人びとに再び価値を取り戻そう

【編集部注】著者であるDavid Nordforsは、Vinton Cerfと共に設立したi4j Innovations for Jobs Summitの共同議長である。共同著者であるVinton Gray Cerfは、i4j(innovation for jobs)の共同設立者であり、「インターネットの父」の1人として広く知られている。Cerfは、米国の国防高等研究計画局(DARPA)においてTCP/IP技術開発のための資金提供マネージャーとして働き、現在はGoogleにおいて、Chief Evangelist of the Internet(インターネット主任エバンジェリスト)として働いている。

イノベーターや起業家たちによって生み出される、技術的成果の速度や進化度と、そうした技術が人間の幸せに寄与する方法の間には、断絶が存在している。

私たちは技術力を何倍にも高めてきたが、それでもより幸せにはなっていない。より充実したものに振り向ける時間は増えてはいないのだ。

私たちは、私たちの力をお互いに(ということは結果自分たち自身を)より価値のあるものにするために使う事ができた筈だ。それなのに、私たちは機械による失業に怯え、経済から無価値なものと思われることを恐れている。より良い技術とより良い生活とのつながりは、とても混乱しており、多くの人はその存在についてじっくり考えてはいない。

著者の2人は、i4j(Innovation for Jobs)の共同創立者だ。i4jは2012年以来、イノベーションがいかに失業を減らし、より良い仕事を生み出していけるかに関するアイデアを交換し続けてきた、思想リーダーたちの電子コミュニティである。私たちは、新しい著書“The people centered economy – the new ecosystem for work”(人間中心経済 ーー 仕事のための新しいエコシステム)の中で強調しているように、そうしたことを実現するためのアプローチの1つを発見したと考えている。著書では、高い空からの視点からシナリオの詳細に至る、アイデアのシステムを提示している。そこには、数多くの実世界の事例に基づいた理論が示されている。著者はi4jのメンバーたちや、例えばLinkedInのような大企業の創業者たち、スタートアップのCEOたち、投資家、財団のディレクターたち、そして社会起業家たちなどである。

私たちが指摘する今日の課題は、私たちのイノベーション経済が人びとの価値を高めることではなく、コストを削減することを目指しているということだ

このことの主たる危険性を要約することは容易だ:労働者がコストとして見なされる時(現在の状況だ)、コストを削減し効率的にする技術は、労働者たちのコストを下げるように競い合い、その結果として労働者たちの価値を貶める。イノベーションが「より良いもの」であるほど、労働者たちの価値は下がるのだ。変化する世界で人びとは価値ある存在にとどまろうと苦労しており、その中でイノベーションは、選ばれた少数を除いて手助けをすることはない。価値を認められ、必要とされることは、人間の本質の一部なのだイノベーションは、人をより価値のあるものにすることができるし、そうすべきなのだ。

経済とは、お互いを必要とし、欲し、価値を認め合う人たちのことだ。お互いをもっと必要とするときに、経済は成長することができる。私たちがお互いをあまり必要としなくなると、経済は収縮する。人びとが、お互いをもっと必要とするようなイノベーションが必要なのだ。

イノベーションの目的は、持続可能な経済でなければならない。そこでは私たちは、好きな人びとと仕事をし、知らない人たちから価値を認められ、愛する人びとに分け与える事ができる

もしイノベーションがこれを行えるならば、私たちは繁栄するだろう。

現在の、人間をコストとしてみなす「タスク中心」経済は、多くの致命的な病気の兆候に苦しめられている。本の中にいくつか紹介してあるが、ここではそのうちの1つを紹介しよう。

ルーズベルトの「ニューディール」政策によって台頭した働く中産階級は、全て消滅してしまったも同然である。人びとはこうした現象を取り上げて、政治的対立者たちを攻撃する事が好きだが、1980年以降貧富の差は着実に増加してきている。民主党政権下でも共和党政権下でもその事情は変わらない。これは政治を超えた出来事なのだ。

このすべての根本的な原因が、タスクや製品などを人間の代わりに価値命題の中心に置いている、タスク中心経済の本質なのだ。こう考えるとわかりやすいだろう。あなたが家の壁を塗りたいと思い、一方でそれを塗りたいと思うペンキ職人たちがいる。これが出発点だ。しかし、タスクをより良く、そしてより安く(それを可能とするイノベーションと共に)行おうとする事が、トラブルの原因となる。

オートメーションとオフショアリングによって、企業は人件費を削減する。労働者は収入が少なくなれば、使えるお金も減っていく。企業は人びとの収縮する財布に合わせて、さらに安価な製品やサービス開発を行い、人件費をさらに削減する。これは人びとの収入と支出が共にゼロになる地点を目指す下降螺旋である。

この問題の核心は「1ドルの節約は、1ドル稼いだことと同じ」という古い言い習わしである。この格言は、あなたと私の日々の生活の真実のように思えるし、また企業に対しても適用されるように思える。しかし逆説的ながら、経済においては、この逆が真実となる:1ドルの節約は、実際には1ドル損失なのだ。

1人の収入は常に他の人の支出であり、もし皆の支出が減れば、人びとの(平均的)収入は減少する。経済は同じ資金の、支出と再支出に支えられている。速度が重要だ。経済成長は、ただ利益のためだけに競う(稼ぐだけで金を使わない)企業によって殺されてしまう。私たちは、節約をしたり無駄を省く事が悪いと言っているわけではない。それは望ましく必要な事である。しかしそれは収入ではないのだ。貯金と収入が同じだと言ってしまうとそれは矛盾であり、経済的失敗のレシピとなってしまう。

タスク中心の経済における、成長=利益のパラドックスを解決することはできないかもしれない。何しろそれは心の中に深く巣食った考え方なのだ。この考え方は常に仕事を観察し、最もコスト効率のよい方法は何かと探し回る。現在経済を崩壊から守っているのは、仕事を自動化することの本質的な限界である。労働者は、(それが望まれてはいないとしても)残された必要なコストなのだ。しかし、もし人工知能がほとんどすべての作業を自動化できるなら、結果はどうなるだろうか?こうなるとタスク中心の思考は内部崩壊を起こす。タスク中心の考え方では、イノベーションは経済を殺すだけなのだ。

私たちの仕事を脅かすようにみえているAIと機械学習革命は、これまでの産業革命とは異なっているものなのだろうか?時代は異なっているものの、その変化のパターンの類似性に、ショックを受けるかもしれない。以下の「共産党宣言」からの引用を読んで欲しい。ただし原文のブルジョワジーはインターネット起業家に、プロレタリアートはオンデマンド労働者に、文明はデジタル経済に、そして革命はディスラプションで置き換えてある。

「インターネット起業家精神は、全ての社会条件に絶え間ない混乱を生じさせる、市場の絶え間ないディスラプションなしには存在し得ない。インターネット起業家精神は新しい労働者階級を作り出した ーー それは自分たちを切り売りしなければならないオンデマンド労働者たちだ。彼らは商品となり、市場の気まぐれにさらされている。彼らの労働はみな、個性と魅力を失ってしまった。彼らに求められているのは、最も単純で最も簡単に身に付ける事ができる仕事だけだ。オンデマンド労働者の生産コストは、ほぼ完全に彼の生活費に限られている。だが商品の価格は、長期的には生産コストに等しくなる。したがって、仕事から個性が消えれば消えるほど、賃金は比例して減少する。下位の中産階級は徐々にオンデマンド労働者になるだろう。その理由のひとつは、彼らの専門的スキルが、新しい生産方法によって価値がないものとなってしまうからだ」。

墓地からのこのメッセージの正確さは、不気味以外の何ものでもない。その類似性は明らかだ。送られているメッセージは「インターネット起業家が新たなブルジョア階級だ」というものだ

ユニバーサルベーシックインカム(UBI)は、基本的なセキュリティを提供することはできるが、仕事を置き換えることはできない。人間はいつでも、他人に頼る事が可能である必要があるのだ ーー たとえそれが敵であろうとも。人間がもはや働く必要がなくなったとしたら、なぜ見知らぬ、あるいは好きではない人びとに頼る必要があるのだろうか?UBIに関する夢想家のアイデアは、その答を提供しない。意味のある賃金労働は、社会を一体化するための接着剤の役割を果たす。夢想家のUBIの議論は、方向を見失った症状の一つに過ぎない。私たちは、どの仕事は機械で置き換える事ができないか、機械は人間のようになれるか否か、機械は税金を払うべきなのか、などに関しての議論を始めている。これらはすべて興味深い哲学的な質問だが、それらについて議論していても実際の問題 ーー イノベーションが社会を混乱させること ーー を解決できることはほとんどない。実際的なソリューションが必要なのだ。最初の要件は、それらを見る事ができるようになる事だ。

混乱の裏に横たわる主な原因は、視点の欠如だ:現実には新しいレンズが必要なのだ。私たちは見ているものを説明できない。なぜならかつては物事をわかりやすくしてくれた、昔の良いアイデアたちが、今や世界を判読できないものにしてしまっているのだ。これは歴史の中で頻繁に起きている事だ。たとえば、中世の人びとは地球が宇宙の中心であるとずっと考えていたが、科学者たちが空に浮かぶ天体の動きの観察を重ねるにつれ、その軌道は複雑で理解できないものとなっていった。しかし、単純に視点を変えて、太陽を中心に置いてみると、複雑な軌道は、非常に単純なほぼ円形の楕円形に変化した。これが「コペルニクス的転回」である。

私たちが提案したいのは、似たような視点の切り替えだ:人間を中心に据えることによって、同じように建設的になれるかもしれない。「人間中心経済」ビューは、「コペルニクス的転回」が物理学と天文学に与えた影響のように、イノベーション経済を単純化しより良く構成してくれるかもしれない。結局のところ、経済とは人に関するものなので、私たちを中心に置くのは当然のように思える。そして下の図に示すように、実際に経済をよりシンプルに見せてくれる。

私たちの現在のタスク中心ビューは、人間を二つに分割する。労働市場でお金を稼ぐ労働者ペルソナと、消費者市場でお金を使う消費者ペルソナである。分割された現実によって私たちは2つの人生を生きている!これは長い歴史の中で時間をかけてテストされた明らかなビューのように見えるかもしれないが、実際は複雑で、バラバラで、間違っているのだ。

人間中心のレンズに切り替えることで、二つに分かれていた私たちは、再び一つになることができる。労働市場と消費者市場は、単一の市場に置き換えられる。そこでは人間には2種類のサービスを提供される。1つは収入を得るサービス、もう1つはお金を使うサービスである。こちらの方がわかりやすい図である。定義によって、組織が私たちにサービスを提供する。逆方向ではない。それらは私たちが埋め込まれている生態系であり、互いに価値を創造し交換する手助けをしてくれる。

人間中心のレンズに切り替えるだけで、物事は私たちの周りのにきれいに落ち着く:

人間中心経済はシンプルで手軽な経済の定義を持っている:人間は組織によってサービスを受けながら、価値を創造し交換する。

人間中心のレンズを通して眺めれば、将来の仕事に関する厄介な質問は次のように言い換える事ができる:「AIイノベーションはより多く稼ぐために適用されているのか、あるいはより多く使うために適用されているのか?」これに対するシンプルな答えは「使うため」であり、ここから導かれる直接的な結論は、私たちには人間が「稼ぐ事」を助ける、さらなるイノベーションが必要だという事だ。人間中心のレンズを通して、持続可能なイノベーション経済の明らかな「第1法則」が見えてくる:

私たちにお金を使わせるイノベーションと同じくらい、私たちにお金を稼がせるイノベーションが必要である。

現在私たちは、お金を使うための素晴らしいイノベーションに囲まれて暮らしているが、お金を稼ぐための優れた手段はとても少なく、生計を立てられるようなものは存在していない。

私たちは、本当に良い収入サービスのイノベーションを競うスタートアップたちを必要としている。それはおそらく以下のようなものだ:

「親愛なるお客様。私たちはお客様が、より良い手段でより良い生活を得る事ができるようにお手伝い致します。
AIを使用して、あなたのユニークなスキル、才能、情熱に合わせて仕事を仕立て調整(tailoring)致します。
私たちは、あなたが働きたいと思うチームで働けるようなマッチングを行います。
意味のあるお仕事の中から選択していただく事が可能です。
現在よりもより多くの収入を得る事ができるでしょう。
こうしたアレンジに対して手数料をご請求します。
私たちをお選びいただけますか?」

良いニュースは、世界の労働市場は顧客のニーズを満たし良い生活を得るための、革新的な新しい手段によって、ディスラプトされる準備が整っているという事だ。

そしてこの市場機会は巨大だ!ここにある推計がある:Gallup会長のJim Cliftonによれば、世界の労働可能人口50億人のうち、30億人が働いて収入を得たいと考えている。彼らのほとんどは、安定した収入のあるフルタイム仕事を求めているが、そうできているのはわずか13億人に過ぎない。その13億人の就労者のうち、2億人だけが生活のために行なっている事に「熱中している」(言い換えれば自分の仕事を楽しみ、次の仕事を心待ちにしている)。しかしこれらの幸運な少数の人びとに比べて、熱中できず、不満を表明し、他者の仕事を貶める人たちの数はその2倍にも達する。それ以外の人たちは、単に仕事に熱意を持てないまま、日々を惰性で過ごしている。

これが毎年約100兆ドルの製品とサービスを創出する、グローバルな労働力の悲しい状況なのだ。人類はその能力のほんの一部だけで動いている。現代の情報技術を使って、働くことを望む30億人のすべての人びとのための仕事を仕立て調整(tailor jobs:個人のニーズに合わせて仕事を作り出す)できると想像してみよう ーー 個々人のユニークなスキル、才能、そして情熱にマッチする仕事、そして価値ある仕事にアサインされ共に働きたい人たちと組むことのできる仕事を、仕立てあげることができると想像して欲しい。このような世界では、平均的な世界市民は、現在生み出されている価値よりも1人当たり何倍もの価値を生み出すことができる。現在の、不幸で、適合していな労働力よりもどれほど多くの価値が生み出されることだろうか?

価値創造が倍増する程度では確かに多くはないかも知れないが、それだけだったとしても世界経済に100兆ドルの価値が加わる。仕事の提供者たちが、サービスの提供を通じて得られる人びとの収入に対してUber同様に25%の手数料を請求したとしたら、その結果生み出される収益は手数料だけで50兆ドルに達する。それに加えて損害賠償保険や健康保険などの追加サービスによる収益も発生する。

この規模の下では、人々が生計を立てるためのより良い方法を誂え調整することが、世界で最大の市場となるだろう。たとえ、収入を得る人にとってほとんど気にならない程度の、1%の手数料だけだったとしても、市場の大きさの可能性は2兆ドルに達する。私たちはこれを、起業家、投資家、そして政府が探求する価値のある、魅力的な機会であると考えている。

「仕事の仕立て調整」(Tailoring jobs)は開拓される事を待つ新しい市場である。なぜならこれまでの私たちはそのための技術を持っていなかったからだ。しかし今では、まだわずかに1、2年ではあるが、私たちにはまあまあ十分なツールがある。スマートフォンの普及とクラウドコンピューティングや大規模なデータ分析といった新しい能力は、原理的には、地球上のすべての人に報いる仕事を、仕立て調整することができる。もし現在は非現実的なものであっても、それでもそれは依然として巨大な潜在的市場である。そしてたとえそれが、良い仕事を探している世界の人口のほんの一部にしか適用されないとしても。そうした労働者たちは十分に教育されたエリートでなければならないというのは誤った想定である。なぜならそうした人びとは既に良い仕事が提供されているからだ。それとは全く逆に、AIを使った仕事の仕立て調整の巨大市場は、その能力に見合った人生を生きる機会に恵まれない、疎外された、非雇用あるいは不完全雇用に甘んじる多くの人びとのものである。

こうした何百万人もの人たちを助けるシンプルなイノベーションは、既に十分恩恵を受けている人たちを助けるビジネスよりも、遥かに良いものになる可能性がある。十分に恩恵を受けている人たちを助けるビジネスは、最初の産業革命以前に、最も成功した製造業者たちが、高価なものを裕福な人びとに販売していたやり方と似ている。

大量生産が導入されたことにより、このことは驚異的なそして予測できないやり方で変化した。安い品物を大衆に売ることが成功への新しい近道となったのだ。その当時、古い経済を回していた人びとは、製品を財布の薄い人たち(貧しい人たち)に売ることの方が、それを王様に売ることよりも良いビジネスになる可能性があることを、想像することができなかったのだ。

今日、私たちが大衆向けパーソナライズ製品を導入する中で、多くのビジネスリーダーたちは、収入の少ない人たち向けの特別な仕事を創出することの方が、企業が獲得に苦労しているエンジニアたちのために仕事を仕立るよりも、良いビジネスになり得るという事を想像できずにいる。

私たちは、強みの発見、教育、マッチメイキング、人事、そしてロングテール労働市場の新しい機会に関わる、革命の入口に立っているのだ。

i4jコミュニティには、この機会を探究することに関心を持つ起業家や投資家たちが参加しており、さらなる仲間が求められている。クリティカルマスに達した生態系は、人間中心経済への扉を開くことができるだろう。そして私たちはその手伝いをしたいと考えているのだ。

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(翻訳:sako)

画像クレジット: aelitta

投稿者:

TechCrunch Japan

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