Spotifyが1100億円を投じて自社株購入へ、なぜ?

音楽ストリーミングサービスのSpotify(スポティファイ)は現地時間8月20日、これから2026年4月21日までの間に最大10億ドル(約1100億円)を投じ、自社株を買い戻すと発表した。金額は同社の時価総額の2.5%弱に相当する。同日午前の同社の時価総額は410億6000万ドル(約4兆5160億円)。自社株買いのニュースを受け、株価は5.1%上昇した。

同社は以前、2018年にも同様の買い戻しプログラムを実施した

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公開企業が現金の一部を使い自社株の買い戻しを行うことは、何も新しいことではない。Apple(アップル)、Alphabet(アルファベット)、Microsoft(マイクロソフト)など、多くの公開企業が積極的な自社株買いプログラムを実施している。成熟した企業や成熟に向かう企業が、バランスシートの一部やフリーキャッシュフローの一定割合を自社株買いに充てることはよくあることだ。

こうした取り組みの目的は株主に現金を還元することだ。自社株買いは配当と並び、企業が株主に報いるための重要な手段である。また、企業は自社株を購入することで、個々の株式の価値を高めることができる。流通する株式数を制限することで、企業の株式数は減少し、その結果、理論的には1株あたりの価値が上昇する。1株あたりの企業の所有権の割合が増えるからだ。

Spotifyの株式は、過去1年間で1株あたり387.44ドル(約4万2600円)という高値で取引されてきたが、現在は本日の上昇分を含めても215.84ドル(約2万3700円)の価値しかない。その意味では、同社が現金を投入して自社株の買い戻しを行うことは理に適っていると言える。

しかし、上場したばかりの企業に余剰現金をどうするつもりかと尋ねても、通常、自社株買いという答えは返ってこない。例えば、TechCrunchはRoot Insurance(ルート・インシュアランス)のCEOであるAlex Timm(アレックス・ティム)氏に、最近の2021年第2四半期決算の後、手元現金で自社株を購入するつもりか聞いてみた。同社の株価はここ数カ月で下落しており、おそらく自社株買いによって株主に報いるには魅力的な時期だ。ティム氏はその考えを否定し、同社は長期的な視点で事業を展開しているのだと話した。それはこういう意味だ。現金を株主還元ではなく成長のために使う。

しかし、Spotifyは依然として成長企業ではないのだろうか。確かに、同社の価値は利益が重視された上で評価されているわけではない。例えば、2021年上半期、45億ユーロ(約5760億円)の売上高に対し、純利益はわずか300万ユーロ(約3億8400万円)だった。

もしSpotifyがまだ成長に力を入れる企業であるなら、独占的なポッドキャストのようなものへの投資に備え、資本を温存すべきではないだろうか。そうすれば、将来的に価格決定力を握ることができ、時間の経過とともにより強い売上高の成長と粗利益が可能になるかもしれないのだ。

その問いに答えるには、同社のバランスシートを確認しておく必要があるだろう。2021年第2四半期の業績から主要な数字を紹介する。

  • Spotifyは第2四半期を「31億ユーロ(約3970億円)の現金および現金同等物、制限付き現金、短期投資」とともに締めくくった。
  • また、第2四半期において、3400万ユーロ(約43億5000万円)のフリーキャッシュフローを生み出した。この数字は「一部のライセンサーへの支払い(第1四半期より延期)、ポッドキャスト関連の支払い、広告関連の売掛金増加にともなう運転資本増加」にもかかわらず、前年同期比で700万ユーロ(約9億円)増加した。

簡単に言えば、Spotifyが長期的に粗利率、ひいては純利益率の向上に重要だと一般に理解されている取り組みに資金を使っているにもかかわらず、同社はなお現金を投げ出すのだ。世界的に見て現金や同等の資産の価格が下がっているため、銀行口座に莫大な金額があってもほとんど稼げない状況の中、同社は資金の一部を自社株買いに充てる。

今後数年間で10億ドル(約1100億円)を投じても、同社のキャッシュポジションが大きく損なわれることはない。実際、同社は非常に豊富な現金を保有している。だがこの動きは、同社のバリュエーションを維持し、投資家を満足させるのに役立つかもしれない。さらに、最近の市場の評価より大幅に割り引いた金額で株式を購入するため、同社が自社事業の価値に長期的な信頼を置いていることを考えれば、ほぼ得をする結果となるのかもしれない。

現時点でのより良い質問は、株主のために富の一部を切り離すことを決めたSpotifyが奇妙な会社なのかどうかではなく、そこそこのキャッシュフローと肥大した銀行口座を持つ、損益分岐点に近いハイテク企業がなぜ同じことをしないのか、というものだろう。

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画像クレジット:TechCrunch

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(文:Alex Wilhelm、翻訳:Nariko Mizoguchi

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TechCrunch Japan

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