モバイルアプリプラットフォーム「EAP」を展開するランチェスターは10月3日、XTech Venturesより1億円の資金調達を実施したことを明らかにした。
ランチェスターは普段TechCrunchで紹介することの多い“オーソドックスなスタートアップ”とは少し違ったタイプの企業といえるだろう。というのも今年で創業13年目を迎える同社は、2007年の創業より大手企業を中心とした受託開発事業を展開してきた。
近年はアパレルやライフスタイル業界などを中心にモバイルアプリの企画やフルスクラッチでの開発、運用までをサポート。オムニチャネルやOMOの文脈で実店舗を持つ企業のアプリ開発を支援した実績も豊富で、ナショナルクライアントの顧客も複数抱える。
SIerやデジタルマーケティング事業を展開するメンバーズを経てランチェスターを立ち上げた田代健太郎氏いわく「受託事業でやってきたことをプロダクトに落とし込みたい」という思いは以前からあったそう。現在力を入れているEAPはそんな思いから2017年にリリースした自社サービスだ。
EAPはランチェスターが携わってきた受託開発案件の成功事例から抽出された要素を標準機能として備えるモバイルアプリプラットフォーム。簡単に紹介するとモバイルアプリの開発から運用・マーケティングまでをトータルでサポートするB向けのプロダクトになる。
店舗を持つリテール企業がメインの顧客でパタゴニア、ダイエー、バロックジャパンリミテッド、アトモス、オンワード、東急ハンズなどファッションや小売業界を中心に導入が進んでいるという。
具体的な機能としてはニュースやクーポンの配信、コマース、店舗管理、会員証の発行などの主要なものを完備。各機能の調整やローンチ後のアプリの数値分析はダッシュボード上から行う。
特徴の1つは外部システムとの柔軟な連携だ。EAPは自社のCRMシステムや外部のポイントシステムなど他システムと繋ぎ合わせることで自由度の高いアプリを設計できるのがウリ。「インフラ、ミドルウェア、認証周り、外部システムと連携する標準的なインターフェースをパッケージとして保有していて、これをPaaSとして切り出していく計画」(田代氏)だという。
たとえばパタゴニアの例だと同社が導入しているECソリューションを基盤とした会員システムを直営店舗でも利用できるように拡大。アプリから会員IDをバーコード表示することで、購買履歴の一元管理が可能になり、返品交換や修理などのサービスが販売チャネルを問わずスムーズに利用できる。
田代氏の話では現在の顧客の多くがすでに何かしらの形で会員IDの仕組みを持っているそう(ECのIDやスクラッチで開発した顧客基盤など)。「たいていの場合バックエンドのシステムが標準的なAPIを持っていないため、その繋ぎこみの作業が必要。そこをPaaSで提供して、どんな会員基盤とでも繋げられる仕組みを目指している」(田代氏)
EAPはアプリを作りやすくするというよりも、アプリマーケティングで成果を出したいという企業がターゲットであり、料金体系もダウンロードではなくMAUをベースとした従量課金制を採用。実際にちゃんと成果が出ているものに対してだけお金をもらうスタンスだ。
当然フルスクラッチでアプリ開発を支援している企業は競合になりえるし、スタートアップでは累計で約40億円を調達しているアプリ開発プラットフォームの「Yappli」なども同じ市場で戦うプレイヤーになる。
田代氏によるとEAPは「他システムとのデータ連携を含めた自由度の高さと運用面の負担の少なさ」が強み。現在はある程度規模の大きい企業が多く、一度別のソリューションでアプリを作った後、運用面や拡張性の面で課題を感じたり、より高度なことにチャレンジしたいという思いからEAPに乗り換えたケースも複数あるとのことだった。
今後はSaaSモデルへの転換とマーケティグ機能を強化
今後EAPにとって大きなテーマとなるのは2つ。「パッケージからSaaS型プロダクトへの事業転換」と「マーケティング機能の強化」だ。
これまでEAPはパッケージ型のプロダクトとして展開してきたため、複数のバージョンが存在し、契約時にそのバージョンを切り出してほぼ固定の機能をベースに使ってもらっていたという。ビジネスモデル自体は以前からサブスクリプションであったけれど、今後はこれをSaaSモデル(厳密にはSaaSとPaaSのハイブリッド型)で提供することにより顧客が常に最新版を利用できるようにしていく。
今回の資金調達もそれに向けた開発体制の強化やカスタマーサクセスチームの立ち上げ、マーケティング活動への投資が1番の目的だ。
合わせてアプリマーケティグで成果を出せるプラットフォームとして「高度なアプリマーケティング施策を手間なく実施できる」機能を拡張していく。
たとえばSNSやブログなど複数プラットフォームに分散する自社コンテンツをクローリングしてアプリ上に自動で集約し、配信する機能はすでに実装済み。これによってエンドユーザーは1箇所で確実にコンテンツをチェックすることができ、アプリ担当者側もこれまでのようにわざわざ同じコンテンツをコピペしてアプリに投稿する必要がなくなる。
また次のステップではプッシュ通知などのマーケティング施策を半自動化する機能も取り入れたいとのこと。背景には「現場でMAツールを導入していても、十分に使いこなせているケースは少ない」という考えがあるようで、MAツールのように自由にシナリオを作れる仕組みではなく、鉄板のアクションを1クリックで簡単に実施できる機能を想定しているという。
ちなみにランチェスターにとって外部調達は創業以来初めて。今回はSaaS化に向けて必要な資金を調達するというだけでなく、一緒に事業を育ててくれる外部のパートナーを探していた。
その過程でXTech Venturesの手嶋浩己氏と会う機会を得たところ「(ピッチに対する)フィードバックがあまりにも的確だった」(田代氏)こともあり、同社から出資を受けるに至ったという。
一方の手嶋氏にも出資の背景を聞いたところ「競合他社の成長で市場が大きいということは実証されていると考えている。その上で顧客のニーズは多様であり、ランチェスターはEAPで競合とは異なる強みや課金体系などを導入することによって、しっかりアクティブユーザーを増やしながらアプリをマーケティングに有効活用していきたい顧客を獲得できつつあることを評価した」とのこと。
そもそもネットワーク効果が強烈に効く分野ではないため複数の勝者が出てくる市場であることや、田代氏を中心に12年の経営経験があるメンバーが安定感と強い意欲、実行力を備えていることも踏まえて投資に至ったという。
ランチェスターでは今回の調達で事業成長を加速させ、2023年までにEAPのARR(年間経常収益)10億円規模を目指す計画だ。