WebKitの独占状態の是非

icon-goldOperaが自前のレンダリングエンジンの開発を停止し、オープンソースのWebKitエンジンを採用することにしたというニュースは各所から大いに注目を集めた。WebKitはGoogleのAndroid向けブラウザでも、またAppleのiOS向けブラウザにも採用されている。すなわちモバイル環境においては、既に事実上の標準の地位を獲得している。そしてさらにその触手をデスクトップ環境にも伸ばしつつあるところだ。既にChromeは、Tridentを採用しているMicrosoftのInternet Explorerや、MozillaのGeckoを採用しているFirefoxと比べてかなりのリードを獲得している。こうした状況の中で、頭に浮かぶ疑問がある。各社が独自のエンジンを開発して、競い合う環境の方が良いのか、それともWebKitを標準として各社に採用してもらう方向が望ましいものなのだろうか。

WebKitはオープンソースのプロジェクトであるので、誰でも開発に参加することができる。Google、Apple、Mozilla、Microsoft、Opera、あるいはブラウザ関連のさまざまな企業が参加しているので、標準的に採用される技術を即座に実装することができる。レンダリングエンジンが統一されることで、開発者の苦労は大いに低減されることとなる。レンダリングエンジンの違いによる細々とした表示スタイルの違いに頭を悩ませないで済むようになるわけだ。

Hacker Newsのスレッドにも多くのコメントが寄せられている。WebKitの開発に集中することで、多くのイノベーションが生み出されるのであれば、WebKit独占の状態は開発者にとっても利用者にとっても良いものとなる可能性があるという論調もみてとれる。

こうした独占に向けた流れに抵抗する筆頭はMozillaだ。これまで独自のGeckoエンジンおよび、その後継となるServoに多大なリソースを割いてきた。Mozilla CTOのBrendan Eich曰く、Mozillaの存在意義をかけて独占には抗っていくつもりだとのこと。また、MozillaエンジニアのSteve Finkは、モバイルかデスクトップかを問わず、WebKit独占を許してしまえばイノベーションが阻害され、少数企業によるプラットフォーム独占を惹起してしまうと述べている。そのような状況になれば、結局は各社利益を追求する迷惑な混乱に支配されてしまうことになるとも述べている。

しかしWebKitはオープンソースであるので、もし開発が滞ったりあるいは特定のステークホルダーが開発を政治的理由によって妨害するようなことがあれば、即時に開発の道筋を分岐させることができるので、独占による悪影響などはないと考える人もいる。

From Google's Chrome Launch Comic Book

但し、ウェブの世界ではこれまでにも「独占の弊害」を経験したことがある。IE5やIE6の時代(Netscapeが舞台を去り、そしてIEは6のリリースが2001年で、IE7が登場したのは2006年だった)には、完全に「停滞」状況になっていた。そうした状況の中、2004年あたりからはFirefoxがスタートし、そしてWebKitをベースとしたGoogleのChromeも2008年に登場してきたのだった。Chromeのミッションはレンダリングエンジンの標準化を試み、そしてJavaScriptの高速化を行うということだった。独占を崩す存在が登場してきたことにより、ウェブプラットフォームは現在のような応用環境に進化したのだとも言えるだろう。

「ウェブ」が今後戦っていく相手は?

Operaは、「独占状態は良くない」と主張しつつ、その言葉とは正反対にも見える道を歩むことになった。Operaもそれなりのシェアを獲得しているにも関わらず、「多くの開発者たちがWebKitのみをターゲットに開発をしているという現状があります」と述べ「先頭に立って独自の道を追求していくことにメリットは少ないと判断しました」とのこと。

Operaの選択した方向は興味深いものだ。結局のところ、ウェブ技術は各社のレンダリングエンジンの違いで競っていくのではないと判断したわけだ。今後の競合相手はネイティブアプリケーションであると判断したわけだ。Operaは「閉鎖的な“アプリケーション”に対抗して、オープンなウェブ技術を推し進めていくつもりだ」とのこと。その戦いを効率的・効果的に進めていくためにWebKitの採用を決めたということだ。

開発者と利用者の着眼点の違い

理想を言えば、さまざまなベンダーが「標準」に則った開発を行って、レンダリングエンジンの違いによる差異などを意識しないで済むというのが良いのだろう。同じコードは同じように表示されるべきだろう。しかし、「標準」を意識しつつも実装により細かな違いがあり、同じような表示を実現するなどということはできなかった。

但し、たいていの利用者はレンダリング方式の違いによるウェブページやウェブアプリケーションの見え方にはほとんど意識を払わなかった。利用者は利用可能な機能(ブックマーク、プラグイン、タブなど)によってブラウザを選択していただけなのだ。そうした機能の多寡や使い勝手によって、利用者はブラウザを切り替えてきたのだ(もちろんあまりに速度が遅いものなどは排除されることになる)。

Mozillaは、魅力的な機能を提供していくためには、ブラウザ全体を自ら手がけていく必要があると述べている。今やWebKitに対する唯一の対抗勢力と言っても良い存在になったMozilla陣営は、自らの言葉を証明するために、利用者にとって真に魅力的な機能を提供していく必要がある。

個人的には、「標準」に基づいた競合がある方がイノベーションサイクルも早まると考えている。ウェブ技術というのは、まだひとつのエンジンに集約してしまうような枯れた技術ではないと思うのだ。レンダリングエンジンが複数存在すれば、余計な作業も増えるだろうし、迷惑に感じられることすらあるかもしれない。しかし将来的にきっと実を結ぶ、「若い時の苦労」になると思うのだ。

原文へ

(翻訳:Maeda, H)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。