【コラム】投資家とビジネスリーダーが今こそ導入すべきもの、それはコーチング

本稿の著者Ariane de Bonvoisin(アリアンヌ・ドゥ・ボンヴォワザン)氏は、最高経営責任者やスタートアップの創業者でVCのエグゼクティブコーチを務めている。彼女はOprahカンファレンスで基調講演を行い、TEDで講演した後、Google、Amazon、世界銀行、Union Square Ventures、Red Bullに招かれ、変化と創業者、スタートアップのウェルネスについて教えている。

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ビジネスの世界は、コーチングとは愛憎相半ばする関係のようだ。創業者たちはビジョナリーだ。彼らはアイデアと才能と夢は最初から持っているが、ビジネスのノウハウは必ずしも備えていない。起業家になるのにライセンスやトレーニングは必要ないからだ。Jeff Bezos(ジェフ・ベゾフ)氏はエンジニアでコンピューター科学者、Elon Musk(イーロン・マスク)氏は経済学者で物理学者という具合に、特定の資格が必要なわけではない。

他の業界では、すばらしい才能を持つ人物(アスリート、歌手、俳優など)がキャリアアップするために最初にやるのは、コーチを雇うことだ。そういう人物は、オリンピックで金メダルを獲っても、グラミー賞を獲っても、コーチングを受け続ける。

コーチのほうも、コーチングを受ける人のキャリアの最後までコーチングを提供する。タイガー・ウッズは、戦術を変え、パフォーマンスで他者に抜きん出るために多くのコーチを雇ったことで有名だ。

この国の文化は、自分の会社を築く創業者たちを、精神的にも肉体的にも個人的にも限界まで追い込む。創業者は単独でビジネスを行うものだという考えも根強くある。創業者たちは、助けを求めるのは弱さの象徴であると信じるようになっている。

この不名誉な社会的烙印を押されることに問題の多くの部分がある。我々がビジネス界の大物を尊敬しているのは、大学を卒業してから経営幹部レベルにまで難なく登りつめた人だと信じているからだ。しかし、水面下での苦労や努力は我々には見えない。私のクライアントが以前、こんなことを言っていた。最高と言われるリーダーたちでも、少なくとも生涯の3割の時間は自己破壊的な行いをしているという。シリコンバレーのトップクラスの億万長者たちは、栄養、子育て、瞑想、生活習慣などのコーチングを受けているが、私のクライアントの半分がそうであるように、彼らはその事実を表に出すのを嫌がる。

VCは、ビジネスに投資するのではなく、人に投資するのだということを分かっている。今、大量の資金がメンタルウェルネス関連スタートアップに流れているが、投資家たちは創業者自身のメンタルにも意識を向ける必要がある。投資先企業のすべての創業者たちがコーチングを利用できるようにすることで、ビジネスにエネルギーを注ぎ込むのを妨げている本当の問題に取り組むことになり、間違いなくVCとしての利益も向上するだろう。

1. 創業者が抱えているのはビジネスの問題だけではない

私はスタートアップの創業者やCEOをコーチングしているが、彼らの人生の難題の半分以上は仕事以外のことだ。彼らは実にさまざまな問題を抱えている。癌を患っている者もいれば、浮気をしている者もいる。IVF(特発性心室細動)に苦しんでいる者もいれば、過去の苦悩やトラウマに悩んでいる者もいる。

仕事関連では、コミュニケーションや心理的な問題を抱えていることが多い。「失敗の恐怖にどう立ち向かえばよいか?」「50人のチームを率いることになったが、これまでそうした経験もないのにどうすればよいのか?」「自分の直感を信じるべきかどうか?」といった問題だ。

こうした問題は、シリーズAの資金調達の最中に起こる。従業員の雇用と解雇、買収、ブリッジ資金を調達するか廃業にするかの決断といったことを行う必要があるからだ。こうした本質的な問題に1つ1つ対応しながら投資家の前や取締役会では平気を装うのに、創業者たちが(いや、誰でもそうだと思うが)どれほどの精神的エネルギーと時間を費やすのかを想像してみて欲しい。

創業者が私に話してくれる心配事の中で最も多いのは、彼らは孤独を感じているというものだ。

VCが誰かに資金を調達するということは、その人の過去、家族、個人的問題をすべて受け入れるということでもある。すべて込みである。次のように自問してみて欲しい。「現在、投資先企業の創業者たちすべての人生においてビジネスの妨げになっている主要な懸念事項を把握しているだろうか」と。もし把握していない場合は、彼らの人生に何か仕事以外の問題が起こっていると仮定してみることから始めてみよう。そして彼らがいつでもコーチングを利用できるようにしてみよう。

創業者たちに対して、自身の恐怖、自信の減退、盲点に対処するためのサポートを提供することは、会社または業界のリーダーとしての彼らの潜在能力を引き出すことにつながる。健全な企業は健全なリーダーシップがあってこそ成立するのだから。

2. コーチングの効果(ROC)

一流サッカー選手のコーチと同様、ビジネスコーチングの利点は明白である。しかも億単位の経費がかかることもない。創業者はコーチングを受けると、最初から意思決定の質が向上し始める。従業員を採用して研修したものの1カ月以内に解雇してしまうようなことがなくなり、適切な人材を雇用するようになる。

利害関係者とも誠実に会話するようになり、争い事を避け、多くの人たちがビジネスの成長に有意義に貢献できる環境を築けるようになる。資金調達についても正しい考え方をするようになり、そうした姿勢によって目標調達金額を達成できる。

さらには身体面でも改善が見られるようになる。私のコーチングを受けた創業者たちは、減量に成功し、飲酒喫煙もやめ、ビジネスの構築により多くのエネルギーを注ぐようになった。多くの創業者たちがそうだが、慢性疲労状態で働き続けると、すぐに体が悲鳴をあげる。私のところにも、大きな会議の前にパニック発作を起こしてしまい、ピリピリしている神経を何とか落ち着かせようとしているクライアントから電話がかかってくることがある。

創業者の健康に資金を出す方法はいろいろだ。投資先企業にマーケティングやPRサービスを提供するのと同様に、コーチングもサービスの一部として提供すべきだ。従業員のために管理職向けコーチを設置することもできる。必要なときにいつでも利用できるフルタイムの常駐コーチを選択するのもよいだろう。

VCは、少なくとも、推奨するコーチの一覧を用意する必要がある。リーダーシップのコーチング専任のコーチもいれば、女性創業者や健康面専門のコーチもいる。さまざまな個人スキルや職業スキルに対応しているコーチもいる。

中には、創業者にいくつかの無料セッションを提供し、創業者が継続を希望すれば、創業者個人の健康とビジネスの健全性のどちらについてコーチングを受けるか選択してもらう投資家もいる。そのビジネスには、他の投資家たち(読者のみなさんのVCも含め)も億単位の資金を投資しているだろう。しかしこれは、創業者個人の健康かビジネスの健全性か、どちらか一方だけサポートすればよいという話では決してない。

私の望みは、将来、VCが資金の一部を創業者と経営幹部のメンタルヘルス用に確保するようになることだ。

そうした目的に1%を確保することを誓約しているVCも数社存在するが、この領域で先頭に立っているのは欧州だ。エストニアやアイルランドのファンドは、すべての創業者のコーチング料とその他のサポートプログラム費用を出すという太っ腹ぶりだ。私の知っているプログラムでは、資金を枯渇させることなく10倍の成長を達成する方法について教えている。

3. 社会的汚点を打ち砕き創業者がコーチングを最大限に活用できるようにする

創業者たちは、投資家や取締役たちにどう思われるかを気にして自分でコーチを雇いたがらない。「自分が正常で優秀なら、コーチなどいらない」と自らに言い聞かせているのだ。

そう思っているのは何も彼らの内なる声だけではない。私のクライアントの1人は、シリコンバレーのスタートアップに入社したとき、コーチングを彼の報酬パッケージに含められるかどうか上司に聞いたところ、なぜコーチなど必要なのか不思議に思われたという。

他の業界では、誰かにコーチを付けることはその従業員の価値を認めていることの証である。投資家も次のような会話を持つべきだ。「君にはお金を出す価値があると思う。だから、今後の君のキャリアを支援するコーチを付けることにする。自分はできるなどと無理をしないでいつでも相談して欲しい」。

「メンタルヘルス」という言葉には否定的なニュアンスもあるため、この用語も考え直す必要がある。メンタルとヘルスという2つの単語は、うつ病、自殺思考、中毒といったことを連想させる傾向がある。つまり、精神的に不健康な状態だ。メンタル面の健康と創業者の健康についてもっと話そう。そうすれば、我々が掲げる目標の達成により注力できるようになる。

不名誉な社会的烙印を排除するには、まず、投資家と経営幹部の間で健康についてオープンに話し合うことから始めるとよい。そこにコーチも招き、こうした話し合いの意味について、また関係者全員の利益になる理由についても創業者に話してもらうようにする。タブーを打ち砕くことで、創業者は、その経験を最大限に活かすことができ、体裁を取り繕う状態に戻ることはなくなる。

今後コーチングを導入する企業が増えていけば、最終的には、すべての創業者がコーチングを必須と考えるようになるだろう。

4. 模範を示す

最後に、ビジネスリーダーと投資家はスタートアップコミュニティ、とりわけ起業したばかりのスタートアップに向けて、自身を高めるためにコーチのサポートを求めることは何も恥ずかしいことではないという先例を作る必要がある。

多くのVCは、トップクラスのCEOと同様、コーチを雇っている。VCがもっと手軽にコーチを雇うようになれば、コーチングの導入が当たり前となり、#IHaveACoachなどというハッシュタグがおしゃれにさえなるだろう。結局、我々は、瞑想ルームを流行させたり、kombuchaをオフィスに用意したりするメンタルヘルス系スタートアップたちと同じ業界の話をしているのだから。

今後の投資家会議でコーチングを主題にしたり、VC企業として、コーチングプログラムを受けた投資先創業者たちがビジネスで大きな成功を収めたケースについて調査を公開したりするのもよいだろう。

例えばUnion Square Ventures(ユニオン・スクウェア・ベンチャーズ)は創業者に価値を提供することに投資し、リーダーシップのトレーニング開発、メンターシップサークルの育成、創業者へのコーチの紹介といった業務を担当するチームを構築してきた。創業者にVC自体が人の心のケアに投資していることを示せば、創業者たちも人間的であることが弱いことだとは思わなくなるだろう。

こうしたアプローチは、VCが自身を次世代のエシカル投資家として位置づけるためにも重要だ。さまざまな資金調達方法が利用できる今、創業者は、単に資金を提供してくれるだけでなく、健康、ダイバーシティ、インクルージョンを成功に欠かせないものと見なすVCを探している。

創業者の健康とスタートアップの健全性は切り離すことができない。すべての投資家たちはこの点についてある程度気づいている。未来を形成する人たちの身になって考えてコーチングを導入することにより、創業者たちにストレスなく働き、すばらしい結果と信じられないリターンを達成するチームを率いる優れた技量を身につけてもらうようにしよう。

カテゴリー:VC / エンジェル
タグ:コーチングコラム

画像クレジット:Klaus Vedfelt / Getty Images

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(文:Ariane de Bonvoisin、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

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