PFIから自然言語処理と機械学習の部門がスピンアウト、新会社「レトリバ」が2.5億円を調達

日本のソフトウェア・エンジニアなら「プリファードインフラストラクチャー」(PFI)を知っていることだろう。2006年設立のこの東大発ベンチャー企業は、高い技術力でその名をIT業界内に轟かせてきた。大規模データ分析基盤技術の「Jubatus」や、深層学習フレームワークの「Chainer」といったオープンソースプロジェクトも有名だし、彼らの発する自然言語処理や機械学習に関する技術情報や多くの発表スライドを、エンジニアであれば何度かは見ているはずだ。

ネット系ビジネスパーソンなら、「プリファードネットワークス」(PFN)のほうをご存じかもしれない。NTTも出資する形で2014年にPFIが設立した深層学習とIoTに特化したスタートアップ企業だ。複数のラジコンカーが徐々に自動運転を学ぶ「分散深層強化学習」のデモで知っている人も多いと思う。

そのPFIが成長に向けた岐路に立っている。すでに書いたPFNと、2016年8月にスピンアウトする形で誕生した新会社の「レトリバ」が、それぞれに外部資本を入れて別々に成長を目指す形になった。PFNは会社法でいうPFIの子会社ではないが、2つのコアとなって成長を目指す、ということだ。

レトリバはUTEC 3号ファンドから資金調達を2月24日付けで行ったことを発表している。TechCrunch Japanの取材に応じたレトリバ代表の河原一哉氏によれば調達額は2.5億円。PFIからの独立の話は2016年3月頃から始まったそう。8月には法人登記、11月1日にはPFIから事業譲渡を受ける形で、PFIの14名中製品事業部の11名がレトリバに移籍して独立した形になるという。ここでいう「事業」とは自然言語処理と機械学習関連の一連のプロダクト「Sedue」(セデュー)シリーズと、その事業を担う人員や顧客すべて。現状の顧客としては良品計画など10社前後あるという。

立ち上がったばかりのスタートアップ企業としては大きめの2.5億円の資金調達となっているが、これは事業譲渡の資金を得る目的もあったため。もともとPFIとして販売してきた製品群があり、ユーザーベース獲得の立ち上げ初期フェーズも終わっている事業なので、むしろシリーズA前後の資金調達とみるべきかもしれない。

河原氏はスピンアウトの背景には、PFI創業者で代表の西川氏がレトリバに継承されたPFIの事業と、PFNの事業の両方を見るのは大変だからという理由があり、「喧嘩分かれしたわけではない」と話している。

レトリバは、これまでPFIが開発してきた、以下の製品群の譲渡を受けている。

・統合検索プラットフォーム:Sedue
・リアルタイム大規模データ分析基盤:Sedue for BigData
・オンライン機械学習プラットフォーム:Sedue Predictor
・キーワード抽出プラットフォーム:Sedue Extractor

これらを新たにコールセンター向けソリューションとしてパッケージし直して販売していく。具体的には以下の2つだ。

Voc Analyzer:コールセンターのデータ分析を担う。機械学習を使って顧客ニーズの分析や、問い合わせで待ち時間が発生しているところなど課題を探し出してきて分析するツール。
Answer Finder:コールセンターの会話の履歴から似た質問を見つけてくる。

これらに共通しているのは機械学習と検索の技術で、PFIが培ってきた自然言語処理の技術が活きるのだという。レトリバに移籍した11人のうちエンジニアは6人、技術的知識を背景に顧客へのシステム提案を行う、いわゆるプリセールスエンジニアも入れると9人がエンジニアという技術ドリブンなスタートアップ企業だ。河原氏は、直近ではコールセンター市場にターゲットを絞ってビジネスを大きく育てていくことを考えているが、研究開発も続けると話している。例えば「音声認識→自動要約」を行うことで、膨大な会話データを機械的にまとめて加工していくような技術へ投資したいとしていて、いわゆる開発者だけではなく、研究者も積極的に採用したいという。

競合はIBM Watson、でも「負けているのは政治力だけ」

レトリバの競合製品といえば、Apache SolrやElasticSearchなど全文検索にはいろいろあるし、機械学習フレームワークや各種DWHなども競合するだろう。ただ、こうしたソフトウェア群は自前でシステム開発ができることが前提。レトリバがターゲットとするのはソフトウェアをコアとしていない事業会社だ。ここでの競合にはIBM Watsonがあるが、河原CEOに言われせると「われわれがWatsonに負けているのは政治力だけ」と技術的優位性に自信をみせる。

エグジット率の高いVCとして知られるUTECの投資を受けたことで、ビジネスとしてのスケールを目指す覚悟をしたように見えるレトリバだが、エグジットのイメージはどう考えているのか。

「出資時の事業計画では5年後のIPOを目指すとしています。VCとしてのUTECに期待しているのは、しっかりハンズオンしてくれることですね。これを(VC選択の)大きな条件としていました。助けてください、というニュアンスです。例えば採用支援です。UTECは技術系VCとして成功した事例も、失敗した事例もたくさん見ているはずです。われわれにはすでに顧客がいますから、失敗しなければうまく行くはず。だから失敗のデータベースが大事だと考えました」(河原CEO)

河原CEOは電気通信大学卒業後の2001年にサン・マイクロシステムズに入社。Solaris 10の仮想化技術の普及やWeb2.0企業担当などを経て2008年からはシーエー・モバイルでケータイ向け電子書籍の開発・運営を担当。これまでのキャリアで自分が経営トップになる日が来ると考えたことがなかったそうだ。

創業の2006年から10年あまり、エンジニアの間では一目も二目も置かれる存在のPFIだが、社会的インパクトやビジネスのスケールという点では、情報科学の英才たちを集めた「東大発ベンチャー」としては存在感に乏しかった。Googleのように強烈なキャッシュエンジンがあって初めて可能な技術的エッジの利いたテックビジネスの展開というものがあるだろうから、レトリバの門出には注目したい。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。