【コラム】AIイノベーションの推進と規制を同時に実現するために欧州委員会はどうすればよいのか

2021年4月、欧州委員会は人工知能(AI)の利用を規制する初の法案を提案した。この提案に対しては、規制がヨーロッパ連合(EU)におけるAIのイノベーションにブレーキをかけ、米国や中国とのAI分野のリーダーシップ争いの足かせになるという批判が続出した。

例えばAndrew McAfee(アンドリュー・マカフィー、マサチューセッツ工科大学スローンマネジメントスクール主任研究員)は、Financial Timesに「EU propose to regulate AI are only going to hinder innovation(EUの規制提案はIAイノベーションを妨げる)」とする記事を寄稿している。

GDPR(EU一般データ保護規則)を振り返っても、EUの個人情報保護に関する思想的リーダーシップは、必ずしもデータ関連のイノベーションに直結しなかったが、欧州委員会(EC)はこれを念頭に批判を予期しており、規制案と同時にAIに関する新たな協調的計画を発表して、AIのイノベーションに真剣に取り組もうとしている。

AIに関する新たな協調的計画には、EUがAIテクノロジーでリーダーシップを取るための取り組みが盛り込まれている。では、規制とイノベーション促進政策のコンビネーションは、AIのリーダーシップの加速を促進するための要素として十分なのだろうか。

AIイノベーションは適切な規制によって加速する

規制とイノベーションの両方の改善を目標とした今回の組み合わせは、よく練られてはいるものの、問題もある。すなわち、イノベーション促進に関してはR&D(研究開発)のみに焦点を当てていて、規制の対象となる「高リスク」なユースケースにおけるAI利用の促進についてはカバーされていないのだ。

これは見逃せない欠落である。多くの調査研究で、特に利用促進のインセンティブと、適切に設計された法的拘束力がある規制が同時に施行されると、実際にイノベーションが加速される、という結果が出ている。ECはこの研究結果を採り入れて、AIイノベーションのリーダーとなるべきである。

高リスクなAI規制とイノベーションへの投資

今回のEC規制の主目的は「高リスク」なAIシステムに新たな要件を課すことにある。「高リスク」には、遠隔生体認証、公共インフラ管理、雇用・採用、信用度評価、教育などに使用されるAIシステムや、救急隊員の派遣などさまざまな公共部門におけるユースケースが含まれる。

この規制では、これらの高リスクなシステムの開発者に対してAI品質管理システムの導入、すなわち、高品質なデータセット、記録保持、透明性、人による監視、正確性、堅牢性、セキュリティに関する要件に対処できる管理システムの導入を要求している。また、高リスク未満のAIシステムの開発者には、同様の目標を達成するための自主的な行動規範の作成が奨励されることになる。

この提案の創案者は、明らかに規制とイノベーションのバランスを認識していたと思われる。

まず、この提案では、高リスクとされるAIシステムを限定している。なんとなく高リスクと思われがちな保険などのAIシステムは除外し、雇用や融資など、すでにある程度の規制・監視が行われているAIシステムはほとんどが網羅されている。

次に、この提案は大まかな要件を定義しているが、具体的な方法については規定していない。また、厳格な規制ではなく、自己申告に基づくコンプライアンスシステムを取り入れている。

最後に、協調的計画には、データ共有のためのスペース、試験・実験設備、研究・AIエクセレンスセンターへの投資、デジタルイノベーションハブ、教育への投資、気候変動、医療、ロボット工学、公共部門、法執行機関、持続可能な農業のためのAIといったターゲットを絞ったプログラム的な投資など、R&Dを支援する取り組みが大量に盛り込まれている。

しかし、この提案には、他の分野の規制と組み合わせてイノベーションを加速させてきた利用促進に対する配慮が欠けている。

イノベーション促進の前例:米国のEVインセンティブ

では、規制を行いながら、AIイノベーションのさらなる加速を促進するために、ECはどうすれば良いのだろうか。そのヒントとなるのが、米国のEVインセンティブだ。

米国がEV生産の先駆者となることができたのは、起業家精神と規制、そして市場創造のための優れたインセンティブの組み合わせがあったからである。

Tesla(テスラ)は「EVの先陣は魅力的で高性能なスポーツカーであるべきだ」という識見に基づいて、EV産業を活性化させた。

CAFE基準(企業別平均燃費基準:自動車の燃費規制。車種別ではなくメーカー全体で、出荷台数を加重した平均燃費を算出し、規制をかける基準)による規制は、より効率的な自動車を開発するための動機となり、EVを購入する際の手厚い税額控除は、本来あるべき競争の激しい市場力学を妨げることなく、EVの販売を直接促進した。CAFE基準による規制、税額控除、そしてTeslaのような起業家精神に富んだ企業の組み合わせで、技術革新が大きく促進され、EVのモーターは内燃機関よりも安価になると予想されている。

AIインセンティブの正しい理解:推進するべき3つの取り組み

ECでも、AIで米国のEVと同様のことを実現することができる。具体的には、ECは現行の規制に以下の3つの取り組みを追加し、組み合わせることを検討すべきであろう。

新しい規制に準拠した高リスクのAIシステムを構築または購入する企業に対して、税制上のインセンティブを設ける。ECは、経済的・社会的な目標を達成するためにAIを積極的に活用しなければならない。

例えば一部の銀行では、AIを活用し、信用情報の少ない個人の信用力をより適切に評価すると同時に、銀行業務にバイアスを発生させない取り組みを行っている。これは、行政との共通の目標であるファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)を向上させるものであり、両者の利益が一致するAIイノベーションを示すものである。

ECの法制化にともなう不確実性をもっと軽減する。これは、AIの品質管理や公正さに関する、もっと具体的な基準を策定することで、EC自体がある程度実現できる。しかし、AIテクノロジーを提供する企業やユーザーグループが連携して、これらの基準の遵守に向けた実用的なステップを構築できれば、さらに大きな価値があるだろう。

例えばシンガポール金融管理局は、Veritasという銀行、保険会社、AIテクノロジープロバイダーのための業界コンソーシアムを組織し、FEAT(Fairness, Ethics, Accountability and Transparency、公平性・倫理・説明責任・透明性)のガイドラインで同様の目標を達成している。

法が要求するAI品質管理システムの導入を加速するために、これらのシステムを構築または購入する企業に対する資金提供を検討する。この分野では、ブラックボックスモデルの説明可能性、データやアルゴリズムのバイアスによる潜在的な差別の評価、データの多大な変化に対するAIシステムの耐久性のテストとモニタリングなど、学術的にも商業的にも重要な活動がすでに行われている。

ECは、このようなテクノロジーを広く普及させるための条件を整えることで、イノベーションを加速させ、新しい規制への持続的な準拠も確保するという2つの目的を同時に達成することができるはずだ。

ECが積極的に不確実性を軽減して高リスクのAIの使用を規制しながら促進し、AIの品質管理技術の使用を奨励すれば、EU市民を確実に保護しながら、AIイノベーションの世界的なリーダーになることもできるだろう。EUが世界の模範となれるよう、成功を期待している。

編集部注:本稿の執筆者Will Uppington(ウィル・アッピントン)氏は、TruEraのCEO兼共同設立者。

画像クレジット:PhonlamaiPhoto / Getty Images

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(文:Will Uppington、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

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