VCが語る「エンゲージメントの基盤」:TC School #16レポート1

iSGSインベストメントワークス代表取締役/代表パートナー 五嶋一人氏

TechCrunch Japanが主催するテーマ特化型イベント「TechCrunch School」第16回が9月26日、開催された。今年のテーマはスタートアップのチームビルディング。今シーズン3回目となる今回のイベントでは「チームを深める(エンゲージメント)」を題材として、講演とパネルディスカッションが行われた。

本稿では、そのうちのキーノート講演をレポートする。登壇者はiSGSインベストメントワークスで代表取締役/代表パートナーを務める五嶋一人氏。五嶋氏からは、これまで手がけてきた投資先スタートアップや企業買収による統合後の組織におけるエンゲージメントについて、VCの立場から見聞きしてきたことを語ってもらった。

M&A後の組織再編・強化も手がける五嶋氏

五嶋氏が代表パートナーを務めるiSGSインベストメントワークスは、2016年の設立。それまでの五嶋氏は、銀行、ソフトバンク・インベストメントなどを経て、2006年にディー・エヌ・エー、2014年にはコロプラに入社。ベンチャー投資のほか、買収、ポストM&Aの組織再編・強化などに従事してきた。M&Aでは、横浜DeNAベイスターズや旅行代理店エアーリンク、スカイゲート、中国のモバイルSNS「天下網」を有するWAPTXなどの買収とPMI(Post Merger Ingegration:ポストマージャーインテグレーション、M&A成立後の統合プロセス)などに携わっている。

iSGSには五嶋氏も含め、3人の代表パートナーがいる。ビジョンに「Go Beyond Goal:すべてのゴールは、次へのはじまりだ」を掲げる同社の強みについて、五嶋氏は「代表パートナーがそれぞれ実務経験、経営経験、投資経験が長いこと、新規事業、M&A、事業投資と広い知見と経験を持ち、さまざまな領域の投資に対応できること、女性の代表パートナーを擁する国内唯一の独立系VCであることから、女性向けマーケットに強いこと」などを挙げている。

iSGS 1号ファンドの投資先は、設立から3年で65社。対象となる事業領域はさまざまで、投資サイズも500万円〜2億円と幅広い。女性起業家によるスタートアップが16社、海外に本拠を置く企業が11社を占める点も特徴だと五嶋氏。海外スタートアップでは、福利厚生のアウトソーシングサービスを行うFondなどに投資を行っている。

エンゲージメントが注目を集める背景

エンゲージメントはビジネスでは一般的に「絆」という意味合いを持ち、人事領域では「従業員の会社に対する愛着心や思い入れを示すもの」とされている。では、同じ従業員と会社との関係性を示す言葉として「従業員エンゲージメント」と「従業員満足度」、「ロイヤルティ」とでは何が違うのか。

従業員エンゲージメントは、企業と従業員の結びつきの強さ、会社と従業員がお互いに貢献し合い、信頼し合うことで成立するものと五嶋氏は説明する。

それに対して従業員満足度は、会社が与える報酬や待遇、環境などを従業員が評価するものであり、「エンゲージメントとは軸が違う」と五嶋氏はいう。

そしてロイヤルティには「忠誠」という言葉の意味通り、従業員が会社に対して「忠誠を誓う」といった上下関係が含まれている。

従業員と会社との関係性において、今、エンゲージメントが注目されている理由として五嶋氏は、2つの理由を挙げている。1つは終身雇用や年功序列の崩壊で、成果報酬主義を取り入れる企業が増えたことで、どれだけ報酬を高くしても、優秀な人材ほどより高い報酬を求めて、結局辞めてしまうという現実だ。

もう1つは、働き方改革による副業解禁が挙げられている。本業の会社と副業とを比較することができるようになり、「本業の会社がつまらない」「一緒にやっていく意味は何か」といったことが問われるようになってきた。こうした世の中の流れにおいて「エンゲージメントは大事になってくる」と五嶋氏は語る。

従業員エンゲージメントを高めることの利点について、五嶋氏は「従業員満足度向上のために報酬や待遇、福利厚生をいくら上げても企業価値が上がるとは限らない。逆に従業員エンゲージメントが高ければ、会社や事業への貢献意欲は高いはず。『会社のためにがんばろう』というモチベーションが高い状態になるので、企業価値が上がる効果が期待できる。結果として、業績アップや離職率が下がるといったメリットが得られるだろう」と説明する。

器(組織)のサイズがエンゲージメントのベースとなる

さて、そのエンゲージメントを高めるためのポイントについては、世間でさまざまな施策が語られているが、講演では五嶋氏自身が実際の経験に基づいて「僕はこう思う」と感じたことを伝授してもらった。

「インターネットや書籍をはじめとするメディアでは、いろいろなエンゲージメント向上策が紹介されている。それぞれ使えることは使えるのだが、いざ自分がエンゲージメントを上げなければならない当事者になると、実際にはどうしていいのかが分からず、どれも机上の空論感を強く感じることになる」と五嶋氏は述べる。

自身も企業買収、経営統合などの場面でいろいろな問題に直面してきたという五嶋氏は、「世間的に良いとされる施策は、自社では効果が出なかったり、そもそもうまく実行できなかったりする。組織は百社百様だから、マネしてやってみようとしても、人のマネをしてうまくいくことはあまりないのではないか」と話している。

そうして問題に直面する中で、五嶋氏が気づいたのは「そもそも、いろいろな施策を打つ前に、組織(チーム)のサイズという『器』が適切かどうかが鍵となるのではないか」ということだった。

五嶋氏は器のサイズとして3パターンを紹介している。1つ目は1チーム7人というサイズで、米海兵隊の自己完結型チーム、Amazonのプロジェクトチームでも適用されており、映画『七人の侍』といった例もある。「経験知として据わりが良いだけでなく、組織論の基礎で取り上げられる『スパンオブコントロール』(統制範囲の原則)の研究でも『企業内でマネジャーが直接管理できる部下の人数は5〜7人程度』と言われており、腹落ちするサイズだ」(五嶋氏)

五嶋氏は「7人の器にすることによって、コミュニケーションや相互理解は自然と深まる。エンゲージメント向上について、いろいろ施策を考えなくてもよい」と述べている。チーム構成は1人のマネジャーに6人が付く形。1つの会社としては規模はまだ小さい。

続いての器のサイズは15人。例として挙げられたのは、ワールドカップ開催で話題のラグビーだ。1チーム15人が同時に出場するラグビーは、グローバルなメジャースポーツでは同時参加人数が最も多いスポーツだと言われる。「1つの目標に向かって寝食を共にまでして訓練を重ね、それで人間が一丸となって進める上限が15人前後なのではないか」と五嶋氏。15人チームでは、先に挙げた7人チームを2ユニット入れ、その上に全体をまとめる1人のマネジャーが付く形となる。

最後の器のサイズは150人と、ぐっと大きな規模になる。2つ目の15人チームの10倍だ。イギリスの人類学者、ロビン・ダンパーが提唱した「人間の脳が群れで互いに覚えられる人数」である「ダンパー数」が150程度だとされている。これは人間が本能的に上限としてきた群れの人数が、脳の大きさによって制限されているとした研究で、五嶋氏も「僕の体感もそうだし、いろいろな会社の経営者が『従業員が100人を超えたあたりから、全員の顔と名前が一致しなくなってきた』『家族構成まで含めて知っている従業員の数が100人強だ』と語っているのは、ダンパー数の発露だろうと思う」と述べている。

「組織を大きくするときの参考にしていただければ」と五嶋氏がチーム構成の例として紹介したのは、130人チーム。前述の7人チームを6ユニットまとめてマネジャーを1人置いた43人のブロックを基本に、3ブロックを束ねてその上にさらにマネジャーを置いたものだ。

これらの器、つまり組織の形とサイズについて五嶋氏は「人が足りない、マネジャーが育たない、管理職の力量が不足している、人が辞めてしまう、そういったことを嘆く前に、まず器の大きさや形が正しいかどうか見直すことを投資先には勧めている」と語る。「人数が少なければシンプルに仲良くなれる可能性が高く、そうなれば簡単には辞めない。会社に行くのが楽しい、このメンバーと仕事をするのが楽しい、というのは、エンゲージメントの1つの本質だと思う」(五嶋氏)

また五嶋氏は「人が足りないから採用しよう、マネジャーが力不足だから外から連れてこよう、経営合宿しよう、といった採用・教育の前に、器の型がちゃんとできているのか、一度考えた方がいい」とも話している。「例えば、40人を1人のマネジャーが見る、というのは一般的に感じられるが、実はあまり現実的ではないのではないか。この規模でうまくいかないということがあれば、それはマネジャーの力量が足りないと嘆く前に、組織の大きさや形が適切かどうかを疑うべき。組織の設計は経営者の責任だ。40人いるなら、7人チーム6つ+マネジャーというふうに分けてあげて、その上でマネジャーの力量を測ってみてもよいのでは」(五嶋氏)

「『足りないから採る』というだけでは、本当にスタートアップは潰れる。自分たちの組織の姿・形を見つめ直して適切に配置してあげることが、エンゲージメント、すなわち従業員が前向きに意欲を持って働くための基盤として必要だ。人をコントロールするマネジメントの観点で組織の規模を語る人はいるが、エンゲージメントの観点から組織の規模を語る人はほとんどいないのではないか。しかし人間は所属する組織の『規模』に、行動やパフォーマンスがすごく影響を受ける生き物だということを、ぜひ心に留めておいてほしい」(五嶋氏)

透明性、経営者との距離、そして可視化

最後に五嶋氏が考える「エンゲージメントの基盤」について語ってもらった。まずは前項で紹介した「適切なサイズで人を組織しているか」という器のサイズが一番重要だと五嶋氏はいう。「100人なら何とかエンゲージメントが築けそうでも、1000人で1チームではちょっと無理だということは誰にでも分かるはずで、ということは、どこかに『適切な規模』というものがある、ということ。じゃあ適切な規模がどこかといえば、僕の経験では最小単位7人、チームとしては15人ぐらいがいいかと思う。あとはユニットの組み合わせで増やしていく。経営層も7人までがよい。社外取締役も含めて10人、なんていうのはあまりオススメしていない。スタートアップであれば、取締役と執行役員といった経営層で7人以下が望ましい。そうすれば、チーム一丸となって仲良くやれる可能性が高まるのではないか」(五嶋氏)

次に五嶋氏が挙げたのは「透明性」だ。会社やチームが今どうなっているのか、何を目指しているのか。一緒に働く上司やチームメンバーが何を考えていて、今、何をやっているのか、何で忙しいのか。これが見えるということが、透明性のある状態だと五嶋氏は考えている。透明性の確保にもチームサイズは重要で、「7人以下であれば自ずと確保されやすくなる」と五嶋氏。「人数が少なければ、こうした透明性は生まれやすい」と話している。

最後に五嶋氏が挙げたのは「経営者との距離の近さ」。経営者がどんな人柄で、何が好き・嫌いか、会社のメンバー全員が分かっている状態は強い、と五嶋氏。また、メンバーと経営者とのコミュニケーションについては、エンゲージメントの観点からは「質より量」を重視した方がよいという。「経営者は自分がどんなことが好きで、どんなことが嫌いか、組織全体に伝わるように心がけるとよい。また、その場にいることで、音声で伝わる情報はバカにならない。『スタートアップはワンフロアのオフィスが良い、社長室はない方が良い』と言われるのは、恐らくこういったことが起因しているのだろう。経営者との距離感は、スタートアップにおけるエンゲージメントでは超最重要項目のひとつだ」(五嶋氏)

透明性の確保、経営者との距離を縮めるためには「可視化」、それも言葉と数字で表すことだと五嶋氏はいう。「僕は、経営者の仕事の80%は可視化だと、いつも言っている。会社のビジョンや強み、サービスなどがどんなに素晴らしくても、可視化できなければ社内にも社外にも、誰とも共有できない。数字と文章を使って可視化することがマネジメントの一番大事な仕事だし、資金調達も人材獲得も、もちろんエンゲージメントも、可視化ができなければ何もできない。可視化が上手な経営者は何をやってもうまくいくのではないか」(五嶋氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。