イギリスのブリストルで2011年に創業し、日英2拠点でARエンジンを開発・販売する「Kudan」が日本人を含む香港やシンガポールなどの個人投資家から総額2億300万円の資金調達を行ったことを7月1日に明らかにした。
Kudan創業者でCEOの大野智弘氏がTechCrunch Japanに語ったところによれば、一口にARエンジンといっても、実装レベルに違いがあって、KudanARは既存のエンジンと一線を画すのだという。
例えばKudanARには自然な環境光を対象物に反映する技術というのがある。ショッピングモールや街路の何もない空間にモデルカーをCGで映し出すようなケースでは、環境光をクルマのボディーに反映させないと自然な表現にならない。KudanARではGPS、コンパス、時刻、天気情報などから、その場の太陽光を推定し、クルマのボディーの色を自然に描き出すことができるという。
また、手に持ったデバイス(単眼カメラ)から入ってくる映像によって対象物の距離を測定することもKudanARではできる。人間がデバイスを掲げる高さを150センチと仮定し、地面の模様や水平な建造物の傾き、デバイスの動きと映像の変化といったことを見て三角測量で距離を計測するのだとか。「GoogleのProject Tangoなど使わなくても、iPadでも十分です」とKudanの大野CEOは言う。地面を見る測距技術を応用すれば、HMDにカメラを搭載するだけでユーザーの前後の動き(位置)が分かるようになるので、部屋にセンサーを設置してユーザーの動きを検知するHTC Viveのようなものが、HMD単体で可能になるかもしれないという。
距離や大きさを推定してモノを空間に配置するのは、ARの世界では「SLAM」(simultaneous localization and mapping)と呼ぶ基本テクニック。ただ、例えばクアルコムからPTCに売却されたAR SDKの「Vuforia」にはSLAMがないそうだ。
「もともとKudanはARアプリ開発をしていました。エンジンとしてVuforiaを使っていたのですが、大きな会社だからか対応が遅く、バグ修正に2年かかったこともありました。われわれKudanの顧客にはAudiとかBBC、Dysonといった大企業もいて彼らの厳しい要求に応えられないことがあったんです。このままエンジン部分を他社に頼っていると危ないということで自分たちでARエンジンを作り始めたのが2013年ごろです」。パラメーター調整などブラックボックスになっているところが多いのもユーザーとして不満だったという。
今までのARエンジンでうまくできなかったことが、より良くできるだけでは、最終的なエンドユーザーの評価はそれほど大きく違わないのではないか。そう尋ねると、大野CEOは「できなかったことができるようになる」として、複数マーカーの同時認識や、AR用に特別に印刷したパターンではないCDジャケットを使ったARのデモをぼくに見せてくれた。CDジャケットの傾きを瞬時に認識して、その正方形の面の上にCGの音量コントローラーを配置するデモだったが、確かに認識は一瞬で追従精度も高かった。大野CEOによれば競合製品では最初の認識に数秒かかるのだそうだ。
ほかにも「オクルージョン」と呼ばれる処理があるが、ARエンジンによってはできないものが多いそう。これは目の前に障害物があってARで合成するオブジェクトが向こう側に隠れるとき、オブジェクトの一部を消してレンダリングする処理だ。以下の例では目の前のダイソンの掃除機に対してiPadをかざすと、中身のパーツがニュッと飛び出して解説が始まるデモで、見るアングルを考えた細かい処理をやっている。「揺れていたり、半分隠れてても正しくレンダリングできますか、オクルージョンできますか、そういうのが差別化になってきます」(大野CEO)
別のデモでは実物の1000円札がパタンパタンと折りたたまれて、紙飛行機として飛び去るというデモがあった。これはテクスチャーをその場で読み取って、それを立体的にレンダリングしているからできることだそう。これが有効なのは、例えばポスターから立体物が飛び出すARコンテンツを作るようなとき。全く別のCGを合成するより、現に目の前にあるポスターそのものをキャプチャーすると不自然さがなくなる。もっともこの辺は要素技術なので、最終的にどういうアプリケーションになるのかはクリエイター次第だ。
画像認識・空間認識が入ったKudanARは年間ライセンスで、ダウンロード数によらず1アプリで1000ポンド(15万円/年間)。iOSと Androidのネイティブ向けSDKがあり、ゲームエンジンのUnityに対応する。上に挙げた各種デモはこちらから見れる。以下の動画は技術デモの一部だ。
天才が数人いれば開発できる
ARエンジンとしては、ほかにもWikitudeやVuforia、Metaioがある。このうちVuforiaはPTCに、Metaioは2015年5月にアップルに買収されている。Metaioはどちらかと言えばデバイス側の特許を多く持っていたスタートアップというのが大野CEOの見立て。また、Metaioは広く使われていたが、例えばイケアなどでは今はKudanARによるMetaioリプレースのプロジェクトが走っていたりするという。
大野CEOは東京のアクセンチュアで1993年に経営コンサルとしてキャリアをスタートし、バンコク、シリコンバレー、ニューヨーク、アムステルダム、パリ、ベルリン、ロンドンなどプロジェクト単位で各地に住んだ後、2001年にロンドンでゲーム開発向けコンパイラーのベンチャー企業に誘われて参画。事業開発のディレクターとしてプレステやセガサターン向けで日本企業へ販売したほか、エレクトロニック・アーツとの関係構築も担当した。最終的にPS3用コンパイラーをソニーへ売却したことなどでキャピタルゲインを得て、これを元手としてKudanを創業している。
自己資金で創業したKudanだが、2015年には外部のエンジェル投資家から約1.5億円を集め、今回追加で2億円ということでそれなりに資金を調達している。ただ、かつてコンパイラー開発をビジネスサイドから見てきた大野CEOは「VCは避けたかったですね」とも話す。「ハードウェア開発でもないし、B2Cでもないので数百億円も要りません。天才が何人かいればいいんです。エンジン開発は人をたくさん入れても品質が良くなったり、開発が速く進んだりもしません」。Magic Leapを始めとする最近のAR関連スタートアップの大型調達の加熱っぷりには、ちょっと冷ややかだ。
現在、Kudanの日本法人には4名、イギリス法人に7名が在籍している。開発はほぼ全てイギリス・ブリストルで行っている。ブリストルはロンドンから数時間という、東京から見た静岡くらいの距離感にあって、名門のブリストル大学や防衛省があるほかクレイ・アニメーションで有名なアードマン・アニメーションズがあったりするそうだ。