VRの力を借りて人工網膜が進歩、人体臨床試験に向けて開発が進む

視覚障害を持つ多くの人々にとって、人工網膜の開発はひと筋の光とも言えるが、いよいよその実現が現実味を帯びてきた。これまでとはまったく異なるアプローチを採用した最新のテクノロジーでは、光を電気に変換する極小ドットを用いる。そしてバーチャルリアリティを用いることで、この構想の実現性が高いことことが確認できている。

この光起電力人工網膜はスイス連邦工科大学ローザンヌ校によって開発されたもので、Diego Ghezzi(ディエゴ・ゲッツィ)氏がこのアイデアの実現に向けて数年前から取り組んでいる。

初期の人工網膜は数十年前に作られており、その基本的な仕組みは、体外に設置されたカメラ(例えば眼鏡など)からワイヤーを介して微小電極アレイに信号が送られるというものだ。微小電極アレイは、機能していない網膜の表面を貫通し、機能している細胞を直接刺激する多数の小さな電極で構成されている。

これの問題点は、アレイへの電源供給やデータ送信のために眼球の外側からワイヤーを通す必要があることだが、これは人工装具や身体全般において一般的に「すべきでないこと」とされている。また、アレイ自体の大きさによって配置できる電極の数が制限されるため、最良のシナリオでの効果的な解像度は数十から百「ピクセル」程度のものだった(視覚システムの仕組み上、このピクセルの概念は私たちがイメージするものとは異なる)。

光を電流に変える光起電力素材を使用することで、こういった問題を回避するというのがゲッツィ氏のアプローチだ。デジタルカメラの仕組みとさほど変わらないが、電荷を画像として記録するのではなく、電流を網膜に送り込むというわけだ。電力やデータを網膜インプラントに中継するためのワイヤーは必要ない。どちらも、網膜インプラントを照らす光によって提供されるためだ。

画像クレジット:Alain Herzog / EPFL

同校が開発中の網膜インプラントには何千もの小さな光起電力ドットが配置されており、理論的には眼球の外側にある装置がカメラからの検出結果に応じて光を送り込むことで、映像が映し出されるという。当然のことながら、これは非常に難しい技術だ。また、画像を撮影し、目を通して網膜インプラントに投影するメガネやゴーグルも必要である。

我々がこの方法を初めて耳にしたのは2018年のことだが、新たな資料によるとその後状況は多少変化しているようだ。

「ピクセル数を約2300から1万500に増やしました。そのため今では映像を個々に見るというよりは、連続したフィルムのように見えます」とゲッツィ氏はTechCrunchへのメールで説明してくれた。

当然、そのドットが網膜に押し付けられるとなると話は別である。何しろ正方形なら100×100ピクセルほどしかないのだから、高精細度と呼ぶには程遠い。しかし、人間の視覚を再現することが目的ではない。そもそもそれは不可能なことであり、特に最初のトライでそれを実現させることは現実的ではないだろう。

「技術的には、ピクセルを小さく高密度にすることは可能です。問題は、発生する電流がピクセルサイズに応じて減少するということです」とゲッツィ氏。

電流はピクセルサイズに応じて減少する。ピクセルサイズはもとより大きくはない(画像クレジット:Diego Ghezziその他)

そのためピクセルを増やせば増やすほど機能を果たすことが難しくなり、さらに隣り合う2つのドットが網膜の同じネットワークを刺激するというリスクもある(これはテスト済みだという)。しかし数が少なすぎると、ユーザーにとって分かりやすい画像が得られない可能性がある。10500個というと十分に聞こえ、またそれで十分なのかもしれないが、それを裏付けるデータがないのが実情だ。そこで同チームは一見まったく縁のなさそうな媒体に注目した。VRである。

研究チームが実験段階の網膜インプラントを人に装着してその効果を確かめるという「テスト」を正確に行うことはできないため、デバイスの範囲や解像度が物体や文字を認識するような日常的タスクに十分であるかどうかを判断する別の方法が必要だったのだ。

画像クレジット:Jacob Thomas Thornその他

これを実現するため、インプラントを介して網膜を刺激することで生まれるであろう光の「蛍光物質」が見える以外は真っ暗なVR環境に人々に入ってもらう(ゲッツィ氏はこれを、明るく移り変わる星座のようなものだと表現している)。そして蛍光物質の数や表示される範囲、画像が移り変わるときの光の「尾」の長さを変えて、被験者が文字や風景などをどの程度認識できるかをテストした。

画像クレジット:Jacob Thomas Thornその他

その結果、最も重要なのは「視野角」つまり映像が映し出される範囲の大きさであることが判明した。どんなに鮮明な画像でも、視界の中心部だけに映し出された場合理解しにくく、全体の鮮明度が損なわれたとしても、視野が広いほうが良いということが分かったのだ。脳内の視覚システムの強力な分析により、まばらな画像でもエッジや動きなどを直感的に理解することができる。

これにより、インプラントのパラメーターが理論的に正しいことが示され、同チームが人体臨床試験に向けて動き出すことが可能となった。このアプローチは以前のワイヤー式のものに比べて非常に有望なものの、広く利用できるようになるには早くても数年はかかるだろう。それでもこのタイプの網膜インプラントが実用化される可能性があるということは、非常にエキサイティングなことであり、我々もこのトピックから目を離さず見守っていきたいと思う。

カテゴリー:ヘルステック
タグ:VR視覚網膜スイス

画像クレジット:Alain Herzog / EPFL

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)

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TechCrunch Japan

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