分けられて別々の税率が適用されている。350ml缶で比較すると、ビールは77円、発泡酒は47円、第3のビールでは28円が税金だ。これが2020年から2026年にかけて、段階的にいずれも55円に一本化していくことになっている。

これまでの税制では、ビールの原料として認められていない、たとえば柑橘類のフレーバーなどが入ったフレーバードビールは“ビール”と認められなかった。そうなると職人がいくら「この味がよい」と思って作ったクラフトビールも発泡酒扱いになってしまう。一方税制のおかげで発泡酒は“安いビール”というイメージが付いている。

現状では、小ロットで材料にもこだわって利益が出るようにクラフトビールを作れば、値段はある程度高くなる。だが消費者にしてみれば「発泡酒なのに高い」と受け止められてしまう。税制が変わることで、「職人が作りたいものが作れない、という状況から解放されるはずだ」Rothenberg氏はそう話している。

最強のクラフトビールづくりは物流改革から

さて、冒頭でRothenberg氏の言葉を紹介したとおり、Best Beer Japanは「ITで21世紀を代表するビールをつくる」ビール製造所になることを目指している。もちろん立ち上げたばかりの小さなビールカンパニーが一挙にそこにたどり着くことは不可能だ。Rothenberg氏はそれを実現するためのロードマップを次のように考えている。

現時点で日本のクラフトビール製造業者は約350社ほどあるが、従業員10人未満の企業が7割、売上規模1億円未満が6割を占め、リソースが不足しているところが多い。そうした環境のもとで、Rothenberg氏はまずは「クラフトビールが売れるための仕組みが知りたい」と話す。

前述したとおりクラフトビールの売り上げは伸びているが、業界の課題として「大量生産ができないこと」「送料が高いこと」は否めない。送料の高さは発注ロットが小さく、1度に送る量が少ないことに起因する。

「クラフトビールの送料は原価の2割から3割を占める。発注側のビアバーなど飲食店にとってみれば、原価率を販売価格の3割ぐらいに抑えたいところを、送料の高さが値段を底上げして45%ぐらいの原価率になってしまう。クラフトビールの需要を上げるためには値段を下げなければいけない。そのためにはITの力を使って物流を効率よくするのが、一番早い」(Rothenberg氏)

クラフトビール物流改革の切り口としてRothenberg氏が考えているのが、樽(ケグ)の回収サービスだ。Best Beer Japanの第1弾プロダクトともなるこのサービスは、現状、個々の飲食店から各メーカーへ個別に宅配便などを使って返送しているビア樽を代わりに回収して倉庫にため、Best Beer Japanがまとめて一気にメーカーへ返却するというもの。樽回収サービスは来月にはスタートさせたい、とRothenberg氏は言う。

「樽は容器自体が1本1万円で、メーカーにとっては貴重な資源。また戻ってこなければ次の出荷もできない。でもその管理はExcelや紙ベースで行われているところがほとんど。樽回収を行いつつ、効率化を図るために管理システムを開発する。そのために回収トラックにはエンジニアにも同行してもらい、効率の悪いところを探してシステム化していくつもりだ」(Rothenberg氏)

飲食店から樽を返却してもらうには報奨も必要だが、Rothenberg氏は「物流を効率化することで報奨も出せるようになる」と考えている。

酒販免許の関係から、最初はメーカーへ返却する空の樽の回収からスタートするが、その後はメーカーから飲食店への配送も検討。また、メーカーにとって大きな出費となる樽容器をシェアできるサービスにもつなげていく考えだという。「現行でも樽は特にブランドごとにカスタマイズされているわけではない。それなら同じ樽でもかまわないのではないか」ということらしい。

また、ウェブアプリから苦味やホップの量などをカスタマイズして、自分だけのビールを作れるサービスも、プロトタイプを9月末までに始めたいとRothenberg氏は言う。このサービスは、20本単位の小ロットでオーダーメイドビールが注文できるというもの。当初は、小さなクラフトビールメーカーで稼働していない空きタンクを借りて醸造を行う予定だそうだ。

 

樽回収サービスとオーダーメイドビールサービスの提供を通じて、Rothenberg氏は「売れるビール」を知るためのデータを集めたいと考えている。

Rothenberg氏は、クラフトビール市場の伸びにより「ビール関連のインフラ事業も一緒に伸びる」と考えている。

クラフトビール製造業はリソース不足、と先にも述べたが、レストラン向け販路は大手メーカーの協賛の競争が激しい分野。体力のないメーカーでもサーバーや備品などの提供に付き合えなければ、銘柄を切り替えてもらえないという悩みがある。

東京商工リサーチの調査によれば、そうした中、地ビールメーカーの間では「今後伸びが見込まれる販売先」としてネット通販も期待されているらしい。そうした意識の変化に伴い、「もう少しIT化したほうがよいのではないかと、各メーカーが思い始めている」とRothenberg氏は話す。そこを見据えて「ビールのサブスクリプションサービスも試したい」というのがRothenberg氏の次のプランだ。

「ZOZOTOWNのクラフトビール版」と彼は表現したけれども、物流、オーダーメイドビール、サブスクリプションサービスの提供を通じて「実際にどんなビールをみんなが飲んでいるのか」「実はどんなビールが飲みたいのか」、データを蓄積して、データをもとに最強のビールを開発する、というのがRothenberg氏のもくろみである。

ビールで自分だけの人生を生きる人を応援したい

国内でブランドを確立した後は海外展開も視野に入れ、最後は「工場から流通まで、ビール製造を完全に自動化する」ことまで検討しているRothenberg氏。すべての構想を実現するには20年かかると見込んでいる。

「通常スタートアップには、10年以内にエグジットか株式上場を目指すことが求められる。今回の資金調達では、この20年戦略に賛同してくれた株主に参加してもらえた」(Rothenberg氏)

イギリスで急成長している(かつ個性的な味とかなりやんちゃなブランディングで有名な)クラフトビール会社のBrewdogは創業10年で年平均68.44%(直近7年)のROIを出している。Rothenberg氏は「Brewdogのように成長するにはどうすればいいのか? そう考えたときに、経営に強い株主も欲しかった」と明かした。

2度目の起業となるRothenberg氏。「スタートアップには、やはりつらさはある」と述べ、「起業からの経緯も、できるだけ透明化して見せたい。そうすることが、ほかの起業家や起業したい人にも力になれば」とも語っている。

「『これもビールなのか!?』という体験を広めたい。自分だけに合うビールを見つけてもらいたい。それは『こういう生き方もあるんだ』ということにつながる。人生を自分で切り開いた、野茂英雄投手やイーロン・マスク、初めて月に降り立ったニール・アームストロング船長のような、自分だけの人生をつくる人を応援したい。そのためにはビールは最強のツールだ」(Rothenberg氏)

写真左から:Best Beer Japn CEOのPeter Rothenberg氏、共同創業者でChief Beer OfficerのEldad Bribrom(Dede)氏

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。