編集部注:本稿はMarcello Mariによって執筆された。
最初はおとぎ話だった。2015年の初頭、ドイツの巨大企業Rocket Internetがイタリア初のフードデリバリー企業であるPizzaBoを買収することを発表した。その買収金額は5100万ユーロ(約62億円)だった。
この金額は、イタリア出身のスタートアップに対する買収金額としては歴史上3番目に高い金額であり、Rocket Internetがイタリア企業を買収したのはこれが初めてだった。
Rocket Internetは、ドイツ出身のインターネット企業の中で最も成功した企業であろう。彼らの有名な(または悪名高い)ビジネスの手法とは、世界中の成功したビジネスモデルを丸ごとコピーをして、そのビジネスモデルを発展途上のマーケットで立ち上げるというものだ。だからこそ、このニュースがメディアに飛び込んだ時、皆がこの買収を大きな成功として祝ったのだ。
イタリアの企業に対する投資や、他企業からの買収(特に外国企業からの買収)は不足しており、だからこそ彼らはこのニュースをお祝い事として扱った(実際の功績より過剰の反応だったと言ってもよい)。
実際この買収の発表の後、同社はStartupItaliaが発表したイタリア出身スタートアップのランキングでTOP10入りを果たした。ちなみに、このランキングはイタリアのスタートアップ業界ではとても威厳あるものだ。
その後、PizzaBoの最高経営責任者であるChristian Sarcuniは世界のスターの仲間入りをする。少なくとも、彼がイタリアのスタートアップシーンにおけるスターとなったのは間違いない。彼はこの買収を、初期のPizzaBoを見捨てた投資家たちに対する「大きな復讐」と表現した。
TechCrunchとSarcuniとの独占インタビューの中で、彼は「メディアがPizzaBoにもつ関心は、私たちのサービスに対するものではなく、今回の買収によって巻き起こった、どよめきに対するものなのではないかと感じます」と語った。
しかし、Rocket Internet独特の積極的な成長戦略、そして極端にアグレッシブとも言える、PizzaBoブランドのマーケット拡大計画をPizzaBoに提示し始めたことで事態は一変する。
「買収完了後、初めてMarc Samwer(Rocket Internetの共同創業者)と会いました。彼は自分の事をシェアホルダーの代弁者であると話しました。しかし、彼が食品事業全体の実権を握っていることは明らかでした。明らかに、彼は食品事業における意思決定者だったのです」とSarcuni氏は本誌に語ってくれた。
世界中に存在する多くのスタートアップと同様、PizzaBo創業の物語は実に控えめなものだ。創業者であるSarcuniは南イタリアにある小さな町で生まれ、2010年にイタリア最大の学生都市であるボローニャで会社を立ち上げた(ボローニャは学生都市であるからこそ、ピザの配達業としては最良の条件が整ったマーケットだった)。
創業1年目は6万枚のピザを配達した。4年後、その数字が100万枚に達し、ボローニャの他にも5つの学生都市に事業を拡大したころ、Rocket Internetが同社の門を叩く。
「Rocket InternetからのEメールを受け取った時は、本当に驚愕の思いでした。メールの受信から24時間以内には、要求された資料をすべて揃えて送信しました。その翌日にはRocket Internetの担当者が当社を訪れ、資料の数字を確認する作業が始まったのです」とSarcuniは買収後のインタビューで語った。
それから間もなく、あとはサインを待つばかりの契約書がSarcuniのデスクに届いた。Rocket Internetの財務諸表によれば5100万ユーロの買収金額だ。
当初、Rocket InternetとSarcuniの間には多くの約束事があった。その一つが、PizzaBoの社名とロゴの変更はしないというものだった。
ところが、それから数カ月の内にPizzaBoの社名は「Hello Food」と変更されることになる。Rocket傘下のフード企業であるHello Freshと似た名前だ。「彼らとは数多くのミーティングを実施しましたが、あれはその中でも特に厳しいものでした。あらゆる手段を使い、彼らにもう一度考え直してもらうよう努力しましたが、どうすることもできませんでした」とSarcuniは語る。
社名に関する約束のほかにも、PizzaBoが新たに20都市へとマーケットを拡大する際、Rocket Internetはその支援を約束していた。しかし、Sarcuniの言葉を借りれば、当時のRocket Internetのチームはデューデリジェンスで忙しく、事業拡大までは手が回らなかった。
「Rocket Internetが戦略を変更しようとしていたのは明らかでしたが、私たちは必死の努力で20都市への事業拡大の目標を達成しました。彼らからの電話を受けとったのは、大規模なマーケティング・キャンペーンの準備を整え、私はみずからカメラの前に立ち、当社初の全国放送のテレビ・コマーシャルを撮影していた時でした。そのキャンペーンのための資金援助をキャンセルするという旨の通告です。それに関する説明は一切ありませんでした」と彼は話す。
この後、事態は深刻化する。
2016年2月5日金曜日、Sarcuniが目覚めたとき、大量のテキスト・メッセージとEメールが届いていた。
その中の一通には、彼の会社がJust Eatという企業に売却されたと書かれていた。同社はイギリス首位の食品配達企業であり、PizzaBoのメインの競合企業だった会社だ。
「Just Eatのイタリア責任者との会議では、私たちの両者とも驚きを隠せませんでした。彼も私と同じく今回の売却に際して何の知らせも受けておらず、意見を聞かれることも無かったのです」とSarcuniは話す。
しかし、Just EatがpizzaBoを買収して以来、事態は好転し始めた。新しい企業の傘下となったことで、PizzaBoは本来の社名を取り戻した。独立性も維持されていたようだ。
しかし、それは嵐の前の静けさだったのだ。2016年3月後半、その嵐がやってきた。
買収以来、Just EatとSarcuniは何事においても、ただの一度も合意に達することはなかった。そのJust EatがPizzaBoに対し、本社をボローニャからミラノへと移転するように指示する。
Sarcuni率いるPizzaBoには、同社の成功の秘訣とされるチームが存在する。そのチームは本社移転に反対していた。本社移転の陰に、隠された人員削減が存在することを恐れたのだ。典型的なイタリア企業らしく、PizzaBoの労働組合による抗議活動が行われることとなった。これはイタリアにおけるスタートアップの歴史上、初めての出来事だ。
しかし、イギリスの巨大企業からの要求を前に、労働組合の交渉責任者は無力だった。最終的な決定権はSarcuniに移った。結局、彼はチームとの約束を果たすことができず、3月15日に本社移転を了承した。
PizzaBoは、Sarcuniがみずからの手で創業し、無借金であり、Rocket Internetによる買収以前は他社から資金援助も受けてこなかった。そのPizzaBoは、彼が最高経営責任者として続投することを認めなかった。
PizzaBoがたどった運命はさておき、買収から始まったこの物語は、イタリアのスタートアップの歴史上、最も高額な買収劇の一つであることには変わりはない。
劇の幕が降りた今、Sarcuniは自分が起こした失敗を痛いほど自覚している。「もし時間を戻せるのならば、あの時、自分の会社を丸ごと売るようなことはしなかったでしょう。少なくとも、会社のコントロールを失わないようにするでしょう。当然、もっと信頼のおけるパートナーを選ぼうとするはずです」と彼は語る。
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