TOB成立から1年、エキサイトは4期続いた赤字体質をどう脱却し半期過去最高益を達成したのか

左からエキサイト取締役CFOの石井雅也氏、代表取締役CEO西條晋一氏

「実はものすごく具体的な戦略や明確な見通しがあったわけではなく、見切り発車の状態で思いきって意思決定をした感覚に近い。仮説として10%くらいの営業利益にはできるのではないか、少なくとも黒字にはできるはず。そんな思いだった」

そう話すのはXTechの代表取締役であり、2018年12月からはエキサイトの代表取締役CEOも務める西條晋一氏だ。

XTechが子会社のXTech HPを通じてエキサイトにTOB(株式公開買い付け)を実施することを発表したのが昨年9月のこと。翌月の10月24日にはTOBが成立し、その時から1年が経過した。

エキサイトでは昨年12月に経営陣を刷新し、西條氏を代表とした新体制のもとで企業再生の実現に向けて抜本的な改革を実施。2020年3月期の上期決算において4期続いていた赤字体質から抜け出し、半期では過去最高の営業利益、経常利益ともに4.5億円を達成している。

10月7日付のプレスリリースでは主な施策として「新規事業領域への着手」「従業員の労働生産性の向上」「コスト構造の見直し」「抜擢人事の実施」などが挙げられていたけれど、具体的には現場でどのようなことが行われていたのだろうか。

今回TechCrunch Japanでは西條氏と、西條氏が改革のキーマンに挙げるエキサイト取締役CFOの石井雅也氏にTOB当時の考えから現在に至るまでの取り組みについて話を聞いた。

経験上「10%の営業利益」が出ていないとおかしい

そもそもXTechがエキサイトをTOBすることを決めた背景にはどんな思惑があったのか。

西條氏に聞いてみたところ、上場しているインターネット企業に対して「やり方を少し変えることによってもっと業績がよくなるのではないか」と思うことが以前からよくあったという。

「古くはガラケー時代の着メロや占い、最近ではソーシャルゲームなど特に1つの事業で上場した企業の中には、ビジネスモデルを変えられず伸び悩んでいるところもある。そういった会社に投資をしながら業績を改善して、株価をあげていくという取り組みをやりたいと考えていた」(西條氏)

エキサイトは複数の事業を展開するタイプではあったものの、それに該当する企業ということだったのだろう。筆頭株主だった伊藤忠商事の担当者と話をする中で少しずつTOBの話が進み、みずほ銀行などから必要な資金を調達できる目処がたったことで一気に現実化していった。

西條氏によると、このTOBはごく限られた関係者の中で進められたそう。XTech側の担当者は西條氏1人、エキサイト側も基本的に社長と経営企画担当者の2人だけ。ドキュメントなどはあれど、社内の様子は2人から口頭ベースで聞くのが中心で、現場で働くメンバーにヒアリングをすることもできなかった。

当時のエキサイトは長年に渡って減収が続いている状況で、売上はピーク時の130億円に比べると半分以下となる60億円ほど。そのうち約30億円がブロードバンド、約15億円がメディア、約15億円がコンテンツ課金というように3つの事業を柱にしていた。

「当時思ったのが、自分の経験上この事業であれば10%は営業利益が出ていないとおかしいということ。見たところ先行投資をしているわけでもなさそうだったので、それならば経営のやり方を変えることで改善できるのではないかと感じていた」(西條氏)

PL上では赤字でパッとしないものの、個別の事業やプロダクトを見ればやり方次第で伸ばしていけそうな“パーツ”があり、社内には60人のエンジニア・デザイナーを含めて約250名のメンバーもいる。決して不可能なことではないと考えた。

もちろん心配事がなかったわけではない。当時のエキサイトは平均年齢が36〜37歳ほどとITベンチャーとしては決して若くはなかった。だからこそ「(マインドセットの部分で)変わらなければならない状況になった時に変われるか」には不安を感じていたし、長らく減収が続いている状態に対する恐れもあったそうだ。

前提として基本的に人員削減や給与削減も実施しない方針だったため、事業の整理や経営リソースの配分の変更、コストや対外的な契約条件の見直しなどを中心に業績を回復させていかなければならない。

冒頭の西條氏の言葉にもあるように、とっておきの秘策を持って挑んだわけではなかったが「自分自身は新規事業が得意。少なくとも既存事業を黒字が出るくらいまで挽回できれば、あとは新規事業で盛り返せる」と考えていたという。

エキサイトの主要サービス

最初に実施した1on1で改善の兆しを掴む

そんな状況下でのスタートだったため、代表に就任して改革を進めていくに当たり外からは見えなかった「ギャップ」を感じる場面も多かったようだ。

以下は西條氏と石井氏の話の中から出てきた、中に入る前後でのギャップや実際に現場を見て感じた課題に関する主要なトピック。当然ポジティブなものとネガティブなもの、どちらもあったという。

  • 素直で真面目な人が多く、敵対的な態度を取るような人が少なかった
  • エンジニアを中心にしっかりとしたスキルを持っている人が多かった
  • 外部との契約条件が想像以上に悪かった
  • 経営上の数値についてきめ細かく管理されていた
  • その一方でコストや組織、階層などが分厚く、特にスピード感の部分に課題があった
  • 投資回収の基準が厳しく、伸ばせる事業に十分な投資ができてなかった

西條氏らが体制変更後にまず取り組んだのが社員との1on1ミーティングだ。西條氏と石井氏、そして同じく取締役の秋吉正樹氏の3人で徹底的に社内のメンバーと話をした。

「最初の2〜3週間は面談をほぼ1日中やり続けて、どの部署が指揮が高いのか、それぞれがどのような思いを抱えているのかを聞いた。良い意味でギャップだったのが想像以上にメンバーの性格が良くて、コミュニケーションに困る人がいなかったこと。『買収』だからと敵対的な姿勢をとる人もいなかったので、これならカルチャー的にマッチできると正直ホッとした。改革を進めていく上で非常に大きかった」(西條氏)

上場していたのでコンプライアンス面やモラル面もしっかりしていたことに加え、ポータル事業を支えるエンジニアを始めしっかりとしたスキルを持つメンバーも多く、業績を改善するための基盤自体はあった。だからこそ西條氏らはその次のステップとして、「コスト改善」とともに各メンバーのポテンシャルを発揮できるような「組織体制と文化のアップデート」に取り掛かる。

そこでキーマンとなったのが現CFOの石井氏。前職のサイバーエージェントでは財務経理部門の責任者として決算・開示・税務などを始め様々な業務に携わってきた経験を持つ人物で、2019年に入ってエキサイトに参画し一連の取り組みの舵取りを担った。

石井氏は入社直後から1on1ミーティングと並行して「組織ごと、部門ごとにPLと人数を可視化した資料作り」をスタート。組織面における課題の洗い出しを猛スピードで進めた。

「エキサイトが良かったのは、最初から詳細な資料が作れるくらいにしっかりと管理会計がされていたこと。一方でコストや組織、階層などいろいろな部分で“管理が分厚すぎる”側面があった。その構造が様々な場面でスピードを遅らせる原因にもなってしまっていたので、早い段階で組織構造と文化を根本的に変えていく必要があると感じていた」(石井氏)

カギは組織構造と文化のアップデート

エキサイトでは2018年12月に西條氏を始めとした新経営陣が就任。2019年に入って石井氏らも加わり、改革を進めてきた

石井氏によると、組織体制・管理体制においては大きく5つの観点でテコ入れをしてきたという。

  • 組織の見直し
  • 組織階層の見直し
  • 稟議の見直し
  • 配賦方法の見直し
  • 予算作成プロセスの見直し

中でも重点的に行なったのがメンバーのパフォーマンスに直結するものだ。最初に目をつけたのが部門ごとの人数比率。当時のエキサイトでは実に社員全体の60%がコストセンター(管理部門)に配属されていた。そこにメスを入れ、できるだけ多くの社員をプロフィットセンターへと寄せることで人的リソースの最適化を図ったわけだ。

同時に階層のバランスや稟議のフローも見直した。それまではマネージャー1人に対してメンバーが3人付くような構造だったところを、だいたいマネージャー1 : メンバー6のバランスになるように変更。現場のメンバーへの権限移譲も進めた。

石井氏によると以前は「部下がいないマネージャー」や「配下に誰もいない部長」なども存在していたそう。その体制が必要以上に業務フローを重たくし、200人ほどの会社にも関わらず西條氏のデスクにはハンコが8個押された申請書が並んでいる(=8人の承認を得ないと進められない)ような状況だったという。

「ある程度状況が把握できた段階で感じたのは『流れている時間軸が違う』、『1人1人がやる業務範囲がものすごく細分化されている』ということ。たとえば自分の経験上、会議でフィードバックを受ければその日のうちか、遅くとも週明けには改善案が出てくる感覚だったが、それが定例会議ベースだったりする。つまり1ヶ月ごとの会議では改善案が出てくるのに1ヶ月かかっていた」

「業務範囲に関しても細かい仕事ごとに別々の担当がついていて『1人でまとめてできるのでは』というものも多かった。個々のジョブサイズが小さく、実力のある社員にとっては余裕がありすぎる状態だった」(西條氏)

西條氏や石井氏のアプローチは、従来のいい部分を受け継ぎつつ「ネット系ベンチャー流のスピード感やマインドセット、カルチャーを注入していくこと」だと捉えることもできるだろう。2人は過去の経験から「このくらいの規模の業務であれば、だいたい何人いれば十分」という適正サイズの見極めもできたので、その意思決定は躊躇なくスピーディーにやれたという。

その上でメンバーの評価制度にもアップデートを加えた。以前は60段階ほどに細かく分かれていたものを5段階へとシンプルにして、若いメンバーでも成果を出せば給与が上がりやすいモデルへと変更。若手人材の抜擢も進め、今では約30人の管理職の内、4人が新卒でエキサイトに入社したメンバーだ(以前は約60人いた管理職のうち、新卒で同社に入ったメンバーは1人だけだったそう)。

伸び代のある事業にヒトとカネをつぎ込み売上向上

TOB以降のエキサイトの変化を語る上で「組織や文化」に関する改革は避けては通れないけれど、当然これだけで業績が改善されたわけではない。短期的にはコストの見直しの積み重ねも大きく寄与したという。

西條氏が代表就任後すぐにギャップを感じたと話していたのが「外注費や共同事業の収益シェア率といった社外との契約条件が、自分の常識からすると通常のベンチャーと比べて悪い」ということ。世の中の中間値を知らないで交渉していると感じたため、これについては相当な改善を見込めるという手応えがあった。

取引条件の改善だけでなく、そもそも売上に寄与しない外注費も膨らんでいたことから、それらを石井氏主導で徹底的に洗い出しては削減・見直しを積み上げていったそうだ。

そのようにして浮いた資金を、今度は伸び代のある事業へのプロモーション費用として集中的に投下。社内には“筋が良くても適切な投資ができていないが故に伸び悩んでいた事業”が存在していたため、そこにヒトとカネをつぎ込んだ。

「伸びないから広告費を使っていないのかと思いきや、伸びる要素があるのに投資ができておらず機会損失が発生していた。背景には赤字が続いていたことだけでなく、そもそもの回収基準が厳しかったこともある。対外的な競合が広告費の回収期間を9ヶ月ほど見込んでいたのに対し、自分たちの基準は3ヶ月。特に月額課金型のプロダクトならある程度は攻めの先行投資ができるはずなので、その考え方を変えていった」(西條氏)

コスト削減によって赤字体質を脱却しただけでなく、売上高自体も前年より伸ばすことができたのは、まさにこのような取り組みによるものだろう。

スタンダードな取り組みを徹底的してやり続けた結果

ここまで紹介してきたことはあくまでほんの一部でしかないけれど、実際にこの10ヶ月ほどでエキサイト社内で進められてきた取り組みだ。

この期間を振り返ってもらう中で西條氏と石井氏に共通していたのが「開示されている資料など、外からわかるものだけでは実際の内実はほとんど読み取れなかった」ということ。数字だけを見れば年々業績が悪化している中で「改革にはかなりの時間を要し、相当苦労することも覚悟していた」(石井氏)と話す。

ただ今回は2人にとってポジティブなギャップの方が大きかったと言えるだろう。実態をいち早く知る上では欠かせない事業や組織に関する細かい数字がまとめられていて、対外的にはほとんど評価を受けてはいなかったものの、伸ばせる余地のある事業もあった。そして何より現場で改革を担う社員がいた。

社員とうまく意思疎通ができなければ、まずは関係性を構築するところからのスタートになるが、エキサイトの場合はその必要もなかった。だからこそ「想定していたよりもかなり早いスピードで進めることができ、3月の時点ではすでに黒字化できる手応えがあった」(石井氏)という。

その言葉通り4月には単月黒字化を達成。西條氏の仮説を超えて営業利益率15%も実現した。西條氏自身はXTechの代表なども兼務しているため、エキサイトに出社するのは基本的に毎週火曜日と金曜日の2日間。取り組みの多くは石井氏や現場のメンバーが遂行してきた。

「自分の経営手腕が優れているとか、ものすごい戦略があったとか思われているかもしれないが、実際は現場のメンバーが主体となって『スタンダードなこと』を徹底してやり続けてきたというのが現実。決して何か特別な手法を使ったわけではない」

「自分たちが主にやったことは、これまで残してもらっていた財産を活かしながら、少し古いルールで戦っていたところに最新のルールを教えたぐらい。病状で言えばメタボで栄養失調気味だったので、筋肉質にして血の巡りをよくするような方法を伝えたら、みんながどんどんアップデートしてくれた」(西條氏)

実際に中に入るまでは社内にどんなメンバーがいるのか十分に把握できていなかったため、当然上手くいかない可能性もあっただろう。その点は西條氏も認めるところで「もし次回同じようなことがあった場合、デューデリジェンス時にはとにかく社員との面談をやりたい」とも話す。

エキサイトを再び成長曲線に乗せるチャレンジとしてはいいスタートを切ったものの、真価が問われるのはこれからだ。再上場を見据えて売上のトップラインを伸ばしていくためには「既存事業に続く4本目の柱を打ち立て、新しいエクイティストーリーを作っていくことが必要」(西條氏)になる。

すでにそのための仕込みは始めていて、D2CやHRTech領域の新規事業を今後展開する計画。社内では新規事業創出会議や30歳以下の人材を育成する仕組みなど、次の事業の柱を作り出すための土壌を整えている。

TOBから1年、赤字体質からの脱却に成功したエキサイト。同社のここからのチャレンジに注目だ。

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。